第038話 揚陸

 四邦人解放の交渉は長引き、なかなか具体的にはならなかった。

 日米両国側では二船舶返還の準備は整っていたが、中国側が交渉継続の意思を示すのみで、具体的な条件も提示せず季節は秋へとさしかかっていた。

 十月二十日の水曜日、突如中国の国営放送で、二船舶の返還を条件に身柄を拘束中の四日本人の拘束を解く、という内容が放送され、中国駐在の日本国外交官の間で中国政府への照会が始まった。

 これに先立つこと四日前、十月十六日の土曜日、中国政府は報道官を通じて、旅順に停泊中の三艦艇につき、搭載中の作業車両十八両と供に、北朝鮮への引き渡しが終わったことを発表した。

 様々な情報が溢れる現代社会で、この動きを結びつけて考える者はいなかった。


 十月十七日、旅順軍港を出た三隻の〇七四A型揚陸艇は、艦尾に朝鮮人民軍海軍の軍艦旗を掲げ、搭載する車両ごと、その特徴的な車両甲板全体をカーキ色の幌で覆い、黄海に出るとまっすぐ南下する。

 その船の行方を、日本のマスコミは全く触れなかった。

 世間的には無いものと同じだった。

 三隻の揚陸艇は、巡航速度の十二ノットを維持し、朝鮮半島を大回りに、済州島の南の公海を東進すると、対馬海峡と朝鮮半島の間、朝鮮海峡とも呼ばれる対馬海峡西水道をめざす。

 時は十月二十一日の木曜日に、さしかかっていた。

 中国から寄贈された艦船の航行ということもあり、日本の海上保安庁も巡視船を出す。

 時同じくして韓国の海洋警察庁の警備艇が現れ、北朝鮮の艦艇と巡視船の間の良い位置を確保してくる。

 海保の巡視船としては、まるで韓国の警備艇が北朝鮮の艦艇を保護しているようにすら見える。

 とはいえ、商船も漁船も通るさほど広くもない海路で無理をすることはないと、我慢の姿勢を見せる。

 この海域に、中国人民解放軍海軍の駆逐艦が出張ってきているのも気に成る。

 中国とは、二月末の一件以来むずかしい交渉が続いており、下手に事を荒立てても評価にも響く。

 何事もバランスをとり、冷静沈着に。

 それが海保に託された役割だと信じて、今日も日本を海から守る。

 保安官の一人がいった。「やけに、対馬よりを通りますね」

 いわれた保安官が返す。「韓国をすこしでも刺激したくない、ということかな」

 最初の保安官が苦笑いする。「日本は、刺激しても怖くない、ですかね?」

 対馬の領海は狭い。

 薄い、といった方がいいかもしれない。

 対馬海峡は国際的な隘路となっており、その航路の確保のため、対馬の領海はわずか三海里、五・五キロほどしかない。

 しばらくは一番北側を北朝鮮籍の揚陸艇が、その南側を韓国の海洋警察庁の警備艇が、さらにその南側を海保の巡視船が東に進んでいたが、いよいよ日本の領海に近づくというところで、突然韓国の警備艇が南に進路を切ってくる。

 彼の国はこんな時にもこういう行動を取ってくる。

 と海保の巡視船は相手にせず、そのまま東に進み、日本の領海側に向かいながら北朝鮮籍の揚陸艇に呼びかける。

 「こちらは、日本の海上保安庁。北朝鮮籍の揚陸艇に告ぐ。

 貴艦は日本の領海に接近している。速やかに航路を変更されたし」

 しかし、三隻の揚陸艇は向きを変えようとしない。

 おかしい。

 こんな時こそ揚陸艇に近づいて警告したいのだが、韓国の警備艇が日本の領海すれすれに南下してくる。

 夜明け前。

 そのまま、巡視船が日本の領海に入った時には、北朝鮮籍の揚陸艇の先頭の一隻が日本の領海に入ってしまう。

 「こちらは、日本の海上保安庁。北朝鮮籍の揚陸艇に告ぐ。

 貴艦は日本の領海に侵入している。速やかに航路を変更されたし」

 国連海洋法条約では、沿岸国の平和・秩序・安全を害さないことを条件として、事前通告をすることなく領海を他国の船舶が通航する権利が認められている。

 とはいえ、距離が距離である。

 ましてや揚陸艇は、戦闘部隊を上陸するための艦種である。

 これ以上の接近を許すわけにも行かないが、何しろ、遠い。

 韓国の警備艇を避けて領海に入り北進する頃には、二隻目の揚陸艇も領海に侵入してくる。

 「こちらは、日本の海上保安庁。北朝鮮籍の揚陸艇に告ぐ。

 貴艦は日本の領海に侵入している。速やかに航路を変更されたし」

 時既に遅し、揚陸艇は投錨すると沖合に碇を伸ばし、そのまま佐須側河口の小茂田の浜に乗り上げる。

 元寇の古戦場の碑が置かれた浜に、鎖に支えられた艦首部分のランプ・ウェイが音を立てて降りる。

 手際よく幌が外される。

 幌の下から現れたのは、六三A式水陸両用戦車と随伴歩兵達だった。

 海保の巡視船が洋上から警告する。

 「こちらは、日本の海上保安庁。北朝鮮籍の揚陸艇に告ぐ。

 貴艦の寄港は認められない。

 直ちに離岸して待機されたし」

 呼びかけには全く効果が無く、二隻目の揚陸艇は湾を出入りする漁船を蹴散らすように湾内に進み込むと、物揚場に着岸する。

 街頭に照らされた艦首から降りてきたのは兵員輸送用のトラック。

 要領良く六台が降りると、地理をわきまえたかのように集落に展開していく。

 夜明け前の漁港を戦闘車両が襲う。

 三隻目の揚陸艇はやや南寄りの河口付近の岸に着岸する。

 こちらも現れたのは六三A式水陸両用戦車と随伴歩兵達。

 二隻の揚陸艇に六両ずつ、計十二両の戦車が、展開する。

 海保の巡視船から対馬海上保安部、第七管区海上保安部を通じて本省に連絡がはいる。

 「北朝鮮籍の揚陸艇が三隻、小茂田港に着岸。多数の人員が上陸している模様」

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