第050話 武多の思惑
矢臼別演習場では、〇六式の道照と七生、一八式の明理と皐月、そして第五世代試作型の輝巳と遊が、それぞれ飛んだり跳ねたりを繰り返すことになった。
道照が遊に話しかけてくる。「遊さん達の装甲服は、やっぱり身軽そうです」
遊はふわふわと空中を浮かびながら返事する。「そうだね、上下に動いたり」そういって上下に機動する。「前後に動いたり」そういって前後に機動する。「一八式も同じ仕様になったけど、動き方は変わってくるね」
そして降りて続ける。「ただ、俺も輝巳も、出力がなかなか規定に達しないんだよ。
〇六式の時と違って、ひらめきが降りてこない感じがする」と呟いた。
道照が続けてたずねてくる。「〇六式の時とは、何が違うんでしょう?」
遊が、うーん、と考え込む中、それを耳にした輝巳が答える。「俺は最初の子の妊活中だったし、遊君は今みたいに塾講師じゃなくて研究者だった。
二人とも、徹攻兵以外の日常も未来に向かっていたかな」
それを聞いて遊が受ける。「でも、いまでもこうして一八式、第四世代型装甲服の規定を超えるだけの力が自分にあることに驚いてはいるよ。
今でも、現状に満足せずになんとかしようとはしてるんだな、って」
それを聞いて道照は、なるほど、と感心してみせる。
輝巳も遊も伸び悩みを見せる中ではあったものの、第五世代試作型の、それも二十年来の顕現者の動作が見られる機会として、参加者を変えて展示訓練は毎月繰り返された。
尖閣強襲と対馬撃退の二つの実践動画の影響もあり、自衛隊内の顕現者の総数自体を八十人ほどに、〇六式に対応できる顕現者の数も四十人ほどに増やしていた。
そんななか、二〇二二年の七月四日、日本時間の七月五日にアメリカは、小銃弾の効かない新世代の兵士の姿として、ASー01と、機関銃弾も無効化する進化した兵士の姿としてASー02の姿を動画で公開した。
むろん、ドイツ、イギリス、フランスと、アメリカの管轄国である日本、イギリスの連邦構成国であるオーストラリア、そして歴史的にドイツとのつながりが深いものの、こと徹攻兵に関してはフランスと協調国の立場を取るゼライヒ女王国の各国と示し合わせてのことではあった。
中国のような、潜在的に徹攻兵を保持しうる国に対する牽制の意味を込めていた。
一つにはアメリカ国内での顕現者の数が百人を超えたこと、ASー03に対応できる顕現者の数も二十人を超えたこともあった。
動画を公開することは、徹攻兵を拡散することにもつながりかねない、という意見もあったが、誕生日の法則も含めて各国とも顕現者の発掘には苦労しており、情報の少ない国に対しては十分驚異として受け止められるだろうという目論見もあった。
そしてこれに続くこと八月二十四日に、ドイツ軍、イギリス軍、フランス軍が一斉に、自国陸軍所属の徹攻兵の活動を動画で展示して見せた。
ドイツ軍は独自のAWシリーズだったが、イギリス軍とフランス軍はアメリカと同じASシリーズの紹介で、これにより北大西洋条約機構が歩兵の新時代を築く姿勢を世界に誇示して見せた。
イギリス軍所属の徹攻兵がオーストラリア人であること、フランス軍所属の徹攻兵がゼライヒ女王国民であることは、関係国の固い機密事項だった。
ドイツはこの段階で、あくまでAWー01の展示にとどめ、ASー02相当の徹攻兵は研究中であるという姿勢を示した。
それがドイツの、連合国の旧敵国としてのたしなみでもあった。
諸外国の中には、二十一世紀になっても欧州優位の時代は続くと割り切る向きもあった。
陸自の第五世代試作型の情報は、アメリカとドイツには共有をしていたが、ドイツからはなんの反応もなかった。
なにも反応が無いこと自体、ドイツも既に第五世代型の開発に入っていることを如実に物語っていた。
ただ、輝巳も遊も、なかなか予言されている出力に達しないことから、展示訓練のモニターには武多が参加することも増えた。
これまでは、飛んだり跳ねたりを見せるだけだったが、武多が組んだ動作の訓練をすることも増えた。
特に光条推進を使ったアクロバティックな動きについては、空中から始まる動作として、体操選手の様な動きを求められた。
これについては明理も皐月も同様で、特に皐月は、最初のうちは着地をするたびにふらついていた。
着甲していると表情はわからないが、明らかに目を回しているんだろうな、と思うと、輝巳はなんだかほほえましい気分になった。
二〇二二年の十月、あの対馬撃退から一年を迎えようとしていたその日、輝巳と遊は、第五世代試作型の新試験の相談を受けることになった。
武多は、相変わらずのピアス顔で、なんてことはない、という雰囲気でさらっと言ってのけた。「毒ガス耐性の試験がしたいんですよ。
ご協力いただけますか?」
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