第056話 ひらめき

 二〇二〇年の十一月の末、徹攻兵の生まれことフランツ・シュタイナーは光条武器の出力訓練にいそしむなかでひらめきを受け取った。

 初めて、父に装甲服をまとわされてから二十五年が経ち、四十を目前にしたいいおじさんになっていた。

 徹攻兵の道を切り開いた最初の三人、スヴェン・クラネルト、リーゼル・ヘルトリング、コンラート・ミュラーは既に、最年少のコンラートすら六十を過ぎてしまっており、徹攻兵は引退してしまっていた。

 AWー03の開発も、AWー04の開発も、光条武器の開発も、フランツと供にあった。


 きっかけは訓練計画の途中で、飲み物を買いに出かけた時に訪れた。

 十二月を目前にして少し冷える曇った日で、雨は降りそうになかったがよくさえた青い空が一切見えないのは気持ちを濁らせた。

 時間に余裕もあったので、わざと川向こうの離れた店まで散歩がてら脚を伸ばすことにした。

 河にかかるその橋は、歴史のある石造りの橋で、ふと、こういう歴史のある町並みで過ごせることも大切なことだよな、といくつかの戦史に思いを馳せた。

 昨年完成した光条武器は、銃砲撃の効かない徹攻兵に対する切り札であり、脅威でもあった。

 古戦場で戦っていた戦士達も、そんな恐怖とも対峙していたのだろうか。

 第五世代型装甲服のきっかけが、自分以外の誰かにでも降りてくれば、光条武器の出力は手元から最長二百五十六センチが予言されている。

 ツヴァイヘンダーやハルムベルテといった、長大な手持ち武器が伝説のものから本物になろうとしていた。

 徹攻兵は今のところ、ドイツの友好国にしか広まっていない。

 徹攻兵対徹攻兵の戦いなど夢想のものでしかないが、それでも、身の丈を超える得物を易々と振り回し混乱した戦場を切り開く姿は、男の子の心を躍らせた。

 男は、いくつになっても男の子なんだな。

 そう、自分にほほえんだ。

 ふと、先日みた映画で、登場人物が光る剣から光りを振り飛ばして攻撃していることを思い出した。

 いやいや、実際の戦場は火砲の発達により銃撃戦が中心になっていくんだ、と二次に渡った世界大戦の歴史に思いを馳せた。

 そして、自分の考えが狭い世界に閉じこもっていることに気がついた。

 なぜ、光条が飛ばないと決めつけているんだろう、と。


 買い物を終えたフランツは、研究所に戻ると古なじみの主任研究員に自分の着想を話してみた。「なあ、ヴォルフガング。

 その、光条はこれまで、クリスタルと供にあった。

 光条推進もそうだし、光条武器もそうだ。

 だとしたら、銃器にうまくクリスタルを組み込むことで、光条が飛ばせる、なんて可能性はないだろうか?」

 そう、持ちかけられたヴォルフガング・シュトラスマンは、何かに気がついたように立ちあがった。「フランツ、君の言いたいことがわかるぞ。

 光条が飛ばせたら、画期的な武器になる。

 あの、脆化の力が遠距離から届けば、実用性は格段に上がる」

 ヴォルフガングは腰掛けると、やや興奮気味に企画書を作り始めた。


 最初の試作品は銃把にクリスタルをはめ込んだ小銃だった。

 フランツはAWー04を着込み空の弾倉をはめると、標的に向かって引き金を引いてみた。

 銃口から、ほんの七センチほど、黄色い光りが延びて終わった。

 銃器としては余りにお粗末な効果だったが、フランツもヴォルフガングも、光条が出たこと自体に興奮した。

 「フランツ、実弾を込めたらどうなるだろう?」

 フランツは弾倉を実弾入りのものに変えると、試射した。

 しかしやはり、銃口から短い黄色い光条が延びて終わった。

 弾丸はどこかに消滅した。

 「え」「ん」

 フランツもヴォルフガングも困惑したが、もう一度試射してみた。

 今度も、銃口から黄色い光条が延びて終わった。

 ヴォルフガングには見えなかったが、フランツには、銃口から顔を出した弾丸が、光条の中で消滅していく様を見た気がした。

 早速千分の一ミリ秒動画カメラで撮影したところ、確かに、短い光条の中で弾丸が消滅する様が確認された。

 弾丸は、ちょうど光条の当たる底の方から頭の方にかけて、蒸発するように消えていった。

 少なくとも武器としての可能性があることは評価できたが、いかんせんささやかすぎた。

 動画を見た他の研究員の生やさしい笑顔が痛かった。

 とはいえ、光条推進の開発も、光条武器の開発も、失敗と考察、改善の繰り返しだった。

 もう一つ、課題が生じた。

 試験を始めたばかりだというのに、銃把にはめ込んだクリスタルが砕けたのだ。

 フランツはさほど強く握っていたわけではないのに、と考えつつも、新たにクリスタルをはめ込んでもらった試作銃での試射は丁寧に行った。

 しかしまたしても銃把のクリスタルは砕けてしまった。

 何度か、試射とクリスタルの破損を繰り返すうちに、八発の試射で必ず、クリスタルが砕けることがわかった。

 これはちょっと、やっかいだった。

 徹攻兵の指はアンダーアーマーと装甲に覆われていて必ずしも細かい作業向きとはいえない。

 一刻を争う戦場で、八発で小さなクリスタルをはめ直すというのは、いささか煩雑に過ぎる作業だった。

 ともかくも、飛距離を伸ばさないといけない。

 一つの着想として、弾頭位置にクリスタルをはめ込んだ、炸薬抜きの弾薬型の試作品が考案された。

 銃把ではなく銃身内にクリスタルのある形は奏功し、三十メートルほどの飛距離を稼ぐことに成功した。

 三十メートルを過ぎると、光条は途切れるように消えた。

 小銃の有効射程は五百メートル程度。

 三十メートルではせいぜい拳銃相当で、戦場で実用的に使うことはできないが、飛距離を伸ばしたことは一つの成果だった。

 クリスタルは、相変わらず八発の試射で砕けた。

 通常の小銃は炸薬の爆発の圧力を利用して空になった薬莢を排莢している。

 クリスタル弾頭の空薬莢は手動で排出する必用があり、コッキングレバーによる強制排出の必用があった。

 それと、二弾目以降の発砲で飛距離が短くなる現象が確認された。

 どうやら、銃身内に残留した砕けたクリスタルが干渉しているようで、銃身を下に向けて振り、クリスタルの残骸を排出することで飛距離の改善が見られた。

 しかしこの動作も、戦場での適性を疑わせるものだった。

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