第071話 フェアリング
そのころ武多は、打ち上げロケットの衛星フェアリングを製造しているメーカーに出入りしていた。
「ええ、ペイロードは人型のドローンと、二・四メートルのパイプが四本です」
「はい、パイプはドローンの背中側にマウントさせます」
「ドローンのカメラから地上を撮影しますので、頭の部分は可能な限り大きめに、強化硝子にしてください」
「基本的に亜音速の前提ですが、遷音速にも耐えるようにお願いします」
「はい、航空機側のハードポイントは仕様書の通りです」
「そうです、ハードポイント離脱後、直ちに左右に分離するようにお願いします」
一通りのすりあわせが終わると武多は心の中で微笑んだ。
二六式の試験は尾形さんと春日さんのどっちがやってくれるかな。
一八式の試験は二小にやらせるのは酷だし、八割出力だけど鷲見さんにお願いするかな。
八月下旬、二小の第二回目の合宿は、光条推進を利用した空中での三次元機動を中心に行われた。
明理が、空中に浮かんだ姿勢から、前方伸身二回宙返り二回ひねりをして高度を変えずに静止してみせると、二小の面々から、うそでしょ、という声が上がり、ヘルメットの中で密かに微笑んだ。
明理から注意が入る。「徹攻兵は打撲には強くても、捻挫には余り強くないから、最初から無茶はしないこと。
私は聞いたことがないけれども、首から落ちて首の骨を折って死亡、ということもあり得るわ。
それと、自分から見せておいてこういうのも大人げないかも知れないけれども、私達の今の目的は、曲芸をすることではなくていかに素早く避けるかだから、はき違えないでおいてね」
そして三キロほど離れると、ラインメタルを構える。「一八式はAPFSDS弾を正面からうけない限り脆化もしない。
砲弾は秒速約一・五キロ。
この距離からあなた達なら避けられるはず。
むしろ、避けられなければ作戦には参加させられないわ。
行くわよ」
快王が「狙われてもいいっす」と軽口で答える。
司之介が「快王」とたしなめる声に気を取られて、快王の動きが遅れる。
明理の放ったAPFSDS弾が快王の左肩を射止め、装甲が砕ける。
颯太と寿利阿が口にした「快王っ」の声は心配してのこと。
快王は悔しそうに「油断した。
明理さん済みません」と反省する。
明理がたずねる。「怪我は、痛みは」
快王が左腕を回す。「痛みはないですが、衝撃が凄かった」
明理が答える。「当てておいてこういういいかたは酷かも知れないけれども、訓練で体験できたことをよしとして。
わたしも、輝巳さんと同じように負傷者は見たくないわ。
それと」
快王が「はい」と答えると、明理が「ううん、司之介君」と司之介に声をかける。
司之介の「はい」はその一言だけで朗らかな性格を表すようだ。
明理には珍しく、戸惑いながら言葉を選ぶ「その、三脚様のことなんだけど。
その。
月に向かってあかんべー、してる?」
明理は我ながら、顔が熱い自覚がある。
何いってるんだろう、と思いもしたが、司之介の答えに思い当たるところがあった。
「あー、はい、天に向かってつばを吐く、っていうんですかね。
吠えているような」
明理は、構えていたラインメタルを下ろすと、詩央に声をかける。「詩央ちゃん、お願いがあるんだけど」
詩央が素直に返事する。「はい、なんでしょうか」
「詩央小隊の四人の装甲服の予備が揃っていることを確認して。
本番までに二セット用意しましょう」
そして続ける。「快王君は外れてもらえる。
脱ぐまでは力が続くから、半キロくらい離れて三次元機動の自習を続けて。
残りの三人は当てに行くからそのつもりで」
寿利阿が呟く「まじ?」
明理が呟く「まじ」
そして結局、寿利阿、颯太の順に、それぞれ二発目で、司之介は三発目で射止められてしまう。
見えるってこういうことなのね。
避ける先の位置が狙える。
颯太は後に、「弾が曲がって飛んできた」といった。
二小の面々が意気消沈して、明理と供に空中での三次元機動を続ける矢臼別演習場の上空を、一機の戦闘機が駆け抜ける。
颯太が「ん?」と見上げると、空から輝巳の「避けろ」の意識が飛んでくる。
秒速三百メートルを超える速度で演習場に飛び込んできた二筋の流星は、作戦を想定した降下試験に挑んだ、輝巳と道照だった。
ほとんど墜落してきたようなものなのに、四本の八尺砲を背負っての着地は、いきなり止まってみせる。
滑りもめり込みもしない着地は、なにか異様なものを見ているようだった。
輝巳がいきなり笑い出す。
それに釣られて道照も笑い出す。
「道照さん、凄いなこれは」
「俺も、こんなだとは思いませんでした」
武多の声がヘッドフォン越しに響く。「お二方、お疲れ様でした。
計算上は問題なかったのですが、これで確認できました。
本番は、これで行きましょう」
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