第060話 徹攻兵の生まれの偏り

 そして、二〇二八年三月、防衛装備庁の陸上装備研究所、着甲時強化現象研究室、課長の武多が会議室で輝巳を待ち構えていた。

 輝巳は翌月五十五歳になろうとしていたため、さすがに用心深さを身につけていた。「お久しぶりです武多さん。

 今度はどんな無茶をおっさんにやらせるつもりなんです?」

 武多は、少ししわの増えたピアス顔をほころばせながらいった。「お、用心深くなりましたね、尾形さん」

 「そりゃあまあ、今にして思えば水中だ毒ガスだ光条砲の脆化試験だラインメタルの直撃だ対艦ミサイルの爆撃だが懐かしいくらいですが、こんどは、どんな突拍子もない能力を試すんです」

 武多は、ほころばせた顔を一度引き締めて、そして語り出す。「尾形さん、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、これまで、徹攻兵の歴史は都築さんを小隊長とする都築小隊の皆さんで築き上げもらっていました。

 奇しくも、都築さんの同級生である皆さんには、他の徹攻兵にはまねできない、新たな道を切り開く役割を担っていただきました。

 今でこそ、山中さんや根本さんは離れてしまいましたが、不思議だったんです。

 どうしてあなた達にはその役割が担えて、他の子達はその後を続いていくだけだったんだろう、と」

 輝巳は、話しが見えないなと思いつつも、武多の表情に押されてまじめに耳を傾ける。

 武多は続ける。「そもそも、誕生日の法則自体、謎ではあるんですけれども、その謎の多い顕現者の中でも都築小隊には有意な偏りがある。

 もしかすると、顕現者の才能はお互いに呼び寄せ合う、引き合うなにかがあるのではないかと考えていたんです。

 少しでも、徹攻兵を充実させ、徹攻兵の数を維持し、この国の国家としての繁栄を維持するためにどうやったら徹攻兵を発掘できるのだろう、と。

 当然、自衛隊内でも誕生日の法則に合う者には、積極的に着甲試験を受けてもらいましたが、顕現者の身の回りにも、まだ見ぬ顕現者が眠っているのではないかと」

 武多は、ここで一つ区切る。

 輝巳は、不思議なものを見る目で武多の話にうなずいてみせる。

 武多がさらに続けてきたのは、衝撃的な話しだった。「本当に、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、尾形さんの二人のお子さん、颯太はやた君と詩央しおちゃん、二人とも徹攻兵の生まれですね」

 「えっ?」輝巳は大声を上げて驚いた。

 武多の話はまだ続く。「そして本当に気を悪くしないで欲しいんですが、颯太君の周りには徹攻兵の生まれが多い。

 馬原まはら司之介しのすけ君、的場まとば寿利阿じゅりあちゃん、大久保おおくぼ快王かいおう君、これらの子達に適性があるんじゃないかと、考えているんです」

 輝巳は、その名前を聞いてめまいがしそうになり天井を見上げた。

 三人とも、知っているというレベルではない。

 何しろ妻が育児支援センターで見つけてきた、颯太の最初の友達で、一歳の頃から、輝巳自身その子らの成長を見守ってきた近所の子たちばかりだった。

 「うそでしょ?」

 「間違いないです。

 徹攻兵の生まれです。

 労基法第五十六条で、満十五歳に達した日以後の最初の三月三十一日が終了しない児童を労働者として使用してはならない、と決まっていまして、実はずっと待っていたんです。

 来月以降、一月に十五歳なった詩央ちゃんも含めて、特務予備自衛官制度を活用して書類上の手続きを整えることができます。

 彼らの着甲試験に、保護者としてご協力いただけませんか?」

 「うそでしょ?」と衝撃をうけた輝巳を信世が気遣う。

 「同じように子を持つ親として、私は勧めないわね」

 遊もむずかしい顔をする。「無理することじゃない」

 輝巳は顔を下ろして武多に向き合うと、困ったような愛想笑いをしてしまう。

 武多は、まじめな顔を崩さず輝巳にたずねる。「尾形さん自身、徹攻兵であることをご家族には?」

 輝巳は愛想笑いのまま答える。「伏せてます。

 話してません。

 あくまで、月次のシステムメンテナンスの出張だと言い続けています」

 「そうですか。

 五年前の総火演以来、自衛隊にも多くの徹攻兵志願者が応募してきました。

 颯太君とか、徹攻兵に興味を持ったりしていませんか?」

 「してますね。

 特に颯太と快王はアホほど仲が良くて、未だに夜な夜なオンラインゲームをしているんですが、最近は徹攻兵風のキャラクターも増えてきたでしょ。

 気に入って使っているくらいだし乗ってくるんじゃないかな。

 司之シノはどうだろう、寿利阿ちゃんは就職したって聞いてるから仕事の都合が付くかなあ、なにより」

 一旦輝巳が話しを区切ると、武多が確認してくる。「なにより?」

 「なにより、うちの娘が絶賛反抗期中で、俺に口聞いてくんないんですよね」

 武多が笑う。「うちの娘もそうでした。

 わかります」

 遊が割り込む。「輝巳、お前さんがどう考えてるかはお前さん自身の問題だけど、子供達を徹攻兵に巻き込むのは、俺は反対だよ」

 輝巳がたずねる。「どうしてさ」

 遊の目は座っている。「宇のこともある。

 若い命を危険に曝すことはない」

 輝巳は目を伏せる。「うん、親としてはちょっと考えるよ。

 たださ、おれも、この年まで平社員やっていると思って今の職場にしがみついてきたわけじゃない。

 遊君も塾講師やるためにインスブルックにまで留学して研究者やってたわけじゃない。

 この先、五十年働かされる彼らが、今から特殊技能を身につけておくなら、けっして、悪いことではないのかな。

 と」

 信世も、渋い顔をする。「特殊すぎる特殊技能よ。

 自衛隊で大型車両の免許を取るのとは違うのよ?」

 輝巳は、弱々しく信世を見つめる。「わかってる。

 ただ、武多さんのいうように、どうして俺たちって徹攻兵の能力を開拓し続けてるんだろう、って思ってた。

 それが仮に、星々の巡り合わせに選ばれたんだとしたら、まずはうちの子達からだけでも、着甲試験を受けさせてもいいのかな、と思う」

 そういうと輝巳は、ふーっ、と長いため息をつく。「武多さん、ちょっと妻をどうやって説得するか、考えさせてください」

 武多は、満面の笑顔を作る。「俺で良ければ、いつでも説得にお邪魔しますよ」

 輝巳はそれを聞いて苦笑いする。「いやー、武多さんのファッションだと、ちゃらく見えちゃうから、大隊長殿とかにお願いしたいなあ」

 それを聞いて同席していた第一着甲兵科群、第一九〇着甲科大隊の大隊長、二等陸佐色川いろかわは唇を引き締めて笑顔を作ると「自分で良ければ、いつでもお供しますよ」と答えた。


 三月の展示訓練は沖縄の海で行われた。

 三十七歳になる海士長の佐藤さとうみつるが着甲試験を受けて早々に〇六式の七十パーセントの出力に達しており、また、三十三歳の三等海曹高橋たかはし優子ゆうこが〇六式の八十パーセントの出力に達しており、一八式の七十パーセントの出力に至った七生と合わせて、水中時無呼吸稼働の可能な二六式への早期の対応が期待されていた。

 明理と皐月に対しても、水中時無呼吸稼働の試験が行われた。

 皐月は試験前、海に対してはいい思いがないと語っていたが、全通甲板をもつ護衛艦からみる、よく晴れた沖縄の海を見つめて、いつか落ち着いたら、パートナーと私的に来たいと呟いた。

 いるかの群れに出会えたことも大きかった。

 明理で一分半、皐月で三分少しの稼働時間ではあったが、光条推進を使うことで海深百メートルの海ぐらいまでは難なくたどり着けた。

 示された材質、形状のサンプルを探す試験もこなし、超音波による反響定位の感覚は七生だけではなく、満や優子にも伝えられた。

 満も優子も、海底の様子や空中に浮かぶ船底のイメージなどをおもしろく捕らえ、二六式へのあこがれを強くした。

 ラインメタルに関しては、甲板上での砲撃による甲板への影響が調査された。

 相変わらず不思議なことではあったが、結果としては、甲板への損傷は考慮する必用がないほど小さいものとして評価された。

 ミサイル攻撃を想定した摸擬弾による試験では、満も優子も外しはしたものの、七生は目標を捕らえて見せた。

 ミサイルの飽和攻撃を受けた場合にはいかんともしがたいが、高速で飛翔する小さな的に命中させる技量は捨てがたく、海自独自で、携行式の二十ミリ六砲身ガトリング砲を開発することも検討された。

 訓練は計画通り順調に進んだ。

 ただ、訓練の合間に輝巳が考え込む様子が散見された。

 甲板上で一人、島に沈む夕日を眺めながら、何事かに思いをふける徹攻兵の様子は、絵になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る