第083話 サリーリ・カミック
リリーは、九歳の時母が離婚し、叔父の元に転がり込んだ。十歳の時から十二歳までの間、叔父からレイプされていた。
十三歳の時自ら妊娠に気がつき、叔父の持っていた拳銃で叔父の頭を撃ち抜いた。
本人は自殺を望んだが、母と弟たちが生きることと、中絶させることを選ばせた。
犯行時十三歳ということで、少年を保護する州法に守られ、重い刑事罰を科されることはなかったが、矯正施設の中で人より遅い年齢でハイスクールの卒業証書を手にした。
矯正施設に通う時期から、たびたび、鬱病に悩まされてきた。
朝、ベッドから起き上がってこられない。
起き上がれても、座り続けることすらできない。
ただ、横になってどうしようどうしようと不安が募るばかりで一日が終わる。
そんな状態を薬で散らしてきた。
就職はうまくいかなかった。
職業訓練施設に通うのにも精神的な負担を抱えた上での苦行だった。
そもそも、居留地出身のネイティブ・アメリカンというだけで、まともな仕事に就けるはずもなかった。
軍役に志願入隊していた弟が、研究員から「この誕生日に当てはまる知人がいたら知らせて欲しい」というリストの中にリリーの誕生日を見つけ、報告したことで着甲試験を受けることになった。
結果は良好でASー01の慣熟も早かった。
ただ、鬱病の既往歴が留意され、軍の、規則正しい訓練に同行できないとして正式な採用は見送られた。
それでも、なんとか基礎訓練だけはやり遂げ、予備役として登録することができた。
着甲するまでは、予定通りの時間に現れないなど担当者の手を煩わせたが、着甲している間は良く動いた。
ASー02の慣熟を終えるのも、ASー03の訓練に入るのも、他の顕現者より早く、徹攻兵としての期待は高かった。
おっとりとはしていたが、着甲している時は鬱の症状も小康状態に入り、時に、きびきびと指示に従って見せた。
そのことで少しは自信を取り戻したり、着甲訓練が終わるとだめ人間に戻ったりの繰り返しで不安定な日々を過ごしていた。
あるとき、一般歩兵による対徹攻兵訓練の標的役としてペイント弾を渡された。
訓練の指導役からは「少し成績が良くて浮き足立っている連中だから、ヘッドショットを中心にして目を冷まさせて欲しい」と依頼された時、リリーの二人目の人格が出てきた。
訓練の指導役から「安全ではあるが、ゴーグルはできるだけ避けてくれ。マスクもだ。ヘルメットの、できれば同じ箇所に二発ずつ当てて小隊を全滅させて欲しい。
ああ、アルファチームとブラボーチームのペイント弾は、できるだけ避けてもらえるかな」と伝えられた時、リリーはいつもの「Yes」ではなく「Yep」で答えた。
リリーの鬱病を理解している指導役は、その砕けたいいかたに、調子が上がってきたかな、くらいにしか思わなかった。
大きく腕を振り回すしぐさや、大股で歩く姿は、いつもの彼女と違ったのだが、それも、一対十の摸擬戦の前の意気込みの一つとしてしか捕らえられなかった。
訓練が開始されたとたん、その差は顕著に表れた。
普段のリリーは、慎重に歩を進め、その優れた感覚で目標の位置を一つ一つを頭の中に収めながら、一つ、また一つと確実に仕留めていくタイプだった。
その日のリリーは違った。
雄叫びと装甲音を鳴り響かせて目標のチームが潜む部屋に突進すると、ドアを蹴破り、姿勢を低く飛び込みながら右に左に、合計十発の弾で五人のヘルメットを汚してみせる。
アルファチームの全員が、負けたことを理解するより素早く床を蹴るとそのまま窓から踊り出す。
一度外に出て地面を蹴ると、ブラボーチームの潜む二階の小屋に飛び込み、その姿勢のまま、右に左に十発でヘッドショットをこなす。
リリーは床に転がり込んでから立ち上がり「俺の任務は終わったかい」と聞いてくる。
指導役はほんの一瞬の出来事に戸惑い「ああ、その、終わったことは終わったんだが」と言葉を濁すとリリーは「アイ マスト ビー ゴーイン」と答えてきた。
指導役が「どこに行くんだい?」と聞くと、リリーは急に肩を落とし、がっかりしたため息をついて立ちすくんだ。「申し訳ないんですが、二人きりで話す時間をください」といってきた。
リリーは、指導役に、自分の犯罪歴を知っているかを確認してから話し始めた。
リリーの中にはどうやらもう一人人格がいること。
彼の名前はジム。
男性で、リリーよりずっと判断が速い。
ジムにはリリーとして生活している自覚は無いが、リリーはジムの目を通じて、ジムが何を考え、何をしているのかを知っていること。
そして「私の最初の犯行は、彼がやったんです」と泣いた。
アメリカ陸軍もリリーの扱いには悩んだが、貴重な徹攻兵であることから、慎重にカウンセリングを進めた。
結果としてヘッドショットという命令に反応して彼が現れること、彼自身、判断が速く思い切りがいいが、決して無謀ではなく、命令を理解してそれに従う理性も持ち合わせていること、ヘッドショットを伴う任務が終わると彼は去り、リリーが戻ってくることが理解され、予備役としての立場を維持することになった。
そこまで聞いて、遊はげんなりしていた。「重ってー」
輝巳は苦笑いするしかなかった。「武多さん、キエラの話しはも少し軽いんだろうね」
武多が困った声を出す。「それがですね」
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