第061話 説明

 月が明けて四月のはじめの土曜日。

 輝巳は、東武東上線のみずほ台駅の改札で色川を出迎えた。

 色川は、皐月と二人で現れた。

 輝巳は駅から歩ける距離の狭い三階建ての戸建てに二人を案内した。

 妻の莉央と、颯太には、客が来るので相手にするために時間を空けておくように伝えていた。

 輝巳自身、詩央に対してはどう接しようか悩んで居たが、皐月が付いてきたことで、詩央も交えて話すことに決めた。

 狭い家の二階に設けられたダイニング。

 さほど広くないテーブルに体格のいい色川と皐月を座らせると、椅子が足りなくなってしまい輝巳は颯太に「颯太、椅子を下ろしてきてくれる」と声をかけた。

 そして颯太に「詩央も呼んできてくれるかな」と頼んだ。

 三階から、詩央の「やだ」という声が響いてきたが、颯太の説得で、詩央はふてくされた顔で降りてくると、不満そうに色川と皐月に頭を下げて見せた。

 輝巳が話し始める。「家族全員を集めて、お客さんを呼んだのはこれから、凄く大事な話があるからなんだ。

 まず、最初に、三人とも誓約書にサインして欲しい」

 詩央が怒る。「はあ、さっさと話し済ませてよ」

 颯太がたしなめる。「詩央、お父さんが大事な話だっていってるだろ。

 それにお客さんの前だぞ」

 詩央の怒りは収まらない。「私には関係ない」

 輝巳は、大人しく話しをする。「関係ないか決めるためにも、まずは二人の話を聞いて欲しい。

 お二人は今日は、座間の駐屯地から来てもらっている。

 朝霞じゃない、わざわざ座間から来てもらっていることに意味がある」

 皐月が持参した鞄から誓約書を出すと、莉央りおが進んで署名する。「詩央、お父さんがお客さんを連れてくることなんて滅多に無いんだから。

 ちゃんと聞きましょう」

 詩央は母親に諭されながらも誓約書の内容に目を通す。「国際的な機密事項であることを理解し、今回開示を受けた機密事項については何人にも口外しないことを誓約します。

 って期限が書いてないじゃない、一生黙っていろってこと?」

 輝巳が諭す。「詩央、もうお前も高校生になる。

 採用されればバイトもできる。

 今回、この特別な状況がなければ、お父さんだって自衛隊とおつきあいがあることを家族にいうつもりはなかった。

 なにより、これから話す話しを外に漏らせば、お父さんは暗殺されるかも知れない」

 詩央は鼻で笑う。「ばっかみたい、アニメの見過ぎじゃないの」

 輝巳は辛抱強く静かに語る。「本当のことなんだ。

 きちんと聞いて欲しくて、今回は色川さんと相原さんに来てもらった。

 そろそろ、一つくらい一生の秘密を管理できる歳だと思っている」

 颯太が署名をして詩央に促す。「まずはお父さんの話しを聞こうぜ」

 詩央が無言で署名すると、皐月が「ありがとうございます」といって三枚の誓約書をとりまとめ、鞄にしまう。

 そして鞄からノートパソコンを取り出すと輝巳に「電源お借りできますか」とたずねてくる。

 コンセントを案内すると準備を整える。

 色川が話し始める。「これからお話しする内容は、日本だけではなくアメリカ、ドイツとの国際的な機密情報です。

 従ってこれが漏れると即座に国際問題となります。

 私達としてもしたくはありませんが、必用な場合、今頂いた誓約書を基に刑事罰を科していただく可能性もありますので、本当に、お友達とかにお話しするのだけはご容赦ください」

 莉央と颯太はうなずいたが、詩央は黙って聞いているだけだった。

 輝巳が口を開く。「もう一回いうけど、ほんとにこのことを外に話されると、お父さんは殺されるかも知れない。

 自衛隊員は、家族にも任務を開かせない人がいるのは知っているかな。

 たとえば戦闘機のパイロットは自分が戦闘機乗りだと口にしてはならない。

 数億円かけて育成したパイロットを殺すだけで、数百億する戦闘機はただのがらくたになる。

 日本を攻撃したいなら弱点を突けばいい」

 詩央が口を挟む。「それがお父さんとなんの関係があるわけ。

 なにも無いじゃない」

 輝巳は穏やかさを崩さない。「詩央、お父さん毎月出張に出ているだろ。

 あれ、実は自衛隊の訓練に参加していたんだ。

 いま、お前の通っている塾代も、颯太の大学の費用だって、自衛隊の訓練への協力費用でまかなってきていたんだよ」

 これには、詩央よりも颯太が驚く。「うそ、お父さんパイロットだったの?」

 輝巳は苦笑いする。「そんなかわいいものじゃないんだよ。

 皐月ちゃん、総火演の映像、出してもらえる」

 皐月はノートパソコンに収めた、富士総合火力演習での徹攻兵の映像を映す。

 〇六式をまとった徹攻兵が小銃弾、機関銃弾をはじくところ、そして主力戦車に並んで、単独でラインメタルを放つところを映す。

 輝巳が続ける。「颯太には何度か説明したことがあるけれども、戦場を最終的に収めるのは歩兵で、歩兵の主力武器は小銃だ。

 いま、世界各国でこの小銃を無効化し大砲も撃てる徹攻兵、という新しい戦力が開発されている。

 ここまでは知っているかな?」

 颯太はうなずき「ゲームでも最近、徹攻兵モードとか出てきてるし」と答えるが、詩央は無言のままだ。

 輝巳がさらに続ける。「ここまでは公開されている情報で、機密でもなんでもない。

 ただ、ここからが機密になるんだけれども、こちらにいる色川大隊長と相原二曹は徹攻兵なんだ」

 颯太は、目をまん丸くして二人を見つめる。詩央は不満そうに二人を眺める。

 色川も皐月も、静かにうなずく。その様子を確かめて輝巳が続ける。「徹攻兵の鎧のことを装甲服っていうんだけれども、装甲服を着ていないお二人は、包丁の一本もあれば簡単に殺せちゃう。

 だからお二人が徹攻兵であることは絶対に誰にも話してはいけない。

 そしてお父さんは三十年間、徹攻兵達の教官役をやってきたんだ」

 それを聞いて、颯太は理解出来なくなる。「え、どういうこと?」

 詩央も話しの行方を見失う。

 色川が颯太の質問を受け取る。「簡単に申し上げますと、日本最強の徹攻兵が尾形さんだということです。

 これが他国に知られたら、尾形さんの命が危ないということになります」

 詩央はそれを聞いて口に手を当てる。

 颯太はまじまじと父親を見つめる。

 莉央は目の前の飲み物で軽く口を潤す。

 輝巳が語る。「お父さん、お前達を養っていくために必死だったんだ。

 何しろ、学がないからね。

 だから徹攻兵もやってきた。

 お前達には、せめて大学は出してあげたいと思っている」

 そして横を振り向くと莉央に語りかける。「そして、ここからが莉央さんにも相談なんだけれども、実は徹攻兵は誰にでもなれるわけではないんだ。

 ある法則に基づいて、なれる可能性のある人と、そもそもなれない人に分けられる。

 今回、自衛隊の調査で、颯太と詩央、二人供に適性の可能性が出てきたんだ。

 二人の意思次第ではあるんだけど、試験、受けさせてもいいかな?」

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