第093話 表と裏と

 大枠が決まったことで、細かい作戦計画が練られる。

 中国とロシアの国境にはモンゴルとカザフスタンの国境も迫っており、なにもない山岳地帯でしかない。

 十二小隊四十八名の徹攻兵と特務分隊の二名を含めた五十名の徹攻兵を放り出すように配置すれば事が済むわけではない。

 ロシア側が軍備を動かす必用があり、それに中国側が呼応するしきたりが必要となる。

 当然、国境付近にロシア側、中国側が軍備を動かすとなればモンゴル側とカザフスタン側も布陣を構えることとなる。

 不幸な事故や、事故に見せかけた工作が元で、単純な中ロの国境紛争が多数の国々を巻き込む戦乱の端緒となることも、歴史の中では繰り返されてきた展開ではある。

 作戦目標は中華人民共和国国内の徹攻兵力の無力化の一点。

 作戦の前後を通じて、各国の国境線は動いてはならない。

 この条件を満たし、双方百名におよぶ徹攻兵が散開して戦闘できる地形となると、モンゴルよりの中ロ国境付近に盆地状の地形が一箇所あり、そこを作戦の目的地としてアメリカの支援を受けながら、中国、ロシア、モンゴル、カザフスタンと慎重な水面下の交渉が必要となる。

 ロシア側の支援の元、ロシア国内の領空を利用できるとはいえ、五十名の徹攻兵とその装備を戦場まで輸送しなければならない。

 また、徹攻兵にはクリスタルを使った意識通信ができるとはいえ、一つの原石から分割したクリスタルで通信できるのは十名が限度である。 

 小隊長を含めた五名と、中隊長、大隊長、そして統合連携役に割り当てると限界に来てしまう。

 このため、小隊間の統合的な連携には、通常の電波を使った通信が欠かせない。

 これらの通信を可能にするためには通信科の設備が必要となるし、それらの設備を敷設するために施設科の協力が必要となる。

 こういった人員が高緯度地方の山岳部で活動するためには、寒冷地対策が施された装備類を輸送する必用があり、輸送科の輸送力が全てのかなめといっても過言ではない。

 戦闘自体は戦闘単位同士の直接対決によるものであり一日もあれば決着するであろう。

 しかしその準備には数週間を要し、そして撤退にも同期間を要する。

 そこまでを整えてようやく布陣を検討できる。


 二小は戦場の中央に配置する部隊として、高世代型中心のいつもの編成を維持する。

 それ以外の小隊は、高世代型対応者を軸に現場に置き、低世代型対応者で数を整える。

 具体的には明理と皐月は離し、明理の小隊は明理を軸に一八式対応者二名、〇六式対応者一名の四名編成とする。

 この要領で、明理小隊、皐月小隊、道照小隊、七生小隊、満小隊、優子小隊などに分散させる。

 南沙の戦闘で、徹攻兵の戦いは小隊単位の集団による単一目標への首狩りゲームと見えている。 

 現場から遠く離れた小隊長が四人の構成員のモニターから標的を選び、そこに向かって弾幕を集中させればよい。

 一つ一つを丁寧に運ぶことで、被害を最小限に、効果を最大限にし、戦場を限定し、何事もなかったかのように跡形もなく立ち去ることができる。

 この構成自体は輝巳と遊、信世も納得のいくところで、あらかじめ、各々の小隊の構成員で集中攻撃の訓練も取ることで、十分達成可能な内容と思われた。


 四月、統合幕僚監部、陸上幕僚監部が米軍とも調整してまとめられた作戦が外務省、財務省に伝えられ、それぞれの省庁を通じた調整が始まる。

 五月、外務省に籍を移した防衛省の職員が、ロシア陸軍の立ち会いの下、作戦目標地点の測量を行う。

 測量したデータは一旦ロシア陸軍に預け、ロシア外務省を通じて外務省経由で防衛省が受け取る。

 六月、測量データを元に現地設営計画、輸送計画が立案され、外務相籍の防衛省職員よりロシア側に照会し合意形成を計る。

 また、ロシア外務省を通じてモンゴル、カザフスタンの両国に設営計画や想定日程が情報提供される。

 同時に、必用な資材の調達と確保が開始される。

 七月、まず国内での計画が実施される。

 揚陸艦、輸送機を使った資材の輸送が始まる。

 月日は、あっという間に過ぎ去る。

 この間、全国の徹攻兵達の間では、南沙駐留、国土防衛のための再配置が整えられ、残る要員で、各々、実戦を想定した小隊が組まれ、弾幕戦を想定した調整訓練が行われる。

 輝巳と遊も、光条膜を使った標的役を何度も引き受けた。


 八月上旬、出撃および撤退の本拠地となる駐屯地がロシア国内に設営されると、アメリカ、中国、モンゴル、カザフスタンの各国に通達がされる。

 八月十一日木曜日、普段社会人を果たしている特務予備自衛官が続々と現地入りする。

 現地で活動する徹攻兵の最高指揮官である穂村明理三等陸佐と敬礼し合う。

 八月十二日金曜日、各員、着甲しての最終試験と通信状態の確認、地形、布陣、戦闘要領に関する最終確認が行われる。

 一八式以上の徹攻兵は、南沙強襲の時と同様、背面のスラスターボックスから左右に延びるバーをつけ、右に二門、左に二門の合計四門の八尺砲を懸架する。

 〇六式の徹攻兵は四門のラインメタルを持参し、現地で一門ずつ射撃する。

 全員、背中の中央には各々の取り回しの良い長さの光条武器を予備としてかまえる。

 小隊番号は最右翼から一番、二番と振り、七生小隊は第四小隊、道照小隊は第五小隊、詩央小隊は第六小隊、明理小隊は第七小隊、皐月小隊は第八小隊、満小隊は第九小隊、優子小隊は第十小隊を名乗る。

 全小隊とも、座間駐屯地指揮所に詰める中隊長、そして大隊長の色川とも胸のクリスタルを共有し、更には統合連携役として、信世、詩央とも胸のクリスタルを共有、最後の一個は現場の総連絡役として明理に託している。

 中隊長を持たない都築分隊は四つクリスタルが余るため、詩央小隊の颯太、快王、司之介、寿利阿と共有している。

 輝巳は改めて自分の背中の装備を振り返り、遊に軽口を叩いた。「遊君、これさ、敵さんに放熱板と間違えられないかな?」

 遊はしれっと答える。「そもそも、漏斗の形をしてないから飛ばないぞ」

 全員、雪の残る山中を想定し明灰色の塗装で望む中、オフホワイトに赤の試験機模様を入れた遊と、黒鉄色で彩られた輝巳の装甲服が浮いている。

 その晩、設営地の寝袋の中で輝巳は、狼の遠吠えを聞いた気がした。

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