第046話 光条武器の緊張

 遊は取りあえず背後の空間を確保する。

 そして視覚を全員に伝える。「出た。

 気をつけろ」

 輝巳と堅剛は、小茂田港の北と南の山で、それぞれほぼ同時に敵性徹攻兵を文字通り切り裂いた。

 輝巳が答える。「相手にすんな」

 堅剛が答える。「逃げろ」

 それに対して遊が告げる。「わかってる」

 遊としても、先ほどの一閃が瞬間的だっただけに、敵性徹攻兵と面と向き合うのは初めての経験だった。

 遊も光条武器を中段に構える。

 六人目の敵性徹攻兵は柳葉刀を大きく振りかざす。

 遊は、来るか、とたずねられた気がした。

 首を横に振り、いや、と意思を示して後ろに飛び退く。

 仮に相手にするとしても、輝巳、堅剛と合流しないことには話にならない。

 明理が近づいてくる気配を感じて「明理ちゃん、来るな、気が散る」と伝える。

 輝巳と堅剛は、とにかく遊の無事を祈りながら、県道四四号線の北と南を、他の敵性徹攻兵がいないか気を配りながら駆けつける。

 輝巳は移動しながら皐月に語りかける。「皐月ちゃん、宇を空港の方に連れて行って。

 県立病院があったはず」

 「わかりました」と皐月は返事をすると、取りあえず、止血をどうにかしなければならないと、苦痛をこらえる宇の脚の装甲を外しにかかる。

 そして、先に輝巳が、次いで堅剛も、柳葉刀の敵性徹攻兵を視界にとらえた。

 遊は言葉が通じなくとも、投降しろ、と念じる。

 輝巳も、遊も、堅剛も、言葉は通じなくとも、敵性徹攻兵の、俺は生き延び一族を守る、という意思を受け止めた。

 遊に一計があり、輝巳と堅剛に語りかける。「堅剛、輝巳、西側を、小茂田港の方向を開けよう」

 信世から声がかかる。「できれば生かして捕まえて欲しいんだけど」

 黙ったままの、輝巳、遊、堅剛を差し置いて、宇が呟く。「無茶、言う、なよ」

 輝巳と堅剛は、遠巻きに移動し、やがて、遊を南北に挟む位置まで移動する。

 輝巳が、明理に声をかける。「明理ちゃん、そっちの付近に敵性がいないかは気を配ってね」

 敵性徹攻兵は柳葉刀を構えたまま、山の中を西に進み、県道四四号線に降りていく。

 そのまま、後ずさっていくので遊が県道四四号線に降り、輝巳と堅剛が山中で距離を詰める。

 暗闇の山道に、63A式水陸両用戦車が投光器を付けて待機している。

 照明の中を、自軍の徹攻兵が後ずさってくるのをみて動揺した随伴歩兵達は、やがて照明の中に紫色の光条武器を構えた遊が現れたのを見て銃撃を仕掛けてくる。

 一八式の遊にとっては、機関銃弾も子供の豆まき程度だが、戦車の主砲が照準を合わせてくるのはさすがに嫌い、右に、左に、身をかわす。

 敵性徹攻兵が、一歩一歩、後ろに下がると、戦車も後退を始める。

 輝巳と遊は、最初に飛び出した時に八九式自動小銃を放置してしまっているが、堅剛は置き去りにしていない。

 堅剛は光条武器を左腰にマウントし、弾倉を実弾に変えると、随伴歩兵の脚を一人、また一人と打ち抜いていく。

 カモフラージュには鮮やかすぎる迷彩服の膝上が赤く染まる。

 あとあと捕らえるのに、山中を徘徊されても困る。

 とはいえ、関節を打ち抜いては回復も困難だろうと大腿骨の膝上を狙う。

 県道の北側の山からの射線と気づいた歩兵が何人か、小銃を撃ち込んでくるが、そもそも暗闇の中に見当もつけずに撃ち込んでくるものなのでまともに当たるはずもない。

 砲塔から上半身だけを出している機関銃手は狙い所も少なく、右前腕を打ち抜く。

 ついに、後退した戦車が兵員輸送トラックにたどり着いてしまうと、わらわらと歩兵が集まり、遊に小銃の集中砲火を浴びせる。

 攻撃自体は遊をなんら傷つけないのだが、さすがに数にひるむと、その間を計って敵性徹攻兵が背中を見せ、小茂田港に向かって県道四四号線を疾走する。

 遊が県道を、北側の山間を堅剛が、南側の山間を輝巳が追いかける。

 ただし、追い詰めすぎない一定の距離はとる。

 途中の集落で、敵性歩兵が住民をかり出しているのを見かけるが、まずは敵性徹攻兵の片をつけないと収まらない。

 このまま、湾まで追い詰めて、そこで間合いを詰めるのか、それともこの敵がどこかで身を翻してくるのか、その迷いが四人の微妙な距離感を維持させ、敵性徹攻兵を西の頂点とした菱形が西へ、西へと移動していく。

 遊は正面の敵性徹攻兵に気を配り、輝巳と堅剛は背後の山にも目を走らせる。

 信世の確認が入る。「皐月ちゃん、現在、マルマルフタゴー。宇の状態はどう?」

 皐月が、手を動かしながら答える。「左脚の装甲は全て外しました。

 弾性ストッキングを破らせてもらって、即席の止血帯を準備しています。

 膝下、十五センチから下を損失、出血多量ですが息はあります」

 宇も答える。「あっちい、感じ。

 まさ、か、こんな」

 信世も「無理しないで、しっかりね」と答え続けて明理にたずねる。「明理ちゃん、そちらの状況は?

 周囲に敵性はいそう?」

 明理が答える。「現在、佐須坂トンネル東側出入り口と対馬駐屯地の中間当たりの成相山山頂付近。

 視界の範囲に敵性の存在は確認できず。

 次の行動の支持を願います」

 信世が指示を出す。「県道四四号線の南側よね。北側の袖振山の山頂に移動して、警戒に当たり周囲の監視を継続してください」

 そして信世が続ける。「道照さん、七生さん、そちらの状況は」

 道照が答える。「敵性の反応無し」

 七生も答える。「こちらもです。落ち着いています」

 信世が答える。「わかりました。敵性は小茂田港を中心に県道四四号線沿いに展開した模様と判断します。

 第一空挺団副官と協議の上、可能であれば結束バンドをできるだけ持参して、明理ちゃんと合流してください」

 そして信世が続ける。「さてと」

 そこで通信が入る。「こちら、対馬空港管制室。座間駐屯地司令室、聞こえますか」

 信世が返信する。「こちら、座間駐屯地司令室、都築予備陸曹長です。対馬空港管制室、どうぞ」

 「了解、これより対馬空港管制室より、徹攻兵各員との通信を開始します」

 すると、壁面のモニターに輝巳達の視界が映る。

 信世はとっさに遊の視界をメインモニターに映す。「遊、敵性徹攻兵の姿をカメラに収められますか?」

 遊が嫌そうに返事する。「このタイミングで近づけってか、ったく」

 遊が速度を上げると、相手も速度を上げる。

 遊が語る。「動画のバックアップは、一時間分メモリーされてたっけ。

 そちらの保存を願います」

 信世が他の通信兵に指示を出しながら答える。「わかりました。

 逃がさないようにね」

 遊と堅剛が「了解」と答える中、輝巳は「聞こえなーい」と返事をしてくる。

 信世が叱る。「ふざけないで」

 輝巳が口答えする。「ふざけてんのはどっちだよ。

 俺は俺が怪我するのも、これ以上けが人が増えるのもごめんだね」

 遊が口を挟む。「正直俺も、輝巳に同意だ。

 このまま逃走してくれるなら、成り行きを見守りたい」

 信世が答える。「こちらからの指示で、逃がして、とは命令できません。

 第一優先は、生存したままの投降を、第二優先は活動の停止を試みてください」

 これには、堅剛が「了解」と返事したが、輝巳と遊は返事をしなかった。

 三人はついに柳葉刀の敵性徹攻兵を小茂田港に着岸した揚陸艇まで追い詰める。

 そこで立ち止まり身を翻した敵性徹攻兵から、来るな、という意思が送られてくるのを、輝巳も遊も堅剛も感じ取る。

 遊の、観念しろ、という念じは輝巳と堅剛には伝わるが、敵性徹攻兵が聞き入れる様子はない。

 周囲には敵性歩兵が多数構えていて、散発的に遊に小銃での射撃が与えられる。

 すると敵性徹攻兵は、暗闇の海の上、揚陸艇に横付けされていた一台の水上オートバイに跨がり、瞬く間に宵闇の沖合に消えていった。

 遊がつまらなさそうに通信する。「都築小隊長へ報告。

 敵性徹攻兵一名が用意していた水上オートバイで小茂田港より逃走した模様、付近の海自、海保に注意喚起を願います」

 信世も、つまらなそうに答える。「こちら都築、現地の状況を確認しました。

 引き続き小茂田港周辺の徹攻兵各員は、残存歩兵勢力の無力化と確保、次いで身柄を拘束されている現地住民の安全確保に当たってください」

 これには遊、堅剛、輝巳が「了解」「りょーかい」と答える。

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