第062話 説得
莉央はむずかしい顔をする。「これまで輝巳が黙って頑張ってくれていたことには感謝するけど、子供達を危険に巻き込むのは違うかな」
輝巳は慌てて説明をする。
皐月はその様をみて、輝巳さん、奥様にはこういう表情を作るのね、と眺めていた。
「危険はないよ。
そこは何人もの徹攻兵を育ててきた俺や他のインストラクターが付いているからいきなり危険はない。
詩央については、ここにいる相原さんも協力してくれるし、とにかく、安全は保証する」
これには、色川も皐月も大きくうなずく。
輝巳は慌てるような顔で続ける。「試験を受けたからって、必ず徹攻兵になれるわけではないし、徹攻兵になれたとして、必ず自衛隊に就職しなければならないわけではない。
ただ、徹攻兵のなり手はほんとに少ないんだ。
ほんとに、人手不足だから大事に扱われるし。
それに、試験に受かって、月次の訓練に出るようなことがあれば、小額だけど手当も出る。
変なバイトに手を染めるより、保護者である俺の関係先で取り組む方が健全なんじゃないかな?」
そして最後に、申し訳なさそうに呟く。「二人の学資の、少しでも足しになればっておもっているよ」
そこまで聞いて、莉央がむずかしい顔をしているなか、颯太ははっきりと言い切った。「俺はその試験、受けてみたいな。
学費のことは小学生の頃からお父さんにいわれてきたし、自分の力を試してみたい」
莉央が答える。「颯太自身が受けてみたいのなら、受けてみるだけはいいんじゃないかな。
お母さん、賛成はしないけど」
輝巳は、きついなー、と思いつつも、一つ関門を突破した気分になる。
詩央はどう判断するだろう、と待っていると沈黙がその場をよぎる。
すると皐月が口を開いた。「尾形さん、少し詩央さんと二人でお話しさせてもらえませんか」
輝巳は、皐月から名字で呼ばれることが久しぶりすぎて驚いたが、莉央の手前気を使ってくれているのだな、と理解した。「詩央さえ良ければ、お願いします」
詩央は「私は、話すこと無いです」と答えたが、颯太が「詩央、お客さんに対して失礼だぞ」と助け船を出す。
皐月が「詩央ちゃん、ちょっとでいいから、お部屋で話しできないかしら」
輝巳は、皐月の愛想笑いを初めて見て、珍しいものを見た気になった。
颯太が詩央に顎を振る。
詩央が「わかりました」とうなずき、二人で三階の、詩央の私室に上がっていく。
一番反発していた詩央が皐月と上がってしまうと、色川が出されたお茶を「いただきます」といって口にする。
そして、続ける。「奥様には急な話で、さぞかし驚かれたことと思います。
ただ、ご主人には我々は、本当に長い間お世話になってきています。
そのため、危険性についても十分把握できています。
最初の試験はごく単純なものなんです。
装甲服と呼ばれる装甲を身につけて、動けるかどうかを試すだけなんです。
もし、それで動けないようでしたら、それを持って試験は終了し、ご家族は送り届けます」
莉央は今一度、目の前に並べた色川と皐月の名刺を眺めながらたずねる。「危険なことはさせないんですね?」
色川は一度口を引き結んでからほほえむ。「させません。
というか、尾形さんとのこれまでの研究で、どこまでが安全で、どこからが危険かは全て明らかになっています。
全く安全な試験だとご理解ください」
輝巳も、小さく肩をすぼめながら莉央に説明する。「そもそも、危険なことなら詩央にまで声をかけないよ」
そして、天井の向こう、一つ上の階に目線を走らせる。「さて、相原さんは詩央に何を話しているのかな、と」
莉央が「相原さんとは長いの?」と聞いてくる。
輝巳は気まずさを隠せない。「相原さんだけじゃなくて、女性の徹攻兵も何人もいるよ。
それに相原さん結婚してるし」
ふーん、と莉央がお茶をすする。
まもなく、二人が階段を下りてくる足音が響く。
先に入室してきたのは皐月、そして詩央が続く。
詩央が色川に向かって答える。「一週間、考えさせてもらいます。
そして相原さんにお返事します」
それだけいうと「失礼します」と自室に戻ってしまう。
輝巳が「大隊長、済みません」と頭を下げると、「十代の女の子はむずかしいって聞きますから」と慰めを返される。
輝巳が続けて色川にたずねる。「大隊長の所はお子さんは」
色川が答える。「男の子が二人です」
輝巳が「いいなあ、頼もしい。
うちも男の子二人が良かったなあ」と答えてしまうとすかさず皐月が「そういう言葉が、お嬢さんとの距離をあけさせてしまうのかもしれませんよ」と静かに放ち、そして「あ、奥様の前で差し出がましいまねをしました。
すみません」と頭を下げる。
莉央と皐月が微笑みあうのをみて、輝巳と色川は気まずさを募らせる。
色川が切り出す。「さて、それでは我々はそろそろ失礼させていただきます。
あの、大変恐縮ですが本当に、今回の話しはくれぐれも口外されないようお願いします。
ご家族の、安全のためにもお願いします」
そういって色川は深々と頭を下げ、それに合わせるように皐月も頭を下げる。
二人を送り出すと輝巳は莉央に「ふう、疲れちゃった、ちょっと横になっていいかな?」と告げ、寝室に向かってしまう。
鬱の毒は、輝巳の心をむしばみ続けている。
颯太は少し寂しそうに、莉央は割り切った顔で一家の主の背中を見送る。
基地からの交通機関に電車を選んだのは、不慮の事故が一番少ないと判断したからだった。
基地に戻る道中、不意に皐月が微笑んだのを色川は見逃さなかった。「ん、どうした?」
皐月は、床に目線を落とすと、はあ、と一つため息をついてから、色川に答えた。「あんな弱々しい輝巳さん、始めて見ました」
そして、もう一度微笑んだ。
色川は、この子には俺の私生活は知られないようにしよう、と大まじめに考えた。
一週間後、輝巳は颯太にたずねた。
颯太は「詩央は決めたみたいだよ」と答えてきた。
「どっちさ?」
「行くってさ」
「なる」
それだけ確認すると、輝巳は寝室に引きこもった。
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