第070話 三脚様

 二小こと詩央小隊は父親の知らないところで作戦に関する基本方針の説明を受け、各自話し合い、夏合宿をすることを決めていた。

 話し合いの場に使われたのが栗谷津公園だと聞かされて輝巳は笑った。 

 颯太は、喫茶店やファミレスでは隣の席が気になり話しに集中出来ない、と言い訳した。

 輝巳は、そうだろ、と納得してみせた。

 訓練に参加する前に、と組まれた座学では、そもそも、として実際の戦闘がいかなるものか、二〇二一年の二つの事件で輝巳達が記録した映像が紹介された。

 尖閣事件での一方的な戦闘だけではなく、対馬事件での輝巳、遊による適性徹攻兵の無力化の瞬間、そして皐月の記録映像として残っている宇の負傷の様子が教材として使用された。

 教導役を務めた明理が念を押す。「あなた方がこの先、実際の訓練に一歩踏み出せば、そこに続くのは作戦への参加。

 その結果、敵性勢力にこのような被害をいかに効率良く与えるかが与えられた任務。

 最悪の場合、あなた方の中に被害者が出るかも知れない。

 それでも、訓練を続ける覚悟はできていますか?」

 明理はそういうと、右手で、耳にかかった髪を払う。

 真っ先に「できています」と答えたのは寿利阿で、詩央、快王、司之介とつづき、颯太は、ふーっと大きく息を吐くと「よく、考えます」と答えた。

 明理は、別の機会に輝巳と会った時にこの時の様子を伝え、「颯太君、一つ間に物を挟んだような口ぶりは、お父様譲りなんだと思いました」と笑った。

 五人とも、仕上がってきた仮装品が自分たちの体型によく合っていることにも、納入業者として寸法の微調整を調べに来たのが国産有名スポーツメーカーの職員だったことにも驚いた。

 自分たちの耳なじみの企業が、こんなところで軍需産業に関わっているなんて、まだ、世の中のことなんて知らないことばかりなんだ、と思い知らされた。

 小隊長役の詩央は座間駐屯地に残り、機器の操作や、四人の画像をくまなく見て、誰の視界を軸にして四人の意識を集中させるのかの判断の訓練が行われた。

 答えが有って無いような訓練でもあったが、実際の作戦では、輝巳と遊の視界から、足を止めた敵性徹攻兵の見極めが要求される重要な役所でもあった。

 一八式の四人は矢臼別演習場でクリスタル入りのハーフキャノンの射撃演習を行った。

 砲身長二・四メートルのハーフキャノンのことを、都築小隊が八尺砲と繰り返し呼ぶものだから、なんとはなしに通称が八尺砲となっていた。

 できることなら射程の長い四四口径の砲身を使いたかったが、今次の作戦では空中で放り出されることから、少しでも携行しやすい八尺砲が選ばれた。

 一八式の場合、八尺砲の通常出力で通常目標に対しては三十二センチの円柱状に対象を消滅させるが、徹攻兵に対してはその四分の一となる八センチの範囲の脆化にとどまる。

 今次作戦では動き回る目標の同一箇所に複数弾の光条を当てることで敵性徹攻兵の無力化が期待された。

 そのため、標的膜を左右のポールで止めるのではなく、旗のように一本のポールで止めて風になびく状態で、同時に狙わせた。

 最初は、どれが誰だかわからない状態だったが、司之介が「僕、さっきから同じ穴に当ててる気がするんだけど」といいだした。

 試しに一人で撃たせてみると、風にはためく標的膜の同じ所を打ち抜いて見せた。

 颯太も快王も寿利阿も、単純に司之介の腕を褒め称えたが、教導役として付き添っていた明理のすすめで、司之介の視界を三人に共有し、三人がそこを狙うように取り組んで見た。

 すると徐々に弾痕が揃いだし、なんとか、重なるようになってきた。

 司之介は明理に語りかける。「明理さん、その、なんていうか」

 明理は、嫌な予感に警戒した目つきが悟られないフェイスマスクのありがたみを感じながら「なにかしら?」と受ける。

 「颯太のおじさんが言っていたのとは違うかも知れないのですが、ねじ曲がった三本脚が舌を出している、そんな印象受けたことありますか?」

 明理は、ため息をつくとフェイスマスクを上げて東北海道の空を眺めやる。

 また、先を越されたのね、私は。

 司之介に目線を戻す。「聞いてみましょう、徹攻兵のみんなに」

 これに反応したのが遊だった。「三脚様ってさ、黒い三日月に文句言ってないかな?」

 司之介が困惑しながら言葉を重ねる。「青緑のような、赤紫のような」

 遊が笑う。「すまん、日本語としての意味はわからないが、言いたいことがわかる」

 輝巳が茶々を入れる。「なんだなんだ、じじいと若者がいちゃいちゃしやがって。

 なにいってんだかわかんねーぞ?」

 遊がまた笑う。「俺だって、未だにお前さんのいう八本様がわかんねーよ」

 輝巳も笑う。「ま、見りゃーわかるんだろーけどさ、なんだろねー」

 遊も首をかしげる。「小隊の目、といえば堅剛だけど、あいつも見ていたのかなー」

 どうだかなー、といいながら、輝巳が声色を変える。「司之しのちょっとまじめな話し、いいか?」

 司之介が「はい」と答えると、輝巳は「あー、いや、詩央小隊の全員に聞いてもらいたいんだけど。

 戦時中のゼロ戦パイロットの話なんだけど、当時の戦闘機って基本、空中鬼ごっこなのね」

 輝巳は、そういいながら、両手のひらを空中に泳がせる。「機関銃の弾を当てるんだけど、追いかけてかわされて、また機体をひねって追いかけて、ようやくやれる、って瞬間に、一回後ろを振り返る奴が生き残り、そのまま敵機を狙撃する奴は、いつの間にか自分の後ろについてきた別の敵機に打ち落とされるんだと。

 主君のために武功を立てればお家が成り立つって時代じゃない。

 こんな仕事に誘ったおじさんがいうのもなんだけど、無事に帰ってくるまでが作戦だから。

 宇を、友達を軽く扱いたい訳じゃないんだけど、あんな怪我、嫌だからさ」

 輝巳が一回区切る。「対馬で俺と遊君と堅剛は、三対一の圧倒的有利な状況で近接戦闘に持ち込まなかった。

 相手も引いた。

 七年前で光条兵器を実用化していた敵だ、光条銃、光条砲も前提にしないといけない。

 光条弾の弾速は秒速二キロ。

 ミリ秒で動く徹攻兵なら、全てを避けろとはいわないが対応できないものでもない。

 遊君と司之しのに三脚様が何を見せるのかは俺にはわからないけど、もし、危ないって感覚を共有できるならそれを飛ばして欲しい。

 狙う方の目は信世とか詩央が見ている。

 そういう分担を前提にして欲しい」

 信世が輝巳の言葉を受ける。「徹攻兵保有国、っていう言葉は、徹攻兵が動けて初めて意味のある言葉になることを、皆さんもよく理解して、お互い連携していきましょう」

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