第042話 作戦会議
会議室に入ると、既に遊、宇、堅剛だけでなく、明理、皐月、七生、道照が揃っている。
説明に入るのを待たずに輝巳が口を開く。
「明理ちゃんたちや道照さんまで連れてくの?」
信世が答える。「あくまで、予備、としてだけど」
輝巳が続ける。「俺たちの中に、戦死者を織り込むってこと?」
信世が答える。「そうはならない万全を期して、ということだけど、とにかく情報が足りないのよ。
まずは状況の説明を受けてもらえる?」
「ごめん、分かった」と輝巳が席に着く。
いつもの通り、情報将校をさしおいて、信世からブリーフィングが行われる。
二十一日午前三時頃、対馬に、北朝鮮船籍の揚陸艇が三隻上陸したこと。
揚陸艇からは多数の人員が上陸している模様であること。
上陸地点の小茂田港付近の集落が襲われ、どうやら人質として集められていること。
敵性勢力上陸と同時刻頃と思われる午前三時頃、陸上自衛隊の対馬駐屯地の出入り口に当たる道路が爆破され、車両の搬出が一時困難になったこと。
同時刻、対馬の電力供給を支える、九州電力厳原発電所と豊玉発電所、佐須奈発電所に異変があり、対馬全域で民生用の電力供給が停止していること。
警察は市役所を中心に交通整理に当たるなど、手が回っていないこと。
小茂田港の沖合には海保の巡視船が待機しているが、威嚇射撃をうけ、不用意に近づけていないこと。
同日六時半過ぎ、陸自の小銃小隊と通信分隊四十名が偵察行動に移ったが、次々と消息を絶ちおそらくは生存者が見込めないこと。
全滅した斥候部隊の音声記録が再生される。
「敵襲、敵襲」
「敵性勢力は、戦車を上陸させている」
「敵性勢力は、住民を連行中、人質に取っている模様」
「敵性兵士は非常に重装甲。運動性は高く、射撃は正確」
輝巳がたずねる。「これだけ?」
信世が答える「これだけ」
輝巳が考え込む、が、信世は気にしない。「続けるわよ」
これを受けて同日八時半過ぎ、内閣から北朝鮮の出先機関である在日本朝鮮人総聯合会などに照会を試みたが回答が無い事。
このため、同日九時過ぎ、防衛大臣による、治安出動下令前に行う情報収集が命令されたこと。
これを受け、改めて対馬駐屯地より小銃小隊と通信分隊合計四十名が、今度は小銃を携行して威力偵察に出たこと。
威力偵察に出た部隊は、佐須坂トンネルの東口側付近で敵性兵力と交戦になり全滅した事。
この際の音声記録が再生される。
「敵性兵士には小銃弾の効果が無い模様」
「敵性兵士の運動能力は高く、跳躍力は樹高を超える」
「射撃は正確、カモフラージュに効果無し」
輝巳がたずねる。「これだけ?」
信世が答える「これだけ、じゃないの。
鹵獲された通信機を通じて、敵性勢力より対馬駐屯地に連絡が入ったわ」
音声が再生される。
比較的、イントネーションの良い日本語が流れる。
「こちらは、朝鮮民主主義人民共和国義勇軍です。
こちらの要求が全て受け入れられれば、我々は人質を解放します。
一つ、人道支援として穀物の供給。
一つ、日本海での漁業権の約束。
一つ、万景峰号の日本への寄港許可。
一つ、戦後賠償金の要求。
我々には時間がありません。
人質の健康状態は保証しません。
日本政府の速やかな判断を要求します」
遊が割り込んでくる。「要求、といいいつつ、なんとも具体的な話にはなってないな」
輝巳が口を出す。「義勇軍、ってことは北朝鮮本国とは無関係、ってことにしたいのかな?」
信世が答える。「取りあえず中国の旅順港で北朝鮮に引き渡された船が、まっすぐ対馬に突き刺さってきたことで、一部隊の独断専行、という体裁は取っているわね。
いずれにしても、中国、北朝鮮、両政府の息がかかっていることに間違いは無いんでしょうけど。
万が一の時は尻尾切りをするつもりなんでしょう」
宇がたずねる。「徹攻兵は、朝鮮半島には出ないんじゃなかったの?」
信世が、言葉に詰まると、情報担当の尉官が答えてくる。
「推察ではありますが、中国が徹攻兵の開発に成功し、今回北朝鮮を支援してきているものと思われます」
それを聞いて宇が続ける。「じゃーさぁ。二月の全滅作戦は意味がなかったっていうわけ」
遊が言葉を挟む。「何らかの形で察知されて、日本側が徹攻兵を運用するのであれば、中国側も黙っていないぞ、という恣意行動に出た可能性はあるのかもなあ」
ふーん、と宇は不満そうにする。
輝巳と堅剛は腕を組んでよその一点を見つめてしまう。
ようやく、輝巳が呟く。「一体何だったんだよ、あれ」
信世が毅然と答える。「あのときはあれが最善だったのよ。
米軍、ドイツ軍との関係性をとらえても、存在の秘匿は最優先だった。
今回、中国が徹攻兵を運用してきた模様と耳にして、米軍関係者も強い関心を示しているわ。
中国を中心に、中近東に徹攻兵がばらまかれたら、世界の勢力図は大きく変わるでしょうね」
輝巳は、ふん、と鼻息を一つ付いてみせる。「それで、今回の敵のことはどこまで分かっているの?」
信世がうつむき、手元の資料に目を落とす。「さっきの通信が全てね。
小銃が効かない重装甲の兵士が、高い運動性と正確な射撃で非武装の一歩兵小隊と、武装した一歩兵小隊を全滅させた、ということだけ。
私達の常識では、これらの活動を可能にするには徹攻兵の存在が強く推察されるけど、その数も、質も、武装も全くの未知数ということ」
堅剛が口を開く。「むー、それで、このチーム」
信世が答える。「そ、日本国内で最高のチーム」
堅剛が続ける。「明理ちゃん達、見習いだよ。なにさせるの」
その言葉に、四人四様に表情を曇らせる。
幕僚を交えて取り急ぎ考案された作戦はこうだった。
万が一の迎撃を警戒し、低空より侵入させた航空自衛隊の輸送機より、八名の徹攻兵が対馬空港に降下。
八九式自動小銃を携行して強行偵察し、敵性徹攻兵の数と質を調査する。
合わせて、第一空挺段所属の通信小隊と施設小隊も対馬空港に降下し、対馬空港の通信機能を回復させ通信中継基地とする。
平行して海自のひゅうが型護衛艦をもって陸自の水陸機動団を対馬に展開、電源の回復を主任務とするが、島民のライフラインの復旧を中心にしつつ島民を保護する。
また、あわせて陸自のトラック三トン半で六門のラインメタルを搬送し、徹攻兵と合流。
あらかじめ偵察を済ませた輝巳、遊、宇、堅剛による集中砲火で敵性徹攻兵を撃退。
撃退後は明理、皐月、七生、道照の四人で敵性車両を無効化し、敵性兵士を無力化。
そこまでできれば人質となっている住民の保護は陸自に任せることとする。
宇が不満そうに口を挟む。「この期におよんでも、まだ俺たちの存在は伏せるわけ」
「最新鋭の潜水艦の最大深度だって、一〇式戦車のほんとの最高速度だって公表されてないでしょ。
現時点であなた達の存在は、最高軍事機密だってこと」
輝巳が確認する。「今回、敵の兵士は無理に殺すことはないんだよな。結束バンドかなんかをつかって、後ろ手に縛れば、あとは本職の皆さんが対応してくれる?」
信世がうなずく。「敵性徹攻兵の存在が確認され次第ではあるけど、徹攻兵の存在を前提としている兵士達ですからね。
倒すよりは尋問して、敵性徹攻兵の情報収集に重点が置かれることになるわ」
「大体の概要はわかった」というと、輝巳は考え込む。
そんな会議室に緊急伝、として情報がもたらされる。
情報担当の尉官がメモを読み上げる。「こちらは、朝鮮民主主義人民共和国義勇軍です。
我が方の艦への燃料の補給を要求します。明日、十月二十二日の朝までに給油艦を手配してください。
手配のない場合は、人質の安全は保証しません。との内容です」
それを聞いて輝巳がうなずく。「ああ、やっぱりね、帰るつもりでいるんだ」
堅剛がたずねる。「むー、なにそれ?」
輝巳が語る。「いやさ、徹攻兵まで持ち出して、対馬の町をめちゃくちゃにすることもできるんだろうけど、要求が通らなかった場合、いつまで何をするつもりなのかと思ってさ。
北朝鮮側は、愛国的行動に基づく示威行為、として表彰される未来が待っていて、中国側は徹攻兵の効果検証、としてみれば、あの要求は最初から通すつもりのない時間稼ぎなのかなあ、と思ってさ」
輝巳がそのままの調子で続ける。「なあ信世、このまま様子伺いをしてさ、やっこさん達が引き上げてくれるのを待つ、って選択肢はないの?」
信世は即答する。「無いわね。
対馬の電源が喪失している以上、対馬全島民が人質に取られているような状態よ。
ライフライン復旧を支援する陸自も通常歩兵戦力の半数を失い、復旧支援もままならない状態で、いつ背後から襲撃されるかもわからない。
海自の支援艦もいつ山岳部からの砲撃を受けるかもわからない。
こんな状態を打破できる徹攻兵を運用せずに、敵さんを飽きるまでもてなす道理はないわね。
それに、引き上げる保証もないでしょ」
輝巳が苦笑いして答える。「いわゆる無抵抗主義者のまねごとをいってみたかったのさ。
信世のいうとおりだ。
ただ、敵さんは敵性徹攻兵の運用を足がかりに撤退のタイミングをうかがってはいるはずだから、そこをさっさとつぶしてしまおう」
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