第026話 休眠
北海道東部の日の出は早い。
空が白み始める前にヘリポートに向かう。待機していたヘリコプターに乗り込むと、夜明け前の帯広駐屯地に着陸する。
ヘリコプターが格納庫に収まると、ようやく降りることが出来る。
そのまま、格納庫の隅っこで、他の隊員の迷惑にならないか気を使いながら装甲を外す。
整理整頓は自衛隊員のたしなみ。
民間人である四人も、そのくらいのわきまえはある。
男性陣はここでアンダーアーマーまで外してしまうが、女性陣はアンダーアーマーを着たまま「ありがとうございました」「失礼します」と庁舎に向かう。
宇が呟く。「重いのに元気だねー」
堅剛が答える。「若いからな」
四人、用意されていたレンタル品のスウェットを着込むと庁舎に向かいシャワーを借りる。
着甲していると緊張もするのか元気でいられるが、くつろぎモードになると持たない。
誰しも、歳のせいだとは思いたくないが庁舎のベッドを借りると睡眠を取る。
夕方前、少し早めに起き出した輝巳は、顔見知りの隊員に声をかける。「インターネットで動画を見られる端末は借りられますか?」
「それはちょっと、無いんですよ。無いと言うかお貸しできないんです。
あー……、私物のスマホならお貸ししましょうか?」
輝巳も気が引ける。「いやいや、それはちょっと恐れ多いといいますか、人様のスマホはお借りできないです」
相手には、自分が民間人であることも、徹攻兵の教官であることも知られている。
それだけに、無理な気を使わせてしまっているのではないかと申し訳ない気持ちになる。
「なにか、調べ物でも?」と、腕時計を確認しつつさらにたずねてくれる。
輝巳も、自衛官という官僚が訓練ばかりではなく大量の事務処理を抱えていることを知っている。「大丈夫です。お心遣い感謝します」
隊員は、何かあれば、またお声がけ下さい、と言い残して去っていった。
借りているベッドに戻る前に、飲み物が欲しくて自販機スペースに行く。
とはいっても財布は座間に預けてある。
なにも買えないのだが、決められた食事の時間まで、間をもてあましてしまいつい向かってしまう。
すると遊も宇も堅剛も集まっていた。
「だよな」
宇が「うん」とうなずく。
輝巳は気になっていたことを思いきって聞くことにした。「なあ遊君?」
「んー」
「光条武器のためには、剣道覚えた方がいいのか?」
遊は答えを考え込む。「んー」
そして答える。「正直俺も、悩んでる。悩んでるっていうか困ってる」
堅剛がたずねる。「むー、どうした?」
「正直、剣道も、真剣を使った居合道も、そもそも刀という武器自体、光条武器と違いすぎる」
宇がたずねる。「どういうこと?」
「光条武器はあまりにも強すぎる。
刀として見たら化け物だと言っていい。
そもそも刀に対して対抗できる防具として、鎧や盾が生まれてきて、それで初めてチャンバラが成り立つようになっていたのに、光条武器は装甲服を簡単に破ってくる」
遊は、考えながら喋っているため、少し間を開ける。
「そもそも剣道は一本を決めるスポーツだから、防具に竹刀を当てながら間を開けたりすることもある。
そんなことしたら、光条武器の場合お互い肩からざっくり行くだけだ。
剣道ののりで一本を取りに行ったら、自分も相手の光条武器で致命傷を負う。
相打ちにしかならない。
かといって剣道自体捨てたものでもない」
また、間を開ける。
三人、黙って遊が口を開くのを待つ。
「んー。
剣道って読み合いには役立つというか。
そもそも押し斬りなんだ」
輝巳が割る。「ん、押し斬りって?」
遊が、右手と左手を前にして、竹刀を持つ構えを見せる。
右手のこぶしを上に、少し間を開けて左手のこぶしを下に構えて両手を前に突き出す。
「こうやって、竹刀を前に押し出した姿勢で相手に向かっていくのが剣道だとしたら、刀で本当に斬る居合道は引き切りといって」いいながら遊は両のこぶしを左の腰の位置まで下ろす。
「こう、包丁で刺身を切るように、如何に美しく斬り抜くかを鍛錬してる」
なるほど、と三人うなずく。
「刀で本当に斬るためには引き斬りである必用があるから、実践的なのは居合道だけど、光条武器に引き斬りは必要ない。
となると剣道の押し切りの姿勢は光条武器でも役には立つかと思うんだが、それだと相打ちになる」
そこまで語ると遊は腰に両手を当て、目をつむって上を向き、大きく息を吐く。
「手詰まりなんだよ。
あんなもの、どうしたらいいのか。
防具を全く無効化する刀なんて化け物、これまでこの世に存在しなかった。
戦国自体の主兵器は槍だったとは読むけど、改めてなるほどなと理解したよ。
せめて、槍の距離が欲しい。けれど、一八式でも百二十八センチが限界だからどうにもならん」
堅剛が話しを聞きながら腕を組み、右手を顎に当てる。「むー。結局どうしたらいいんだ?」
遊が答える。「そうさな、まず素人が振りかぶるのはすきがでかすぎる。
横に切るのも縦に切るのもすきがでかい。
一気に間合いを詰めてのどを突き抜くのが効果的だが絶対じゃあない。
当然、相手も突いてくるし、それにアニメと違って人間、のどを突き抜かれても即死する訳じゃない。
動けるうちは反撃してくる。
反撃食らえば相打ちになっちまう。
そこで、剣道の読み合いが活きてくる。
いつでも相手の太刀筋に対応できる高さを保って、最小限の動きで出来るだけ大きく相手の刀を払う」
宇が笑う。「無茶言うな」
遊も笑う。「でも、そうしなければ相手の光条武器がお前さんを傷つける。
そして対応してきた相手となんとしてでもつばぜり合いに持ち込む」
輝巳がうなずく。「ふむ」
遊は至極まじめな顔で続ける。「そしたら他の誰かがラインメタルを撃ち込んで始末する」
宇が笑う。「卑怯じゃん」
遊はまじめな顔を崩さない。「卑怯じゃない。
確実に相手にするなら体を引いてかわし続けて相手のすきをうかがいつつ、ここぞというところで飛び込んでつばぜり合いに持ち込んで止める、そしてそこを狙うのが現実解だと、思う」
三人、話しを聞いて考え込んでしまう。
果たしてそれは自分に可能なことなのか、と。
遊が続ける。「案外、古武術の方が競技化していない分、実践的な動きが見つかると思う、ただ」
輝巳が問う。「ただ?」
遊が言葉を選びながら呟く。「道着を着ているとか、相手の手首なりをつかめるとか、金的を打って痛みでひるませるとか、どれも徹攻兵相手には通用しない条件なんだな。
抜き身の状態で始まる、触れただけで致命傷の刀での戦いに相打ち以外の答えなんてあるのか」
宇が時計を確かめて、時間だね、と告げてくる。
四人、食堂に向かう時の口数は少なかった。
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