第051話 水中時稼働試験
輝巳がたずねる。「毒ガス、ですか?」
武多は笑顔で返してくる。「はい、毒ガス、です」
輝巳がもう一度たずねる。「えーっと、毒ガスって混ぜるな危険的な?」
武多はまたもなんてことはない、という顔つきで答える。「いえいえ、最終的にはもっと本格的なサリンとかマスタードガスなどを試したいんです」
輝巳は食い下がる。「正気ですか?」
武多はすこし残念そうに笑う。「〇六式で二時間、一八式では二時間半の連続走行が可能ですよね。それもトップスピードのままで。
しかも息も切らさず。
そこで思ったんです、徹攻兵はある程度無呼吸で稼働できるのではないかと。
なので実は水中稼働試験もしてみたいんです。
で、その連想で、もしかして、もしかすると毒ガスもいけるんじゃないかと」
あっけにとられる輝巳と違い、遊はなるほどとうなずく姿勢を見せる。
武多が続ける。「あ、ちなみにマスタードガスは遅効性で、二、三日後に皮膚のただれが出たり、一週間過ぎてから白血球の減少が起きたりするので、足の長い試験になります」
輝巳は、少し実感が無くて「ほえー、勉強になりますねー」と答えてしまう。
そしてすかさず。「遊君、頑張ってね、応援してるよ」と続ける。
遊は笑いながら「ふざくんな、お前さんもやるんだよ」と答える。
そして武多も笑う。「決まりですね、よろしくお願いします」
試験は、水中時稼働試験から行われることになった。
まずはキャンプ座間内にあるフィットネスセンターの屋内プールを夜間借りて行われた。
装備は、貧弱なものだった。
そもそも、重装甲の兵士を水に浸けるという発想自体、武多ぐらいしか思いつかないことなので、一度だけ試して、武多の気が満足したら終わろう、という程度の出だしだった。
そのため、第五世代試作型をそのまま着甲して、ヘルメット部分だけ単純化したものが用意されていた。
カメラ部分も単純な装甲で構成されていて、横に二本のスリットが入っているだけだった。
マスク部分は本当にただの装甲が一枚はめられているだけで、いつもなら下あごを覆うはずの膜も無かった。
武多はそれでもご満悦で「どうです、ずいぶん見た目がスタイリッシュでしょ?」と言ってのけた。
輝巳は眼を細めていった。「目の部分が懐かしいですね。九八式も最初はこうだった」
遊もしみじみと眺める。「あの頃はまだ俺たちも二十代だったもんな」
輝巳が続ける。「それよりも俺は水中用紙おむつに、大人サイズがあることの方が驚いたよ」
遊が答える。「俺は水中用紙おむつ自体が驚いたけどな」
輝巳が受ける。「遊君ところは子供いないからな」
水遊びは、どこか童心に返らせる。
武多から指示が入る。「二人ともおぼれたら俺の首が飛んじゃうんで、まずは大きく息を吸って、しゃがむところからやって見て下さい」
「わかりました」「はーい」と返事をすると、二人、足からプールに入り、大きく息を吸って水中に潜る。
渡された防水仕様のストップウォッチでタイミングを計る。
すると、一分経っても二分経っても苦しくならない。
少し、息苦しさを感じたところで遊が先に頭を上げる。
潜水時間は四分二十八秒を記録した。
それでも、輝巳は浮かんでこない。
遊が「輝巳、大丈夫か?」と聞くと、水の中で輝巳が親指を上げる。
輝巳も少し息苦しさを感じたところで頭を上げた。
「ぷはー」
輝巳の潜水時間は十分五十二秒を記録した。
武多は、眼鏡の奥の目を細める。
「四十九のおっさんの肺活量では説明できませんね。
良かった、これで予算をぶんどれます。
ちなみに、潜水したまま泳いでみることはできますか?」
輝巳が「やって見ます」と返事をして、大きく息を吸うと今一度水に潜る。
バタ足だけで腕は使わなかったが、二十五秒ほどで二十五メートルプールを往復してきた。
そして一度顔を上げる。「どうでした、続けます?」
武多は笑顔を絶やさず、「息苦しくなったら、その場で顔を上げてくれるという条件で、やって見て下さい」と依頼する。
輝巳の隣のレーンで遊も試してみる。
結局遊は四分半、輝巳も十一分近くを泳ぎ切って見せた。
武多がその結果をみて、すこし浮かない顔をするので、遊がたずねる。「なにか、問題でも?」
武多ははにかむと、「いえ、期待通りの成果なんですが、こうなるとどうなんでしょう。
徹攻兵は酸素を使わないで運動してるんですかねえ、どういう原理なんだろうなあ?」と首をかしげてみせる。
そして「すくなくとも春日さんで約三十パーセント、尾形さんで約七十パーセントとすると、おそらく慣熟した時は十六分程度の無呼吸稼働が可能になると思われます。
で、続けてのお願いなんですがいいですか?」
水に浸かったままの輝巳と遊が返事をする「なんです?」「いいですよ」
武多は両手を合わせて頼み込んでくる。「水中で、光条推進を使ってみて欲しいんです」
二人とも、なるほど、と頷いてみせる。
既に、光条推進自体は、輝巳で十三分半、遊は十分半程度の出力時間を維持していた。
二人、水に潜ると背面と足底から光条を出す。
水中でも、輝巳はもやを吹き出しているような黒で、遊は紫の光りを放っていた。
ただ、気体を噴出しているのではなく、水圧を上げているようで余計な気泡は出さなかった。
二人とも光条推進の時間は十分だったが、水中時無呼吸稼働の時間限界が先に来てしまい、そこで止まって顔を上げた。
それでも、輝巳は最後のターンは九秒ほどで二十五メートルプールを往復して見せた。
今度も、終わって見せたところで武多がむずかしい顔をしている。
輝巳がたずねる。「どうしました?」
武多は額にこぶしを当てながら答える。「いや、いまから陸自内に、海自に予算を出させろ、という勢力が出てくるのと、海自側は、陸自の徹攻兵だろ、という勢力が出てくるのがありありと目に浮かびまして、どうしたものかと」
輝巳も遊も「あー」と声を合わせる。
一緒に居た信世も、斜め上を見上げながらむずかしい顔をしている。
すると武多が、表情を緩ませていってのける。「まあ、お二人の慣熟がいつになるかもわからないですしね、気長に行きましょう」
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