第028話 光条武器戦の想定
射撃訓練を終えた六人は、各々撤収の準備を整えると、コンテナの位置まで戻ってくる。
輝巳と遊は百二十八センチの、他の四人は六十四センチの、柄に蛍光テープの巻かれていない工業刀を手に取る。
信世が「念のため、光らないことを全員確認して」というので全員、昨晩と同じように意識するが誰の刀も光らない。
そこで遊が声をかける「信世、ちょっといいかな?」
「なによ」
「俺なりの考えを、みんなに説明してみたい」
信世は、ふう、と一息つくと「お願いしようかしら」と伝える。
「輝巳、つきあって」
「おう」
「構えて」
「こうかな?」
素人なりに、輝巳は両手で剣を持つと、前に構える。
刃先を重ねるように遊も構える。「おそらく、光条武器の戦闘はこの形から始まる。この時点で納刀していたり、非発光だったら既に死亡が確定したようなものだと思う」
そして遊は真上に振りかぶる。「真剣での戦いは、この形もあるとは思うけど、普段慣れてないと、どうしても相手の動きを見てから動くから出遅れる」
遊は今一度刃先を重ねるように構える。「この形で一番早いのはこうして」
遊は一歩進むと、輝巳ののど元に切っ先を近づける。「相手ののど元を打突する突きだけども」
その状態で既に、輝巳の構えた刀は遊の肩にかかっている。「この通り相手の光条武器も自分にかかってる。
仮に突きが成功しても、相手が振り下ろしてくれば」
輝巳は、遊の意図を察して、そっと刀を遊の左肩にあてる。
遊が続ける。「卵の殻を割る要領で自分の体が切られるだけだ。
輝巳、今度はゆっくり突いてきて」
二人、今一度刃先を合わせて構えると、輝巳が一歩進む。
遊は下から頭の高さまで柄を上げるようにして輝巳の刀を押し上げる。「相手が突いてきたらこうして、相手の光条武器を十分すぎるほど離してから」
遊は刀を振り下ろしつつ一歩進む。「こうして、相手を斬りに行く。輝巳、受けて」
輝巳が押し上げられた刀を下げると、つばぜり合いの格好になる。
遊の説明はまだ続く。「この形に入ったら、一瞬だけでも相手の動きを止められる。
ここから、相手がもがくようなら刀を上下に動かしてでも」
遊はそういうと、少し左に刀を傾けて上にスライドしてみせる。「とにかく相手の動きを封じる。
この時大事なのは少しでも自分に迷いがあったら、迷わず後ろにジャンプして距離を取ること。
逆に相手の動きを封じられるなら、〇・一秒でも長く維持する。
で、パートナーはラインメタルを相手に撃ち込む」
皐月が手を挙げる。「質問があります」
遊が刀を下ろすと、輝巳も刀を下ろす。
そして遊が受ける。「何でもどうぞ」
「二対一での戦闘が前提のようですが、一対一とか、二対二の場合はどう処理しますか」
遊はよどみなく答える。「逃げる、とにかく距離を取る。
そして相手方を何とか引き離して、二対一の二回戦に持ち込む。
持ち込めないなら引き上げる」
皐月が食い下がる。「それでは、作戦目標を達成できない可能性があります」
遊の言葉には迷いが無い。「構わない。
そもそも光条武器を携行した徹攻兵に同数の徹攻兵を当てる時点で、その作戦は失敗している。
徹攻兵の使いどころは対徹攻兵戦の損耗品としてだけじゃない」
堅剛が口を挟む。「むー、遊はそうはいっても、皐月ちゃん達は本職な訳で、上の命令には従わざるを得ないんじゃない?」
遊は一息吐く。「いい方が悪かった。
逃げるといういい方は取り消すよ。
うん。
距離を取る、とにかく二対一の二回戦に持ち込む、が、俺の中の正解だ」
信世がまとめに入る。「遊の正解だけが正解とは限らないけど、いずれにしても徹攻兵の世代更新は急務ってことね。
さて、出力の近いもの同士、実際の近接戦闘を想定した訓練に取りかかって下さい。
遅乾性の蛍光塗料を刀にスプレーしたら、摸擬戦に取り組んで」
そこからの一時間、宇、堅剛、明理、皐月は異常なものを見た。
最初に気がついたのは堅剛だった。「なあ、あいつ等ずっと続けてないか?」
堅剛の目線の先には輝巳と遊がいた。
それは、遊の小手調べから始まった。
輝巳と遊、お互い一礼してから刀の先を合わせる。
正直、輝巳の刀を下にはじいても、上にはじいても、輝巳の反応は緩慢でいかようにでもつけいるすきはありそうだった。
下に小さくはじく。
下ぶれする。
輝巳が戻そうと上げてくる刀を改めて上にはっきりとはじく。
輝巳の刀がぶれる。
そのまま一歩踏み込みさらに輝巳の刀を押し上げる。
十分に輝巳の刀が開いたところで、飛び退くセンスが欲しいと思い、向かって右のカメラレンズに向けた突きを出そうと振り下ろす刀に一歩下がった輝巳の刀がまとわりついてきてそのまま右下に押し払われる。
あれまと思い刀を下から回り込ませて、輝巳の刀を右に払う。
またも光条武器戦を想定した十分な位置まで払ったら、がら空きになった脇腹に向けて右から左に当てようとする刀に上から回り込んできた輝巳の刀が縦に構えられて今一度右に押し出される。
一旦離れて刀の先で上に、下に、フェイントを重ねながら徐々に近づく。
遊が上に誘えば上に、下に誘えば下に、輝巳の刀は子供のようについてくる。
開く。
攻める。
回り込まれる。
改める。
誘う。
ついてくる。
その勢いで開く。
十分すぎることを確かめて攻める。
まとわりつかれる様に回り込まれる。
距離を取る。
詰められる。
誘いには釣られてくる。
その流れを活かして開く。もっと開く。
返す刀に本気が乗る。
回り込まれてせめぎ合いになる。
刀を滑らせて構えを変える。
力がかかりすぎて火花が飛ぶ。
踏み込むように押し込むと思い切って後ろに飛び退き距離を取る。
二人の剣劇は徐々に速度を増していく。
とにかく輝巳の刀は遊の誘いを読み切れない。
それどころか開いてしまうのは輝巳の刀。
それなのに遊が攻める時には必ず刃を立てて回り込んでくる。
そして幾ら遊が踏み込もうとも刃を輝巳の装甲にたてることは出来ない。
いつの間にか宇も堅剛も自分たちの刀を下げて輝巳と遊の行く末を見つめてしまっている。
そんな二人に気がついた明理と皐月も、二人の目線が輝巳と遊の攻防に注がれていることに気がつくと、つい、自分たちの刀を止めてしまう。
輝巳も遊も体力は使っていないのに呼気が荒くなる。
決して乱れているわけではないが、吐息の勢いがマイクに回り込みノイズになって全員に響く。
信世が割り込む。「そこまで、訓練時間終了です。
使用した資材をコンテナに収容し、皆さんは予定集結地点に移動して下さい」
輝巳と遊はお互い飛び退くと、刀を下げて一礼する。
輝巳が笑う。「ダメだー、全く攻め込めない」
遊も笑う。「一切触らせないだけでも恐ろしい。お前さん何者だ」
輝巳が転がっていた蛍光塗料の缶を拾いながら言葉を選ぶ。「うーん、お告げがあった」
遊がいぶかしむ。「お告げ」
「やばいって思うより前に、こう来るよってお知らせがあって、やばいやばいと慌ててたら時間切れになった」
遊がまた笑う。「なんだそれ、ちょっと何いってるか分からないんですけれども」
宇と堅剛の賞賛の声が輝巳の胸に堪える。
仕事でこう言われたいなあ。
明理は、不思議なものを見た気がして考え込んでしまう。
皐月は、美しいものを見た気がした。
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