第075話 接近戦

 遊が答える。「一人に集中して撃ってこないのが怖い。

 逆をやられたら、死ぬぞ」

 敵性徹攻兵の意識が、この場で飛び交う感覚が伝わってくる。

 言葉はわからないが、決まったリーダーからの統率された指示、という流れが見られない。

 一旦、敵の攻撃が止む。

 遊が身構える。「来るぞ」

 皆、飛び上がると、挑発するように建物の角に向けて光条を二発、三発と撃ち込む。

 遊が「寿利阿」と、明理が「皐月」と、司之介が「颯太」と警告を出す。

 寿利阿を襲った黄色の光条以外は、APFSDS弾。

 すかさず、颯太を狙った射手を輝巳が仕留める。

 九人目。

 詩央が呼ぶ。「司之介」

 司之介が視界を共有する。

 四本の光条が建物の隅に降り注ぐ。

 信世が指定する。「皐月」

 皐月の視界には、上下二人の敵性徹攻兵がいたが、上を意識して共有する。

 五本の光条が上に、二本の黒い光条が下に集まる。

 皐月が呟く。「黒、ずるいわ」

 輝巳が答える。「主の本質が出る、ともいうけど」

 皐月が答える。「腹黒ってことね」はあ。

 遊が笑いをこらえられずに割って入る。「ぶぶっ、引き締めていくぞ」

 光条を撃ってくる敵性徹攻兵は、目立つこともあり、あらかた目標にしてしまっていた。

 APFSDS弾は、ほんのコンマ〇何秒か遅い。

 が、敵性徹攻兵が建物の影に隠れることで、角度を探して、距離が縮まる。

 遊が「道照」、明理が「輝巳」、司之介が「寿利阿」と警告する。

 きっちり避けきれなかった寿利阿が、右足でAPFSDS弾を蹴りはじく。「ちっ」

 颯太がたずねる。「どうした」

 寿利阿が答える。「脆化してない。

 気をつける」

 颯太が答える。「了解」

 信世が「詩央ちゃん」と声をかけてから通信する。「みんな、集中を絶やさないで。

 辛いけど、頑張って」

 詩央も小隊に告げる「各員、敵弾の回避を優先してください」

 「了解」「りょーかい」「わかった」の声が響き合う。

 信世が指示する。「七生」

 詩央が指定する。「寿利阿」

 五本と四本の光条が集まる。

 そして回避に入る瞬間、黒い光条がもう一人を落とす。

 輝巳が数える。十一人目。

 都築小隊、詩央小隊がチームワークで敵を落としていくのに対して、敵性徹攻兵の攻撃には、連携性が余り見られない。

 輝巳も、避けることは意識していたが、黒色光条での光条推進は、空でも目立たないこともあり、皆が落とした後の、敵性徹攻兵が動揺する瞬間を狙い確実に仕事をこなしていく。

 ついに、十六人目を落としてしまうと、三本目と四本目の八尺砲を撃ちきってしまい、両腕をあげ、砲口を上に向けてロックを外すと八尺砲を捨てる。「遊君、いくつ残ってる?」

 「四発」

 「残り十人程度、かな。

 様子をうかがいながら、接近戦に入る」

 そういうと、後頭部に位置する柄を右に傾けるようにひねってロックを外し、両手に持つ。「颯太、そっちはどれくらい残ってる?」

 「一本半」

 「撃ちきって隠れているようなのあぶり出すから、撃ち込むのお願いね。

 頼むから俺を殺すなよ」

 信世が告げる。「輝巳への支援は、遊、明理、司之介の三名に限定。

 残る要員は、敵の攻撃の回避を最優先に」

 詩央も復唱する。「輝巳への支援は遊、明理、司之介の三名に限定。

 残る要員は、敵の攻撃の回避を最優先に」

 快王が答える。「颯太パパの相手じゃなければ狙ってもいいんだろ」

 司之介が叫ぶ。「快王」

 快王が驚いてのけぞる。「うわっ」

 APFSDS弾が快王の左脇をすり抜けて飛んでいく。

 詩央が呟くように念を押す。「回避ゆーせん、ね」

 快王は渋々うなずく。「了解」

 輝巳も、無防備に突っ込んでいったりはしない。

 ファイアリー・クロス礁は滑走路に寄り添うように倉庫群が並ぶ。

 その倉庫を盾にするように敵性徹攻兵が身を潜める。

 輝巳は、回り込むように斜めに飛び上がる。

 明理が警告する。「輝巳っ」

 至近のAPFSDS弾をかわす。

 敵性徹攻兵が砲身を捨てるのが見て取れる。

 あれだ。

 背中の光条推進をめいっぱいふかして接近する。

 装甲服の形状から、おそらくは第四世代型。

 目標の敵性徹攻兵が緑色に輝く柳葉刀型の近接武器を構える。

 見方に接近する輝巳に気がついた別の敵性徹攻兵が輝巳を狙うが、司之介の橙色の光条がヘルメットを砕き、颯太と快王と寿利阿の白、青、赤の光条ががら空きになった頭を消し飛ばす。

 輝巳は敵性徹攻兵の手前に着地すると、間合いを計る。

 それだけで遊の紫の光条が敵の右肩を襲う。

 狼狽える敵性徹攻兵に、柄の長さを活かした突きを一つ入れる。

 飛び退いて着地した敵性徹攻兵の右肩に、今度は明理の紫の光条が当たり、敵性徹攻兵は右肩から左胸を失う。

 そのまま仰向けに倒れる敵性徹攻兵の右腕を、輝巳は念のため払う。

 既に死んでいたものと見え、卵の殻の感覚は無く、豆腐の感覚だけ伝わってくる。

 輝巳はふと、上を飛び交う見方を見上げる。

 結局、集団戦での近接武器は、こういう一瞬の足止めが正解なのか。

 だとしたら、近接武器で本気で戦う時は、孤立した時だけってことかな。

 そんなことあるんだろうか。

 そんなことを思いながら飛び上がると、倉庫のあちこちで爆音が上がる。

 遊が声を上げる。「単なる撤退だ、気を取られるな。

 来るぞ」

 皐月がたずねる。「敵性徹攻兵の残存数、わかりますか?」

 信世が考えるより早く詩央が答える。「残り八人と推定」

 確かに、言われてみると信世の感覚でも八人残っている勘定が合う。

 この子、戦場が見えてる。

 飛び上がった敵性徹攻兵が寿利阿を狙う。

 そこに飛び込んでいった輝巳が敵の光条砲ごと腕と首を落とす。

 雲の切れ間からさし込む三日月の月明かりがシルエットを浮かび上がらせる。

 それを見ていた快王が呟く。「おっかねえ」

 颯太が苦笑いする。「あれ、父親なんだぜ、俺の」

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