第040話 手探り

 陸上自衛隊の対馬駐屯地では次の一手に向けて情報を求めていた。

 停電で道路の信号まで止まってしまっているのは痛い。

 早朝で人出もすくないのでなんとか成り立っているが、まもなく、通勤時間帯になる。

 交通量が増えれば信号のない交差点は四方向から進入してきた車で、完全に麻痺する。

 取りあえず行政との連携が必用だと考え、偵察用のオートバイを南下させ、市役所に向かわせる。

 道路の補修も倒れた電柱も手つかずだったが、身軽なオートバイは悪路を何とかこなす。

 そこに、海上自衛隊の対馬防備隊から連絡が入る。

 島の西岸、小茂田港に北朝鮮の揚陸艇が三隻着岸し、多数の人員が上陸している模様という。

 海保の巡視船も接近を試みたが威嚇射撃をうけ、距離を取らざるを得ず詳細が分からないという。

 何をするにもまずは正確な情報に基づかないと行けない。

 時刻、午前六時三十分。

 取りあえず、一個小銃小隊三十名と通信分隊十名が徒歩で向かうことにする。

 今一度、海自の対馬防備隊に連絡を図る。

 知事の要請なり、内閣からの命令なりで、治安出動の要件は満たされているかをたずねるが、揚陸艇の強襲が武力行使といえるかどうか、誰も確認できてないということが分かるばかりだった。

 これでは、武器使用はおろか警察権の行使もできない。

 専守防衛の国の部隊の定めと割り切り、丸腰で通信機器だけ持ち出して向かうことにする。

 朝日の差し込んでくる街路は、信号が付いていないことで停電していることを再認識させてくる。

 駐屯地に隣し、南北に走る国道三八二号線はまばらに車の流れがあるが、東西に走る県道四四号線は車の流れがない。 

 特に交通量の多い道ではないが、やはり、小茂田港のある西側からこちらに流れてくる車がないのは気になる。

 途中、坂の下、東側から西側に坂を登ってきてその先の佐須坂トンネルをめざす白いバンが通りかかった。

 停車させようとしたが、赤く光る警棒を持っているわけでもなく、崖の薄暗がりの中でもあり停車させることはできなかった。

 そのまま行ってしまうので、なにもないことを祈る。

 県道四四号線の曲がりくねった坂を西に進むとすぐにトンネルにさしかかる。

 照明の付かないトンネルは武装勢力にとっては格好の隠れ場になる。

 丸腰で、いや、武装していてもみすみす侵入するわけにも行かない。

 手前側、東側の出入り口を監視できる位置に、小銃小隊三名と通信分隊一名を配置する。

 残りは、尾根に上がりトンネルの反対側の様子をうかがう。 

 ぱっと見、トンネル西の出入り口付近を警戒している敵性勢力は確認できない。

 県道四四号線は尾根を超えるのを嫌って北側に大きく伸びる迂回路があるが、そちらにも敵性勢力の展開は感じられない。

 やはり小銃小隊三名と通信分隊一名を北側の、県道四四号線の折り返し地点まで派遣する。

 残るは、小銃小隊二四名、通信分隊八名。

 佐須坂トンネル西側の出入り口付近が確認できる場所を一旦の集結地点として、山の中に散開する。

 ここまで、敵性勢力の様子がうかがえない。

 と、西側から、二発、乾いた銃声らしきものが聞こえてくる。

 武器を持った何かがいる。

 住民の状態を確認しなければならない。

 谷底の佐須川に沿うように走る県道四四号線上での様子がうかがえるように、十六名ずつ左右の尾根に分かれて少しずつ進む。

 進むにつれて異変が鼻をつく。

 佐須川中腹にある銀山神社の東側手前にある集落が敵性歩兵によって襲撃されていることが分かる。

 曲がりくねった県道上には、回転砲塔を持つ戦車が、六両確認できる。

 兵員輸送トラックからは、頻繁に兵士が出入りする。

 人々を数珠つなぎにするロープを取り出してきたり、民家から奪ってきた食料を運び込んでいる様子がうかがえる。

 もう少し、具体的な発砲の状況を確認したいと思い、半数の小銃小隊六名と通信小隊二名を、尾根に隠れた法清寺側に向かわせる。

 すると、こちらの展開に呼応するかのように、路上に停車してあった兵員輸送車から、いかにも鈍重そうな装甲を身につけた兵士が二人、降りてくる。

 両腕には、ドラムマガジンを着けた小銃を下げている。

 重装甲を着けた兵士はジャンプとダッシュを繰り返し、瞬く間に小銃小隊の展開する尾根に迫ってくる。

 跳躍力が高い、その場で四十メートルほど飛び上がると、身を隠す木々を縫う形で小銃段を撃ち込んでくる。

 攻撃は正確で、確実に致命傷を撃ち込んでくるか、右腕、膝など、次の行動に支障の出る部位に撃ち込まれてくる。

 膝を打ち抜かれて、動けないでいると、次には確実にのど元など、防弾着の隙間を狙って仕留めてくる。

 相手は、重装甲には似合わない速度で木々の乱立する尾根に食い込んでくると、良い地点で高く跳躍し、木々の根元に身を潜めた姿勢の裏側から、自衛隊員に正確な射撃を撃ち込んでくる。

 三名、五名、八名と、確実に返事が無くなる。

 「敵襲、敵襲」そう、通信する兵士が射撃される。

 「敵性勢力は、戦車を上陸させている」そう通信した兵士が射撃される。

 「敵性勢力は、住民を連行中、人質に取っている模様」射殺される。

 十一名、十七名、二十一名と、時には近くに、時には高空から、確実に活動停止に追い込まれていく。

 佐須坂トンネルの尾根を超えてきた自衛隊員の死体は三十二名。

 尾根の北側に向かっていた四名と、トンネルの東側の口を監視していた四名は合流すると、駐屯地に戻る選択と、連絡を絶った隊員の様子をうかがう選択があり、八名は生存者確保の可能性を考えて、佐須坂トンネルの西側出口に向かう。

 木々の覆う山の中、多少の枝をものともせず、まるで草原を走り込むかのようなスピードで何者かが迫り来る。

 目視確認しようと目を出す。

 打ち抜かれる。

 痛みをこらえその場を離れようと振り向いた首筋を正確に射貫かれる。

 それを見ていた通信兵が通信機に向かって報告する。「敵性兵士は非常に重装甲。運動性は高く、射撃は正確」

 その連絡を最後に、対馬駐屯地への連絡は途絶する。

 対馬駐屯地は斥候に出した四十名を失った。

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