第053話 反響定位試験

 二〇二三年の四月、誕生日を過ぎた輝巳は五十才を迎えていた。

 長男の颯太は受験生の歳を迎えていた。 

 何かと、教育費用のかかる歳になっても、輝巳は平社員のままだった。

 そして、遊と七生と武多と、海自の護衛艦に乗って沖縄の海上にいた。

 武多が言う。「天気いーですねー」

 輝巳が答える。「そうですね。

 家族旅行で来られたら良かったんですけどね」

 武多が受ける。「そこは、申し訳ないですね。

 なにしろ、国際機密ですから」

 今回渡された装甲服は、脚先にひれが付いているのと、先端が直径十五センチほどのドームになった角がヘルメットに付いていた。

 この角は額からちょうど真ん前に延びており、フロントマスクは固定されていた。

 ドームは超音波の発信と受信の機能を備え、受信した音波は骨伝導で聴覚に届くようになっている。

 防水仕様になっているのはそこまでで、相変わらず視覚部分は横長の二本のスリットになっていて、鼻と口は一枚の板で覆われているだけだった。

 武多が今一度説明する。「ブリーフィングでもいいましたけど、今回の試験は大きく三つ、減圧症の影響の有無と深度の記録、そして反響定位の有無です。

 特に深度については輝巳さん、一キロ潜れたら素敵なんですけど」

 輝巳はそれを聞いて苦笑いしかできない。「俺、金槌なんですよね。

 海でおぼれたこともあるくらいだし」

 武多は、余裕の笑みを絶やさない。「大丈夫、その水の抵抗を考慮していない装甲服でも、光条推進で一〇・八ノットを記録してるんです。

 分速約三百三十メートルです。

 五分潜って、五分で帰って来てくれれば、尾形さんの無呼吸稼働時間は十一分ありますから、十分おつりが来ます」

 輝巳は食い下がる。「その五分ってのはどうやってわかればいいんです」

 武多が答える。「春日さんか小安海曹に意識通信してもらいましょう。

 一八式でも、この艦から三十二キロ以内なら意識通信できるんです。

 一キロ潜るくらい余裕ですよ」

 そして武多が続ける。「むしろ減圧症の影響ですよね、怖いのは。

 素潜りはスキューバダイビングと違って減圧症の影響をほとんど受けないとされていますが、素潜りで何十メートルも潜る人は居ませんからね。

 今回はそのための再圧室も用意しましたけど」

 そこで武多は一度言葉を句切ると、満面の笑みでこういってのけた「まあでも、きっと徹攻兵は耐えるんじゃないかと思っています」

 武多の説明が一通り終わると、信世から声がかかる。「輝巳、遊、今回は七生君の出力向上へのきっかけも期待されてるから、いつもより小まめに意識通信お願いね。

 二人からもらった内容は、私が音声にして記録するから」

 遊と輝巳が「了解」「りょーかい」と返事する。

 まずは宮城島からさほど離れていない、海深百メートル程度の海で試験を始める。

 艦からは二本のロープが下ろされている。

 潜っていない間はそのロープにつかまって体を支える。

 武多が艦の上から拡声器で伝えてくる。「前もいいましたけど、二人におぼれられたら、俺の首、飛んじゃうんで、まずは海水慣れして下さい。

 最初は、反響定位、いわゆる超音波視覚の試験から開始します。

 ロープにつかまったまま、海水に潜って、下を向いて左耳の位置のスイッチを押して下さい。

 海底の様子がわかれば成功です。

 まず、尾形さんからお願いします」

 輝巳も「りょーかい」と返事はするものの、海底の様子ってなんだよ、と思っていた。

 ただ、徹攻兵の取り組み自体最初から、どーすりゃいいのと思えることを、やって見て、と乞われて、何となくできてきた実績がある。

 取りあえず、海に潜る。

 下を向くって、この角を下に向けることだよね、と思いながら体を傾ける。

 右手でロープを持ったまま、左手でボタンを押す。

 すると、東に向かって緩やかな下り坂になっている雰囲気が、何となく伝わってくる。

 一部、影を感じたのは魚群だろうか。

 一旦、海面上に顔を出し、口頭で報告する。「海底面のかすかな傾斜を感知。

 魚群の影と思われる姿も感知」

 意識通信の内容を信世が読み上げて、それを無線で武多が聞く。

 「おー、やっぱりわかるんですか。

 凄いな五世代型は。

 次は春日さん、反響定位の感覚の確認と、ついでに、その感覚を意識通信できるかも試してもらえますか?」

 遊が返事する。「了解です」

 そして潜る。

 輝巳がしばらく待っていると、さっき感じたイメージと同じ印象が飛んできた。

 遊が上がってくる。「こちら春日。

 海底面の傾斜を確認。

 イメージは届きましたでしょうか?」

 信世が返事する。「届いたわよ。

 なんていうか、学校のグラウンド、的な?」

 遊が返す。「まさにそんな感じ。

 届くんだ。

 改めてなんなんだろうな、この力」

 信世が武多に報告する。

 武多は、横の七生にも話しかける。

 いくつか七生と言葉を交わして、また、拡声器を構えてくる。「それでは、今度は艦底の形をつかめるか確認して下さい。

 今度も、尾形さんからお願いします。

 あ、意識通信もおねがいしますね」

 輝巳は、今度はロープの端まで降りると、上を向いて左耳の位置のスイッチを押す。

 すると、船底の形だけ伝わり、他は空洞のイメージが伝わってくる。

 イメージを共有すると海面に上がる。「反響定位の感覚により、船底の形状を確認するも海面部分が抜けた状態を確認」

 これも信世から武多につたわり、武多が七生に確認をする。

 続いて、遊が試験する。

 輝巳が七生に聞く。「七生さん、どう。

 見える?」

 七生が答える。「見えますよ。

 こう、空間にぽっかり船底の形だけが浮かんでいる様子が」

 輝巳がさらにたずねる。「七生さんは海自さんだからね。自分でやって見たいでしょ?」

 七生が答える。「はい。

 正直、ちょっと歯がゆいですね。

 でも、凄い新鮮な体験です。

 ありがとうございます」

 こうして、海底の様子と艦の位置を認識できることが確認されると、いよいよ、海中に潜る試験が始まる。

 武多から拡声器で案内がある。「ここは海深百メートルほどなんで、可能であれば、海底を触って戻ってきてもらえますか?」

 そして、二人とも潜ってみる。

 三十メートルも潜れば、太陽光はほとんど届かない。

 遊がソナーのスイッチを押すと、輝巳も海底の様子をつかんだ。

 なるほど、水中ではライトの変わりが音波になるわけだ。

 二人とも、小まめに視覚情報を信世や七生と共有しつつ、一分ほどで戻ってきた。

 武多が拡声器で声をかける。「肌のかゆみや、めまいとかはありませんか?」

 二人とも、指でOKサインを作る。

 武多が続ける。「とにかく、無理をするための試験ではありませんので、海中でも異変を感じたり、なにか違和感があったらすぐに戻ってきて下さい。

 次は、宝探しをお願いします」

 そういうと武多は、左手に金属片を持つ。

 金属片はT字型で、手のひらにちょうど余るぐらいの大きさをしていた。「これにソナーを打って下さい。

 このサンプルはアルミ製です。

 実はこの海域に、鉄製とアルミ製の同型の金属片をそれぞれ二つずつ散布しています。

 アルミ製の方を探して、拾ってきて下さい」

 「了解」「りょーかい」

 そして、二人潜る。

 お互い、あっという間に海底近くまで潜り、ソナーのボタンを何となく交互に押す。

 輝巳は、一つ見つけたが、なんというか、武多の示したサンプルとは色というか明るみというかが異なり、多分鉄製だな、と思いつつ拾う。

 遊が、要領良く見つけると海面に戻っていく。

 輝巳は、少し範囲を変えて照らしてみる。

 あった。

 光条推進で駆け寄ると、艦底目がけて折り返す。

 そのまま、空中に飛び上がり甲板に降り立つ。「こっち。

 こっちがアルミ製です」

 武多がほほえむ。「当たりです」

 そして拡声器で遊に声をかける。「春日さんも一度揚がってきて下さい」

 武多は、今一度二人に確認する。「肌のかゆみや、めまいとかはありませんか」

 輝巳と遊が返事する。「ありません」「感じません」

 武多は、少しばかり考えると「では、艦を琉球海溝に向けてもらいます」と伝えてきた。

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