第052話 八本様

 十一月十二日、ドイツ連邦軍の創設記念日に合わせて、ドイツ陸軍はAWー02の安定稼働に成功した、と一二・七ミリ機関銃弾を受ける徹攻兵の姿を公開した。

 事情を知らない諸外国は、さすがドイツはすぐに追いついてくる、と評したが、むしろ最先端を行っているのがドイツだった。

 そして、そのドイツの斜め上の独自路線をひた走っているのが日本だった。

 輝巳と遊の月次の訓練は、半年ほど後輩達への展示訓練が続いた。

 〇六式に対応できる顕現者が増えたことで、輝巳と遊が、〇五式の対応者への展示訓練を行うことはなくなった。

 むしろ、明理と皐月に続く一八式への対応者を育成することが期待されていたが、こればかりは輝巳にも遊にも、そして一八式の候補生たる〇六式の対応者達にもいかんともしがたいものがあった。

 十二月、雪の積もる矢臼別演習場で、輝巳と遊は光条武器の闘技訓練をしていた。

 相変わらず、遊が輝巳をもてあそぶが、攻め込むと回り込まれる状態の繰り返しだった。

 二人とも半ばスポーツ感覚で、そのギリギリの攻防を、時に文字通り火花を放ちながら繰り返していた。

 一休み入れた時、居合わせた皐月が珍しく輝巳に声をかけてきた。「輝巳、さん、お手合わせ願えませんか?」

 輝巳が驚いて答える。「え、俺。

 遊君じゃなくていいの?」

 皐月の答えは「輝巳さんがいいんです」だった。

 輝巳は内心、すげえ、勘違いさせるいい方すげえ、と思ったが、そこは口に出さず「じゃ、ちょっとやって見ようか」と精一杯強がった。

 二人とも素人の剣技だった。

 お互いが、お互いの誘いに釣られることも多く、遊と違って刀を大きく開くことも多かった。

 その分、見た目は派手に見えた。

 そして、輝巳と皐月に共通していたのは、攻める時よりも、受ける時の回り込みの早さだった。

 輝巳も、最初は第五世代試作型と一八式の出力差も鑑みて、手加減をする気の持ちようだった。

 しかし、だんだんとそれが失礼なことに思えてきた。

 皐月の刀を右に払い飛ばし、向かって右、皐月の左の脇腹を狙ってコンパクトに横に払おうとしたはずが、皐月の刀が素早く回り込んできていて届かない。

 逆に輝巳の刀が右上に跳ね返されて、右の脇腹を突かれてくるが、それはむしろ右斜め前に体を進めて、左側にかわす。

 皐月の体が輝巳の左側をすり抜けていこうとする。

 すきあり。

 半ば皐月の背中を狙うように振り下ろした輝巳の刀は、皐月が大きく振りかぶった刀で背中を守り届かない。

 そのまま皐月が左に刀を下ろしてくるのでつばぜり合いになり火花が飛ぶ。

 とにかく、二人の動きが大きく、見世物としては派手なのだが、お互い掠るようなチャンスはあっても、刀に吹き付けた蛍光塗料で相手の装甲を汚せない。

 三十分ほど続けたところで信世から「二人ともちょっと一息入れて」と声がかかる。

 二人とも、体力的ではなく精神的に息が切れている。

 輝巳が、フロントマスクを上げて真冬の北の大地の冷気を吸い込む。

 遊が、皐月に歩み寄り、肩に手をかける。「立派だね、うん。

 何があった?」

 皐月が息を整えながら答える。「以前、宇さんや堅剛さんがいた時、遊さんと輝巳さんが一時間切り結んだじゃないですか」

 「うん」

 「お告げが、私にも来ました。

 いけない、って思ってそちらに刀を動かすと、攻撃が来るんです」

 それを聞いて輝巳が笑う。「すげえな、来たか」

 皐月が受ける。「来ました」マスク越しだが、声が弾んで聞こえる。

 輝巳が、ちょっとうつむき加減にたずねる。「あのさ、笑わないんで欲しいんだけど、お告げの神様、脚八本ない?」

 明理が、割ってはいる「スレイプニル、ですか?」

 明理が指摘してきたのは、北欧神話に現れる八本脚の軍馬だった。

 輝巳は、照れ隠しにフロントマスクを下ろす。「いやその、もっと不確かな感じの印象なんだよね。

 我ながら、なにいってるんだろうね」

 皐月が口を出す。「あの」

 一度、言葉を選んでから告げる。「良くわからないのですが、目が沢山有って、髭が八本あるような?」

 そして続ける。「なんというか、冒涜的な、いえ、全然整理できてませんね」

 そういうと、皐月は胸の前にこぶしを当てる。

 輝巳は頷いてみせる。「いや、いわんとすることはわかる。

 なんだか良くわからないけど、多分同じものがイメージに残っていると思う。

 そもそも、お告げの神様っていいかた自体、神頼みで不確かなものなんだけど、それに命預けるわけにはいかないけどさ、徹攻兵自体、よく分かんない力だし、もし、他の人でお告げをイメージ出来た人がでてきたら教えて欲しいな」

 明理は、腕を胸の前に重ねて首をかしげてしまう。

 自分には、そんなイメージ浮かんだことあっただろうか、と。

 信世がネットを検索して割り込んでくる。「取りあえず髭が八本だとドジョウってことになるわね」

 遊が笑う。「ドジョウをイメージして刀を振るのか」

 輝巳が大まじめに否定する。「いや、その、もっと嫌悪感、ううん罪悪感のある感じ」

 皐月も輝巳に同調する。「およそ尊敬するにはおよばない感じですね、あれ」

 信世が苦笑する。「茶化すつもりじゃなかったのよ。

 ドジョウは忘れて。

 でも、八本脚、八本髭の何かをイメージするっていうヒントは、今後展示訓練を受ける方々にも、伝えていくようにするわ」

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