第032話 敗北者

 ドイツ民族、ネイティブ・アメリカンとオーストラリア先住民に共通し、レユニオンの民に足りないものは何かの考察が進められた。

 各国の顕現者の身体的特徴、生理学的特徴は徹底的に調べられたが、学術的に意味のある共通事項は見いだせなかった。

 血筋、も検討されたが、そもそもオーストラリア先住民は混血が繰り返されていたし、ドイツ民族だってイギリス、フランスを含めた欧州諸国民と血のつながりが無いわけでもない。

 そこで顕現者の行動特性に目が向けられた。

 真っ先に上げられた共通特性としては、郷土愛が強いことがあった。

 生まれ育った共同体に愛着を持ち、自らの根源に思いを馳せる傾向は共通してみられた。

 ドイツ民族、ネイティブ・アメリカンとオーストラリア先住民に有って、レユニオンの民に無いもの、それは有史以前の歴史だった。

 とはいえ、愛国心があって、自分の歴史に興味がある若者なら、各国の軍隊にありふれていた。

 もう少し、何か手がかりはないかと模索する中でたどり着いたのが、神を盲信しない姿勢だった。

 かといって否定するわけでもない。

 聖書の悪魔は正義を語る。

 有史以来、人は残酷なことをする時ほど正義を背負って実施してきた。

 全肯定は全否定につながり、正義は人の判断を狂わせる。

 その意味で、権限者達は正義と距離をあけることのできる者達だった。


 取り組みは次の一手を考える段階に来ていた。

 特に、自国に徹攻兵を直接持たないフランスの焦りは強かった。

 フランスは、アメリカ、イギリス、ドイツに徹底した情報統制を求めた。

 さらに、特に要注意すべき国や地域として、複雑な人権問題を抱えながら一個の独立した経済圏として成り立とうとしている中国、二度の大戦の禍根から紛争問題を抱えるバルカン半島、アラビア半島、朝鮮半島の各地域、民族支配と国境線の混乱が貧困に拍車をかけ一度紛争に火がつくと鎮火が難しいアフリカ大陸、近年も紛争と混乱が絶えない中近東地域の各国には、徹攻兵の存在すら知られてはならないと主張してきた。

 一方AWー02という隠し球を持っているドイツは、顕現者の特性を理論化することができれば、自国内での顕現者の教化に道筋がつき、情報を共有した各国の中でも一歩先んじた地位を維持できると考えていた。

 アメリカは、ネイティブ・アメリカンという自国内の神経質な民族問題から離れて、より広範な範囲から顕現者を効率良く見つけ出す方法に筋道を着けたいと思っていた。

 イギリスは、連邦構成国家に徹攻兵を見いだしたことで、まさにフランスが上げた地域に投入し、混乱からの介入を計ることで今世紀も連邦構成国家を増やせるのではないかともくろんでいた。


 次の調査対象を関係各国の手の届く範囲にとどめるか、それともまだ見ぬ他国に求めるか、それを検討するためにも、決め手となる手がかりが欲しかった。

 各国の代表が集まり協議を重ねた。

 優秀な人材を揃えたが結論を出せずにいた。

 ドイツの研究者は言った。「もう少し、なにかこう、顕現者同士の確実なつながりを見いだせませんかね?」

 アメリカの軍人はうなった。「こうも情報が多いと、返って何が近しいかを見失いそうですな」

 イギリスの官僚は窮した。「ドイツにあって我々には無いもの、ネイティブ・アメリカンにあってアメリカ国民に無いもの、オーストラリア先住民にあってマオリに無いもの、何だろうねえ?」

 そこに、遅れてきたフランスの政治家が椅子に座りながら挨拶をしてきた。「やあやあみなさん、敗北者連合の次の一手はどうなりますかな?」

 フランスの政治家は同時に三方向から「それだ」と指さされ、さすがにたじろいてしまう。「どうされたんです皆さん?」

 先の大戦で、枢軸国の中核を担ったドイツは次々裏切られ最後は一カ国で欧州と対峙することになった。

 ネイティブ・アメリカンは本来の郷土を追われ、特定の保留地に追いやられた。

 オーストラリア先住民は狩り殺されて滅びを垣間見た。

 その誰もが、失地を回復出来ずにいた。

 手痛い負けを喫し、集団の中で負け続けた存在を強いられる。

 形は違えど、ドイツとネイティブ・アメリカンとオーストラリア先住民に有って、他に無いものはこの、惨めな立場ではないかと考えられた。

 各国の顕現者は、特に最初の顕現者は、昇進が極端に遅かった。

 思想特性や、周囲の利用の仕方に難があると評価され、古参兵でありながら年下の上官を持つことが共通する特徴の一つと言えた。

 仕事ぶりはまじめそのもので、昇進も含めた自らの向上への熱意を諦めた者では無かった。

 これもまた、顕現者の特性ではないかと考えられた。

 「ふむ、一言で言うと、不当な負けを強いられている者、ということですかな」とはフランスの政治家からの言葉だった。

 当事国であるドイツからも、人権問題をかかえるアメリカからも、盟主としての君臨を今なお続けるイギリスからも出にくい言葉であった。

 その考えを受けて、ドイツの研究者は次の研究対象として、ドイツと同じくドイツ語を使いドイツ民族で構成されるも第二次世界大戦当時はドイツに併合されていただけとして戦後敗戦国としての扱いを免れた隣国オーストリアを押した。

 イギリスの官僚は、フィンランドとソビエト連邦に挟まれ、当時フィンランドと供に枢軸国側に立脚し、フィンランド降伏後も徹底抗戦を続け、やがてソ連との休戦にいたるもドイツ降伏までドイツに弓引かなかった唯一の国ゼライヒ女王国を押した。

 アメリカの軍人は、大戦を最後まで戦い抜いた結果全世界から宣戦布告を受けた日本を押した。

 関係各国には、できる限り北大西洋条約機構加盟国の中で収めたいという意思があった。

 しかし各国とも思惑が混ざり合い、選んだ結果は異なるものであった。

 フランスの政治家は最初その点を指摘したが、オーストリアに顕現者が現れず、ゼライヒに顕現者が現れれば顕現者の法則は心理的なものと整理され、その場合、今一度心理的な取り組みから自国内に顕現者を見いだせる道が見つかるかも知れないと考えた。

 しかし「日本は遠すぎますし、なによりスパイ活動防止法も整備されていないなど信頼するには足りぬ相手ではありませんかな」と難色を示した。

 これに対してアメリカの軍人の用意した答えはこうだった。「東京のほど近くにキャンプ座間というアメリカ軍と日本軍の共同の基地があります。

 これは極東有事の際にはアメリカ陸軍の総合司令部をになう組織です。

 この、キャンプ座間を中心にアメリカ陸軍の監視の下、徹攻兵の取り組みにあたらせます。

 こと国際問題となると、注意深く扱うものなのですよ、日本という国は」

 代表団の間だけでなく、各国とも持ち帰った上での紛糾はあったが、顕現者の特定にいたる最後の一手として三カ国への情報開示が決まった。


 東の守りこと、オーストリアでの調査は、失敗に終わった。

 スヴェンによく似た、戦前の体制を肯定的に評価するような被験者も候補に入れたが、能力は顕現しなかった。

 湖の国こと、ゼライヒでは、比較的早期に顕現者が現れ、その後も着実に顕現者を増やしつつあった。

 東ヨーロッパへの天然ガス供給を一手に受けるロシアへのくさびになると考え、イギリスはゼライヒへの協力の姿勢を示すと供に、フランスも支援の姿勢を崩さなかった。

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