第055話 対話
遊は、武多を心配させないようにトランプをきっている。
明理と皐月が答える「なんでしょう?」「はあ」
「ほんとはアルコールでも飲みながら、明理ちゃんに聞いてみたかったことなんだけどさ、昇進、順調?」
輝巳がそうたずねるのを聞いて、遊が吹き出す。「お前、正気か?」
輝巳は笑って続ける。「遊君、その突っ込みはいま武多さんの心臓に悪い。
で、明理ちゃんはどんな感じ?」
明理は落ち着いて答える。「そのご質問には、どのような意味があるんでしょうか?」
輝巳が返事する。「意味なんて、そんなに深くはないよ。
ていうか逆に聞かれちゃうと、おじさんの長い繰り言が始まるんだけどさ、まあ、聞き役よりは語り役の方がいいのか。
ぶっちゃけ明理ちゃんみたいな存在は、普段の俺にとっては雲の上の存在なんだよね。
自衛隊で言ったらなに、士長からせめて三曹に上がりたいって思っていたら、一士に下げられた、そんなおじさんだからさ。
だから、まずはどんなものかと思って」
明理は、なるほどとうなずいてから答えを選ぶ。「正直なところ私は二尉に昇進したのが早すぎたくらいなので、同期生がようやく追いついてきているところです」
輝巳は遠慮無くたずねる。「我ながら話しがへたくそなのだけはわかってはいるんだけど、徹攻兵としては皐月ちゃんに先を行かれている訳じゃない。
そこんとこどうなの。
焦りとかはある?」
遊が吹き出す。「お前さん、へたくそにもほどがあるぞ」
輝巳は笑う。「それはわかってるさ。
でも、こんな風にしか聞けないんだ。
で、明理ちゃん、どう?」
明理も苦笑する。「本当に、お酒でも飲みながら個人的に聞かれた方が、まだ救われます」
そして皐月の方を一度振り向き、また、正面を向く。「答えないといけませんか?」
「ひとこと答えてくれたら、後はおじさんが語るからさ」
明理は、上を見上げる。「徹攻兵としては、ふがいないと思います。
自分に、いいきかせていますね、道は一つではない、って。
信世さんみたいに、〇五式のままでも、小隊長役はやれますし。
ですが、この歳で、この階級で、一八式を運用できているのも貴重な体験です。
その現実を背負っていきたいと思います」
輝巳が「なるほど」と答えると、明理がつづける。「あ、ただ、一つだけ、輝巳さんの言っていた、お告げ、は感じてみたいですね」
それには、遊が答える。「それは俺も思う。
お告げを感じることができたら、輝巳の装甲を汚せるんじゃないかって。
しかし、皐月ちゃんの動きも見てると、お告げって防御面に効果があるみたいだし、今と変わらないのかも知れない」
皐月が入り込む。「明理ちゃんには気遣いの足りない発言になるかも知れませんが、遊さんのいうように攻めるひらめきではない気がします」
遊が話しを受ける。「徹攻兵の力は、本質的に守りの力なんだという気がする。
意識通信も、領土とか、母語の届く範囲とかの制限があるし、外向きの力ではなさそうという勘がする」
輝巳が割り込む。「話の腰をぶった切るんだけど、俺さ、長いこと鬱病煩ってるんだけど、展示訓練のあとの週明けの落ち込みが酷いんだよね。
夢から覚めて現実を突きつけられる感じで。
明理ちゃんみたいな人はどうなんだろう。
そういう感覚はあったりする?」
「うーん、夜勤明けで疲れたなー、って感じかしら。
あ、すみません」
「あ、いや、言葉遣いはそんな気にしないで。
そっかー、やっぱりそうなんだよなー、できのいい人はそもそも落ち込まないんだろうなあ」
明理は、輝巳さんにもこれからまだ、といおうとしてやめてしまう。
なんて答えていいかわからない。
沈黙が通り過ぎると、武多が「尾形さん、お願いだからなんかしてて」と笑う。
遊はずっとカードを切っている。
輝巳は、あーすみません、と返してから、遊にたずねる。「ポーカー、再開する?」
「やろうか」
こうしてカードで遊び、飽きては明理や皐月と語らい、塩素ガスが終わると、硫化水素、青酸ガスこと塩化シアン、サリン、マスタードガスと試験を重ねていく。
時間をもてあました輝巳の興味は、あちこちに飛ぶ。
ファッションのことを聞くと、明理はフリルの付いたもの、レースの付いたものが好みだという。
皐月は、基本的にシンプルなもの、襟の付いたものを選びがちだという。
私生活をたずねると、明理は自衛官とはつきあいたくないといいきり、皐月はパートナーが看護師をしていて、出張や夜勤にも理解があると答えてくる。
輝巳は「何年も訓練は一緒にしてるけど、こういうこと話すのは初めてだね。
新鮮だな」と笑う。
試験の方の結論としては、第五世代試作型においては、高い耐毒ガス性能があり、ガスマスク部分は廃止することが可能と結論づけられた。
武多は試験の結果もさることながら、「お金の掛けかけたに限度はありますが、パーソナルカラーとかパーソナルデザインとか有ってもいいと思うんですよね。
披露する場は無いんですけど」とそちらの方で喜んだ。
この試験の後、程なくして明理は一八式での出力を二十パーセントから七十パーセントに上げ、関係者の関心を引いた。
二〇二三年の八月、自衛隊は陸上自衛隊の富士総合火力演習で第一世代型徹攻兵と第二世代型徹攻兵を展示して見せた。
九八式と〇五式という制式名称は敢えて使わなかった。
徹攻兵というキーワード自体、インターネットで急激に上位にあがり、陸自には徹攻兵の希望者による適性に関する問い合わせが相次いだ。
むろん、機密事項として回答はされなかった。
東アジアだけではなく、中近東といわれる中央アジア、西アジアの諸国やアフリカ諸国からも、展示訓練の照会があったが、全て平等に断った。
同じ八月に自衛隊は、第五世代試作型における水中時無呼吸稼働試験及び対毒ガス耐性試験の結果をアメリカとドイツに共有した。
ドイツは高い関心を示し、レポートにない詳細な情報を求めてきた。
そして翌九月に、アデル・ヴォルフ機関より新兵器の情報がもたらされた。
それが、「光条砲」である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます