第064話 初めての着甲
着甲のさい、颯太が一番抵抗感を示したのが紙おむつだった。
「うそでしょ?」
輝巳が笑う。「うそじゃねえ。
お父さんも遊君も着けてる。
そもそも装甲服なんて簡単に脱げるもんじゃないんだから万一のために着けるの」
颯太は受け取ると「ちょっと二人ともあっち向いててよ」と思春期特有の恥じらいを見せる。
そして続ける。「俺はいいけどさー、詩央に怒られても知らないよ?」
輝巳は笑う。「そんなの俺だって知らないよ。
どうせ俺がなにやっても、あの子は怒ってばかりじゃないか」
案の定、着甲室を出てきた詩央は不機嫌だった。
輝巳は特に触れなかった。
サイズ合わせの関係で、遊が着ていた装甲服を颯太が、明理が着ていた装甲服を詩央が着た。
二人とも、普通に歩けたことで武多を喜ばせた。
武多がたずねる「二人ともどう。
体が軽くない?」
颯太が少し弾んだ声でいう「軽いですね。
これ、どういう仕組みなんです?」
武多が答える。「ぶっちゃけ、仕組みなんてないよ。
颯太君も詩央ちゃんも、星々に選ばれたってだけさ」
颯太は、良くわからなくて愛想笑いをしてしまう。
改めて、輝巳、皐月と颯太、詩央が着甲したままで林の中に入る。
輝巳がまた、颯太の方を中心に案内する。「二人とも、アンダーアーマーを顎の所まで上げてから、フロントマスクを下ろして。
そしたら顎の所の金具を止めて。
画像は見える?」
颯太が答える。「見えるよ。
こうなってるんだ」
輝巳が確認する。「詩央は。
ちゃんと返事して」
返事が無い。
皐月が「詩央ちゃん、画像見える?」とたずねると「見えます」と返してくる。
輝巳が続ける。「二人とも装甲服を着て普通に歩けている時点で徹攻兵としての能力はあるってことになる。
普通ならこんな重量物身につけて歩けるわけないからね。
で、続いて最低限の出力試験をするんだけど、さっきお父さん達がやったみたいにジャンプして欲しい。
力をかける必用は無いんだけど、できるだけ高く飛ぶことを意識してやってもらえる?
まずは、颯太から」
そういわれた颯太は、腰を落とすと一気に飛び上がる。
「え?」何人かが颯太と同じ声を上げた。
颯太は飛び上がりすぎた。
木々の高さをはるかに超え、颯太の視界にはキャンプ座間に併設されたゴルフ場を超えて雲のかかる丹沢の山並みが見える。
そして勢いが消えると自由落下が始まる。
「わっ、うわわっ」
空中でバランスを崩し、腰から落ちてくる。
墜落する前に、輝巳が飛び出して受け止め、そのまま尻餅の要領で着地する。
「だっこするのは何年ぶりだろうな」
颯太は「ごめん」と呟く。
輝巳が信世にたずねる。「信世、颯太は何メートルとんだ?」
信世が答える。「機械が故障したと思いたいわね。
七十五メートル以上飛んだのよ。
一八式の九割の出力相当ね」
色川が呟く。「親子鷹って徹攻兵にもあるんだな」
輝巳は颯太を立たせると「次は詩央の番だな。
皐月ちゃん、お願いできますか?」
皐月は少し意地悪を返す。「できますか、なんていいかた、珍しいですね」
輝巳はさらっと答えてみせる。「妻に安全を託されていますので」
皐月は「承知しました」と答えると、「じゃあ、詩央ちゃん、詩央ちゃんのタイミングで飛んでみて」と詩央に試験を促す。
詩央も颯太ほどではないが大きく飛んで見せた。
そして落ちてきたところを皐月に支えられた。
皐月が「お疲れ様」と声をかけると、詩央は「ありがとうございます」と返事をする。
輝巳が信世にたずねる。「信世、詩央はどれくらい?」
信世が呆れて笑う。「ほぼ、四十メートル。
〇六式の慣熟間近って状況ね」
武多が、小躍りするように近くのパソコンに向かいキーボードを叩く。「僕と契約して、徹攻兵になってよ、ってことかな」
そういって特務予備自衛官に必用な手続き書類の印刷にいそしむ。
遊がたずねてくる。「すげーな。
で、どうする?」
輝巳が答える。「どうもこうも、これ以上ここで試験できないし、着替えさせよう」
遊が答える「そうだな」
輝巳は皐月と、事態を見守ってくれていた明理に声をかける。「明理ちゃん、皐月ちゃん、ありがとう。
詩央の着替え、よろしくお願いします」
特務予備自衛官制度を武多に説明させている間に、輝巳は色川の許可を取り莉央に連絡を入れる。
「うん、二人とも合格というか、成績が良くてさ、色川さんも大喜びなんだ。
うん、それで、ほんとに申し訳ないんだけど、二人の意思は確認するけれども、自衛隊と仮契約することになるんだ。
うん、契約社員的な、でも、義務は無いけど、訓練に参加すると手当がもらえる資格みたいなもの。
その手続きとか説明とかで時間がかかって、今日は三人とも帰れないかも知れない。
ほんと、申し訳ない。
うん、また、連絡します。
ほんと、ごめんね」
ふー、莉央さんに頭を下げたり、詩央のご様子うかがったり、気が休まらないな。
電話が終わると、手の空いた遊が話しかけてくる。「すげーな、お前さんとこの子たち。
満さんとか優子さんを超えてきてるんだもんな」
輝巳が答える。「あー、そうなるのか。
おれは武多さんの目利きの方がこえーと思うよ。
この分だと、他の子達も化けてでてくるかもしれん」
颯太も詩央も特務予備自衛官制度の二等陸士として登録することにした。
十九歳を超えていた颯太は成人としてその意思が認められた。
詩央に関しては親権者の同意が求められたが、輝巳に断る理由もなかった。
あまり、遅くまでの説明は、詩央の年齢にも問題があるとして、初日の土曜日は特務予備自衛官制度の説明について費やされた。
夜の間に、輝巳と武多たちで話し合いが行われた。
とにかく、輝巳が喋ると詩央がまじめに聞かないとなり、輝巳ががっくりうなだれる。
説明役は詩央がよくなついているということで皐月に任せることにした。
皐月は「私、ですか」とすこし意外そうだった。
輝巳が頭を下げる。「うちに来てくれた時も説得してくれたじゃん。
多分、皐月ちゃんのいうことはちゃんと聞くと思うのでお願いします」
皐月は、目線を床に落とすと、はあ、と息を吐き、頷いてみせる。
役割が決まったところで話すべき内容が改めて確認される。
まずは機密保持。
徹攻兵の基本能力は、アメリカ、ドイツを中心とした国際機密でもあり、たとえ家族でも話してはならないこと。
また、自身が自衛隊に関与していることを話したとしても、徹攻兵であることは他人に絶対に口外してはならないこと。
他の徹攻兵の素性も明かしてはならない機密事項であること。
漏洩した場合、有期刑もあり得るなど履歴書に傷がつきその後の人生に大きな悪影響があること。
更には、家族を含めた心身上の危険もあり得ること。
次ぎに基本能力。
徹攻兵は確かに強固な防御力を誇るが、その力は無限ではないこと。
ある程度以上の攻撃を受けると、脆化といって、金属の装甲が硝子のように割れること。
脆化した装甲の箇所に追撃を受ければ致命傷となること。
打撃には強いがねんざまで防ぐわけでもなく、日常的な柔軟運動が推奨されること。
主に筋力面として評価される力と持久力に関して驚異的な向上が見られること。
重力方向に対して、反重力ともとれる作用の軽減があり地面、床面を痛めない特徴があること。
光条、と呼称する力が発揮され、推進力と攻撃力に応用されること。
そして知覚。
同じ原石から割出した鉱石を身につけた徹攻兵同士はお互いの視覚を任意に共有でき、会話も可能になること。
視覚、聴覚、嗅覚が向上し、視界の外からの攻撃にも対処できるようになること。
弾さえ届けば、数キロ先から数十キロ先の目標も感覚だけで正確に狙撃できるようになること。
どれも、徹攻兵としては当たり前の事だったが、一から説明するとなると時間が必用だった。
輝巳が、「莉央さんの手前、明日は余り遅くなれないんだよね」というので、皐月の講義は日曜日の朝九時から始まった。
一通りの説明が済むと、皐月が最後にこう締めくくった。「国防の機密を知った以上、お二人はもう既に社会の一員です。
これからはその自覚を持って行動してください。
お父様が長年、そうしてこられたように、です」
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