第035話 価値の毀損
同時期に突如五人もの顕現者を失い、研究員達は狼狽えた。
遺体は全て、軍管轄の病院で引き取り詳細な調査に取り組んだ。
まず最初に整理されたのは、五人の関係性だった。
マテーウス、ウルズラ、イザーク、ミヒャエルの四人は、レーベッカを小隊長とする小隊を構成する要員だった。
五人の中で、不幸ながらも世間的にあり得る死を迎えたのはレーベッカのみで、他の四人の死に様は根拠が無いように思われた。
全員、遺体の損壊状況は酷かったが、レーベッカを除く四人は、関係者の証言で、日常生活の中で突然、理由もなく体の一部を失い、また突然意識を失い亡くなったことが分かった。
レーベッカを除く四人の遺体の損壊部位を調べる中で、研究員の一人が、呟いた。「この傷、銃創に似てますね」
銃弾が人体を貫通する場合、射入口は小さく丸く、射出口は大きくいびつになる。
そのように評価すると、大きな損壊を被っているイザークとミヒャエルの遺体は、爆発物による損壊にも評価できた。
研究員達は各員の訓練記録を振り返った。
さすがに、部位までは特定できなかったものの、四人とも実弾や実際の手榴弾を使った訓練に従事した記録を確認することができた。
イザークに関しては、頭部付近にて手榴弾の爆発を被るものの装甲には塗面も含めて損傷を認めず、という記録まで残されていた。
そうしてみると、イザークの遺体は、左上から頭半分を欠けるように失いまた、左肩から右腰に向けて多数の貫通する穴が開き、もし着甲時強化現象が発動していない状態で手榴弾の直撃を受けていたら、まさにそのような損傷を受けていただろうと思われる損壊の仕方だった。
なんで。
というのが、研究員達の偽らざる思いだった。
小隊の一員であったレーベッカの死をきっかけに、小隊の構成員だった四人について、過去にまでさかのぼり着甲時強化現象による効果が無かったことにされたと考えれば、原因と結果の因果を関係づけられるようにも考えられたが、何を持って何物がそれを記録し、あるいは記憶し、そしていかなる力でそれを再現せしめたのか、そも、はたしてこれだけ時間の開いた、実弾による訓練と、日常の中で突然起きた肉体の損傷を結びつけるのは、論理的にあまりに強引すぎるではないか、とも考えられた。
これまで、着甲時強化現象は特殊で、なぜ、に答えられないものの素晴らしい効果が発揮されるものと肯定的に評価されてきた。
しかしこの局面に来て研究員達は手痛い因果律を突きつけられた気がした。
取り急ぎ冷静さを取り戻して考えた時に、小隊の一構成員の死が契機となり、小隊が全滅するのは軍事的に見た時にあまりに損害が大きすぎると評価された。
これでは、戦線を維持することはできない。
徹攻兵は、もし本当の戦線に投入されたとしたら、単純な戦闘力においては、わずか五人の一個小隊で、歩兵百人を超えることもある一個中隊と存分に渡り合えるとも期待されてきた。
その攻撃力、戦線維持力が突然すべて失われる恐れがあるとすれば、歩兵小隊と対峙させるのもためらわれると思われた。
研究員達は恐慌におちいる気持ちを抑えて、過去の記録を当たった。
まず、今回の被害者達はいずれも、小隊の意思疎通に欠かせないペンダントを着用していない状態で事故に遭った。
これにより、クリスタルを用いた意思疎通と小隊全滅事故には関係性が無いと整理された。
つぎに、各員の組成記録を整理した。
五人とも繰り返される研究の中で何度か小隊の組み替えを経験しており、今回の五人と一度でも小隊を組んだことのある顕現者は、二十人を超えることが分かった。
ただ、最後の訓練でレーベッカを小隊長とする小隊を組成していた。
これにより、直近の小隊組成が事故の影響範囲と推定された。
また、二年前の記録として、小隊長ではなく、小隊の構成員だった顕現者が、趣味の登山にいそしむ中で、不幸な滑落事故に遭い死亡している例が確認された。
この顕現者の死亡時にさかのぼって、当時の小隊の構成員を調べたが、現在に至るまで健康に顕現者として研究訓練に従事していることが明らかになった。
これにより事例は少ないものの、小隊全滅事故には、小隊の構成員の死は影響が無く、小隊長の死が契機になると推定された。
AWー02には損傷を与えられない一二・七ミリ機関銃弾も、AWー01の装甲は砕く。
ましてや砲兵による迫撃砲弾や戦車の主砲弾に対しては、AWー02の装甲でも耐えられないとされている。
戦場で不意に襲い来るそれらの攻撃をかわして小隊長の安全を絶対的に守る方法、それは小隊長を戦線に投入しないことが効果的と考案された。
電波さえ届けば、いや、理論上有効な電波の届く範囲であれば実態として電波が飛ばなくとも、小隊員の行動は小隊長に共有することができ、小隊長の指示は小隊の各員に同時に共有することができる。
通信科の支援は絶対的に必要となるものの、通信状況さえ確保すれば、小隊長は戦線から遠く離れたドイツ本国に置いていても何ら問題ないといえた。
徹攻兵としての戦力が一人分欠け、五人分の戦力が四人分に縮退するとしても、突然の攻撃で全滅する危険性に比べれば、戦線の維持には十分過ぎる能力といえた。
この考察は徹攻兵の運用を考える上できわめて重要な要素になり得るとして、組成の経緯、事故の経緯と合わせてこの時点で徹攻兵の運用に関わる主要国、アメリカ、イギリス、フランスと、イギリスを飛び越してオーストラリア、アメリカを飛び越して日本の自衛隊、そしてゼライヒ女王国の各国に緊急伝として伝えられた。
報告書は、日常生活においても事故死に結びつく業務に当たる者は小隊長として不適格とされたし、と結ばれていた。
ドイツの研究者達を大いに悩ませ、精神的に苦しませたもう一つの事象については最後まで触れられることはなかった。
レーベッカ以外の四人の遺体の損壊状況を調べていた研究員達の誰もが目にしていた事象、それは、遺体の損壊箇所の断面の肉組織が、もともと筋組織であったかどうかを問わず、蝟集するヒルの尻尾の群れのように形取られ、そしてゆっくりとながら確実にうごめき合っている事実だった。
研究員の一人は、ただでさえ不気味さを伴う遺体の一部を持ち上げながらたずねた。「これ、どうして動いているんでしょうね?」
問われた研究員は、こみ上げてくる不快感をこらえながら答えた。「不愉快すぎる事象だが、軍事的には全くどうでもいい事象だな。
もし、遺族がこの状況までつぶさに観察していたとしたら、あまりに気の毒としかいいようがないが」
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