第033話 日本にて
日本での顕現者発掘には紆余曲折があった。
一九九八年の年明けに情報の開示を受けた防衛省は、陸上、海上、航空の区別無く候補者の選定に当たった。
ただでさえ誕生日の法則で六十四分の一に絞られるところ、アメリカ側からは厳しい性格特性も課せられた。
自衛隊の中にもいろいろな考えを持つものがいる。
比較的、左よりの考えを持つとされる人間は、早々に候補者から外された。
日本では、左よりには過激な行動が強く、それは正義に偏る思想特性に基づくと判断された。
さりながら、愛郷心につながる右よりの考え方となると、自衛隊内にはこれまた熱心なものも多く、返って候補者としては不的確と見なされた。
防衛省の中には米陸軍の過干渉に不満の声も上がったが、ともかくも極秘情報に基づく新兵力の開発研究の魅力には抗えず、なんとか候補者を集めて米陸軍によるASー01の着甲試験の実施にこぎ着けた。
しかし苦慮して選定した五十名の候補者から顕現者の特定には至らなかった。
米軍からは英仏両政府の目もあり、そう多くは実施出来ないことを告げられていた。
予備自衛官である
数少ない機会の中で、できるだけ多様なパターンの中から適正者を見いだしたいという思惑の中で、キャンプ座間から手軽に手を伸ばせる範囲に居た、という要素も大きかった。
結果としては当たりで、改めて選ばれた五十名の候補者の中で唯一、都築予備陸三曹だけが、約四メートルの跳躍を見せ、日本の顕現者の嚆矢となった。
彼に続く顕現者の発掘には、都築が資料の一環として顕現者の誕生日一覧の開示を受けたことが奏功した。
都築は、一覧の中に、中学時代からの友人の誕生日を四つも見つけた。
都築は、同席していた防衛装備庁の陸上装備研究所、普通科装備研究課、外来技術研究係、研究企画官の
都築と同年代の武多は、横長の眼鏡の中の切れ長の瞳を細めながら「へえ」と笑った。
「私を含めた五人とも、中学時代から考え方が近いというか、世の中への見方は相通ずるものがありました。
私自身、予備自衛官に至ったのも友人からの影響は否定できません」
武多は、都築から話を引き出そうとする。「着甲時強化現象の発現には、一定の性格特性が上げられているから、都築さんに適正があった以上、その四人にも試験を受けてもらいたいね」
都築は残念そうに眉間を狭める。「ただ、残念ながら四人とも予備自衛官ですら有りません」
米軍の手前、係のほとんどのものが、それは致し方ない、と発言する中、オフの日には顔中にピアスを着けたファッションを嗜む型破りな研究員の武多は違った。「書類の上での身分を整えることは不可能なことじゃない。ですよね、係長?
都築さん自身、米軍のASー01の十メートルには到達していないものの、都築さんのお陰で、米軍抜きでもデモンストレーションできるようになったわけだ。
書類上の手続きを惜しんで試してみない方が、むしろ損失と言えるんじゃないかな。ですよね、係長?」
そういわれた係長は苦々しい表情を崩さずに話しを受ける。「まだ、米軍の支援抜きにはデモはできない。
米軍の手前、肩書きは重要だよ」
武多は涼しげな顔でそれを受ける。「新設された、特務予備自衛官制度を活用しましょう。
こういう時のためでもありますよね、あの制度」
都築が割り込む。「少し、日程調整には時間を必用とするかも知れませんが、私からの案内であればきっと、試験には応じてくれると思います。
訓練体験などは、機会が無くて参加したことはありませんが、国防のためといえば、そうですね、訓練を受けていない一般市民との作業連携時の検証のため、という名目でも関心を引くことができると思います」
武多がほほえむ。「決まりだね。ですよね、係長?」
係長は長いため息をつくと「まずは武多君自身が起案してみて」と返してきた。
こうした経緯もあり、都築の友人である尾形輝巳、春日遊、山中宇、根本堅剛の四名が集められたのはお盆休みを利用してのタイミングだった。
人目を嫌いつつも場所もなく、キャンプ座間内の林の中で米軍関係者監視のもとに行われた着甲試験で、都築が四メートルの跳躍を見せると、宇と堅剛が供に七メートル、遊が八メートル、輝巳が九メートル超の跳躍を見せ、自衛隊関係者を大いに喜ばせると供に、米軍関係者の強い関心を引き寄せた。
都築予備陸三曹をはじめとする五名の顕現者の協力により、一九九八年初冬までに自衛隊の装甲服の規格はまとめられ、国際機密情報の扱いの元、九八式装甲服として制式採用され、また、彼らによる着甲訓練の展示により、自衛隊は顕現者を一歩、また一歩と増やしていくことになった。
日本の自衛隊の成果は、アメリカ陸軍より国防総省に報告が上がり、ドイツ、イギリス、フランスの知るところとなった。
報告には五人の身体的特徴の他、アメリカ陸軍関係者の直接のインタビューによる彼らの性格特性、思想特性についての情報も含まれていた。
これで、一定限の目安が整理された。
能力の顕現には、
有史以前からの伝統を持ち、その伝統に裏付けられた愛郷心を持つこと。
正義を旨とするも、そこに偏りすぎない迷いにも似た、常に考え続ける姿勢を持つこと。
周囲からの評価はどうあれ、少なくとも主観的には不当な評価の元、負けを強いられた関係性の継続を求められていること。
ゼライヒやオーストラリア先住民の人口数から、少なくとも六十万人以上の母数を持つ集団構成であること。
などが条件として整理された。
ヨーロッパには最終的にドイツに弓引かなかった国は無く、有っても六十万人以下の母集団に細分化され、これ以上顕現者を持つ国が現れる可能性は低いとされた。
アフリカは要注意地域とされた。
ただし、やはり民族の母集団となると小さいか、伝統そのものを破壊され植民による人口の増加などで伝統に基づく愛郷心に至らない地域、国がほとんどとも考えられた。
中近東は最も慎重な情報統制が求められる地域と考えられた。
伝統もあり、団結力もあり、人口増加の勢いも旺盛で、かつ民族間、宗派間の相違による武力闘争の絶えない地域にこそ、国際連盟に基づく治安維持の切り札として徹攻兵は活用されるべきで、混乱の中をある特定集団が覇権を取るための手段として活用されるべき力ではないとして整理された。
東亜は、表だった国際間の紛争は少ないものの、候補となる国はあると見られた。
タイ王国のように、枢軸国側に組するも、最終的に日本に弓引いて国際政治をすり抜けた国には顕現者は現れないだろうと予言された。
ただ、インドネシアのように日本の敗戦後も残存する日本兵の支援を受けて独立を勝ち取ったような国には、徹攻兵が現れ、その場合地域の軍事的均衡を乱すと想定された。
中国、インドの二つの人口大国も警戒すべき地域ではあった。
考察の結果インドの場合、カースト制度が伝統として根付いてしまっており、負けを強いられる関係性ではなく、溶け込んだ関係性と評価されるのではないかと予言された。
それに対して中国の場合、ウイグル、チベットと二つの大きな人権問題を抱えており、ネイティブ・アメリカンやオーストラリア先住民の例のように、この母集団から顕現者を出す可能性は極めて高く、中近東に次いで慎重な扱いが求められる国と整理された。
「ともかくも、これ以上我々が手を広げるのではなく、この力の平和的活用を考えねばなりませんな」と報告をまとめたフランスの政治家はアメリカ、イギリス、ドイツの各国に自国の存在感を示してみせた。
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