第063話 座間にて
その次の週末は、第三週末に会社から座間駐屯地に直行しない珍しい週末だった。
詩央は、お父さんとは一緒に行動したくない、と皐月を迎えに来させていた。
早めに迎えに来てくれた皐月に詩央を託して先に出かけさせると、少し時間をおいてから輝巳は颯太を連れて出かけることにした。
「莉央さん、結婚記念日に子供二人も連れ出してごめんね」
莉央はため息と作り笑顔を絶やさない。「颯太も興味あるみたいだし、こうして親離れしていくのね」
輝巳は痛々しく笑う。「ほんとごめん。
試験次第では、帰りは明日になるかも。
二人とも学校もあるから、夕方前には家に戻れるように帰してもらうよ。
ほんとごめん」
ただただ、頼りなくそういうと、颯太と二人、駅へと向かう。
男同士、道中特に語り合うこともない。
なんとか、颯太が大学に通い始めたことで、輝巳の気持ちとしては、子育ての大きな山を超えたと思っている。
後は、詩央が大学に受かれば、長い子育ても終わりだなー、とか、いやいやそもそも俺はなんにもして無くて、ほとんど莉央さんにお任せだったよな、とか考えて勝手に落ち込んだりしている。
颯太は放っておけば動画を見ている。
何を見ているのかとチラ見すると、徹攻兵の動画を漁っていた。
ふいー、もうちょっとでいくらでも本物見せるから、誰が見てるかわからない電車の中で見なくてもいいんじゃねーのー。
とも思うが、止めるのも不自然なので好きにさせる。
はてさて、うちの子達は本当に武多さんの思惑通り顕現してくれるかね、と、小田急線の車窓を眺める風景が、ビルがちな都会から山がちな田舎に移ろうのを眺めていた。
輝巳が颯太を連れて座間駐屯地に到着すると、いつもの会議室には色川だけではなく、武多も信世も遊も明理も皐月もいた。
隅の方には先に着いていた詩央も座っていた。
「ふいー、俺にとっては勢揃いだな。
詩央のために明理ちゃんもついてくれるの?」
明理が愛想良く笑う。「私がお役に立てるのであれば」
そして輝巳が詩央に話しかける。「詩央、皆さんにご挨拶はしたのか」
詩央は返事をしない。
会議室に嫌な空気が流れる。
輝巳が声を強めていう。「詩央、返事をしなさい」
それでも詩央は返事をしない。
輝巳が怒気を込めていう。「詩央、皆さんに挨拶もできないなら帰りなさい」
武多が割ってはいる。「まあまあ、尾形さん、詩央ちゃんはしっかり者でしたよ」
そこに颯太の呆れ声がまざる。「お父さんも詩央も大人になりなよ」
輝巳は、床を一旦見つめると、明理と皐月に向かって話しかける。「詩央の保護者として、娘のことをお任せします。
試験がうまくいかなかったら、もう一度注意事項を伝えて、一人で帰らせてください」
明理と皐月が「お任せください」「わかりました」と返事をしてくれる。
それを見ていて颯太が「お父さん、大人になりきれてないよ」と突っ込んでくる。
「悪かったよ。
とにかく、お前の相手はお父さんと、そちらにいる春日さんだ。
ちょっと紹介するぞ。
まず、先日もうちに来てくれたあちらの方が徹攻兵の大隊長の色川二佐。
色川二佐は総合的に徹攻兵の管理をしている。
そしてあちらにかけているのが防衛装備庁の武多課長。
武多さんは徹攻兵の開発の責任者に当たる。
そして、都築信世さんと春日遊さんはお父さんの中学時代からの友達で、二人とも徹攻兵。
あー、徹攻兵はアルファワンとかブラボーツーとか煩わしい呼び方しないで、下の名前で呼び合ってる。
お父さん達がそうだったからね、自然とそうなった。
で、あちらが穂村明理一尉と、先日来てくれた相原皐月二曹。
他にも大勢いるけど、最低限この人達は覚えておいて」
颯太が、礼儀正しく頭を下げて「よろしくお願いします」と返事をする。
武多から、試験の流れの説明がある。「まずは、第一世代型装甲服の展示訓練です。
お父さん達が実際に装甲服を着て動いてみせるのでその印象をよく目に焼き付けてください。
実際、これまでの顕現者、あ、顕現者っていうのは徹攻兵の能力を持った人のことです。
で、その顕現者達も、先輩の動作するところをみて自分たちの能力を引き出した人が大勢います。
それを見て颯太君自身、詩央ちゃん自身が着甲した上で動作出来るか確認します。
動けなければ、そこで試験終了。
解散です。
動けたら、次ぎに出力試験をします。
まあ、その場でジャンプするだけなんですけど、細かくは動けたら説明しますね。
で、出力試験が終わったら意思の確認です。
徹攻兵として近い将来訓練に参加してくれるなら、特務予備自衛官として契約してもらいます。
その上で座学があります。
徹攻兵の情報はほんの一握りしか公開されていませんからね。
でも、徹攻兵やるからには知っておかないといけないこともいくつかありますのでその当たりを講義させてもらいます」
武多がひとこと区切る。「まずはここまで。
お二人からご質問はありますか?」
颯太が、恐る恐る手を挙げる。「はい。
何を質問していいかもわからないくらいなので、初めてもらってもいいでしょうか」
それを聞いて武多がピアスだらけの顔をほころばす。「そうだね。
始めようか」
明理も皐月も九八式を着甲するのはいつぶりなのか忘れるほど前のことだった。
当然だ、今や第五世代型の二六式の展示訓練をするべく、出力向上に取り組んでいるのだから。
たとえ輝巳の家族といえど、顕現者としての能力を発揮できるかわからない以上、必要以上の情報を与えることは避けたい。
そのための九八式なのだが、輝巳と遊に取ってはよっぽど遠い記憶だった。
サイズも、着甲試験用の汎用サイズで、細かいところが微妙に合わなかったりする。
そして、空振りだった時のためにとキャンプ座間内の林の中で展示訓練するのも久方ぶりだった。
輝巳がいった。「かさばるね」
遊がいった。「かさばるね」
明理がいった。「かさばりますね」
皐月がいった。「はあ」
颯太と詩央にはなんのことかはわからなかったが、取りあえず林に出た。
輝巳が、二人並んでいる颯太の方に向かって話しかける。「凄く単純な話しなんだけれどもさ、今お父さん達が着ている装甲服、凄い重そうだろ?」
颯太がうなずく。
詩央は黙って聞いている。
「いま、こうしてお父さん達が動けていること自体、普通じゃないってわかるかな?」
颯太は改めて気がついたように目を開く。「ああ、そうか」
「でだ、徹攻兵のすごさは防御能力だけじゃなくて、運動能力の向上にもあるんだ。
この第一世代型装甲服でも、十メートル飛び上がることができる。
まあ、この樹の高さくらい余裕ってことなんだ。
いくぞ」
そういって輝巳が飛び上がる。
続いて遊が、明理が、皐月が飛び上がってみせる。
輝巳が続ける。「最低限の展示訓練はここまでだ。
これを見て二人が一メートルでも飛び上がれたら徹攻兵の能力あり、だし、そもそも歩けなければ、能力無し、だ。
さて、と。
試しに、着てみようか」
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