第074話 投入

 輝巳は一時間余りのフライトの終わりを感じて、信世にたずねた。「信世、画像は行ってる?」

 「来てない」

 「意識通信だよりか」

 輝巳と遊、明理と皐月は、詩央小隊のクリスタルも首から提げている。

 「信世、俺の視界、行った?」

 「来た」

 「詩央、届いた?」

 「届きました」

 「司之介、そっちの視界をこっちに送って?」

 「こうですか?」

 「来た、まっくらだね」

 司之介のはにかみ声が聞こえる。

 輝巳が声をかける。「遊君、明理ちゃん、司之介。

 避ける指示を優先して。

 俺、当てに行くから」

 遊が割ってはいる。「矛盾してる」

 輝巳が答える。「避けることは優先する。

 集中するから無言でも、避けることは意識するから」

 そういいきる間もなく、もの凄いGがかかり、機体が旋回する。

 目標地点まであと三十キロ足らず。

 一分十五秒ほどで投下される。

 今回限りの有線通信でパイロットから音声が入る。

 「サー・オガタ、サー・カスガ、アー ユー レディ?」

 「イエス」「オフコース」

 一瞬の沈黙が入り、パイロットから最後の音声が入る。「グッドラック。

 パージ」

 左右のフェアリングがFー35Cの両翼のハードポイントから外れると、それぞれ、そのまま落下する。

 フェアリングの内側には、自動的に開かなかったら手でこじ開けてくれと武多に無茶をいわれたハンドルもついていたが、仕込まれた火薬の勢いでフェアリングが左右に割れ、中から黒い輝巳と、白地に赤いすじの遊が現れる。

 生身の人間を、高度一万メートルから、秒速二百七十メートル、時速にして九百七十二キロで投下するなど正気の沙汰ではない。

 壁を切り裂く様な凄い風圧が二人を襲う。

 左右の八尺砲が揺れる。

 灯火管制の敷かれたファイアリー・クロス礁に目立つところはなく、高さも左右もわからないまま、右の輝巳と左の遊、暗闇の中に突き落とされたに等しい。

 それでも、徹攻兵達には八キロ先の滑走路がありありと感じられる。

 輝巳も遊も、左右の手を背中側に回す。

 上下方向に懸架された八尺砲の砲口を、背中の左右に延びたバーを軸に正面に向ける。

 八尺砲の長距離射程は約七・七キロ、通常射程は約一・九キロ。

 長距離射程では徹攻兵相手には四センチの脆化しか起きず、そもそも当てに行くのも期待はできない。

 しかし遊はわざと、ファイアリー・クロス礁の滑走路の向こうに向けて、鮮やかな紫の光条を一本放つ。

 開戦ののろし。

 敵の砲撃を集める見せだま

 まんまと、赤や、青、緑に輝く光条や、APFSDS弾が飛んでくる。

 輝巳は右にめいっぱい開き、遊が動くスペースを稼ぐ。

 そして、狙う。

 先頭の片翼をになう自分には、ぬばたまの闇夜にとける黒色光条がある。

 投下から四十五秒経過。

 もう水平の角度は感じられず、ほとんど上から落ちていく感覚。

 高度二千メートルを切り、地上まで残り七秒。

 敵性徹攻兵達の意識が飛び交うのが感じられ、空気を切る音以上に都心の喧噪のようなどよめきとして伝わってくる。

 意識でたずねる。

 来てない?

 遊、明理、司之介の三人から帰ってくる、行ってない。

 狙う。

 左右の連発で、同じ徹攻兵の同じ頭を狙う。

 一発目がヘルメットを割り、二発目が頭部を消し飛ばす。

 一人、二人、三人、四人、五人。

 その間にも、遊はさっさと使い切ってしまう感覚で八尺砲を乱打する。

 輝巳と遊、同時に着地すると左右に飛び上がる。

 一番危険な瞬間をやり過ごす後ろからも明理と皐月の、紫と黄色の光条が、続いて颯太と司之介の白と橙色の光条が飛び込んでくる。

 二六式の最大跳躍高度は百六十メートル、一八式でも最高八十メートルまで上がる。

 どうしても、下から上をひらめく目標を狙うより、上から下に留まる目標を狙う方がたやすい。

 敵性徹攻兵もそれは同じで、双方飛び上がる文字通りの空中戦となる。

 既に快王と寿利阿、七生と道照も最初の着地を済ませて飛び上がっている。

 放物線を描く単純な軌道を光条推進で変えたいが、闇夜の中ではとにかく目立つ。

 敵の数が多い。

 輝巳が呟く。「敵、八十メートルを超えられない」

 遊が控えめに評価する。「第五世代の慣熟者はいない模様」

 信世が復唱し、詩央が復唱する。

 信世が画像を確認し、詩央と目を合わせる。

 信世が報告する。「画像来ました」

 詩央も小隊に告げる。「各員、画像届いています」

 報告は座間で共有されるだけでなく、アメリカ海軍の空母打撃群にも共有される。

 都築小隊と詩央小隊のメインモニターの画像も、そのまま共有される。

 対空、対潜警戒中のことではあるが、手隙きの要員はモニター越しに徹攻兵達の視界を見守る。

 司之介から寿利阿に、明理から七生に、遊から颯太にと、警告が飛ぶ。

 そして遊から道照に、明理から皐月に、司之介から快王にと、警告が飛ぶ。

 右に避ける、左に避ける、下に避ける、上に避ける、前に避ける、後ろに避ける。

 遊から檄が飛ぶ。「避けきるぞ」

 真っ先に最初の八尺砲を打ち切った遊は、砲口を上にひねり上げるように両腕を上げる。

 背中から延びた左右のバーにロックされていた八尺砲が外れるのでそのまま捨てる。

 そして改めて両腕を背中に回し、三本目と四本目の八尺砲を構える。

 全ての動作を空中で、流れるように行いながら、敵性徹攻兵の砲撃を読む。

 皐月が乞う。「目標の指示を」

 信世も、詩央も、視線を真ん中に定め、複数のモニターを同時に見つめる。

 信世が指定する。「七生」

 詩央が名指しする。「寿利阿」

 二人、それぞれの小隊に視界を共有する。

 都築小隊の五本の光条と、詩央小隊の四本の光条が、二人の敵性徹攻兵の頭部に集中する。

 撃墜、撃墜。

 二人の敵性徹攻兵が放物線を描いて落ちていく。

 残る敵性徹攻兵達の動揺を見定めて、輝巳が黒色光条を手近な敵性徹攻兵の頭部に撃ち込む。

 六人目。

 遊、明理からは撃った瞬間に、司之介からは撃ちきった後に、警告が飛ぶ。

 皐月、七生、快王が避ける。

 避ける時間がしばらく続く。

 特に誰しも、着地する瞬間がきつい。

 上から狙える者は、見方を狙う敵に取りあえず撃ち込んで牽制する。

 遊が警告する。「敵から集中攻撃受けたら、死ぬ。

 絶対に集中させるな。

 動き回れ」

 めいめい、着地の瞬間にめいっぱい光条推進をふかして着地地点を変える。

 そして思い切って飛び上がる。

 座間でモニターしている武多が呟く。「鷲見さんと小安さん、出力上がってるな」

 信世と詩央は次の目標を探す。

 その間に輝巳が目標を見つける。

 左右の同時撃ち。

 左胸から右の背中を十六センチの穴で消滅させる。

 七人目。

 信世がたずねる。「輝巳、何人目」

 「七人目。

 遊君、明理ちゃん。

 俺への警告も、頼むね」

 輝巳も、来るものを意識していないわけではない。

 闇夜の黒色光条は卑怯ですらある。

 それでも、避けきれば勝ち、体を失えば負けだ。

 信世が見つける。「皐月」

 皐月が視界を共有すると、五本の光条が集まる。

 そして遊と明理の警告が飛ぶ。

 詩央が見つける。「快王」

 四本の光条が集まり、明理と司之介の警告が飛ぶ。

 そして狼狽える敵の頭に輝巳が撃ち込む。

 八人目。

 遊と同じ要領で外側の八尺砲を上に回して外して捨て、次の八尺砲を構える。

 輝巳には、空中で姿勢を変えるのも、目立ちにくいという余裕がある。「建物に隠れだしたのがいるね」

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