第025話 展示訓練

 ここからは、飛んで走っての繰り返しになる。

 徹攻兵の動作は、体力勝負というわけではない。

 むしろ日常動作と同じ気軽さで、驚異的な運動能力を発揮するところに、徹攻兵の兵器としての価値がある。

 輝巳は普段運動もせず、鬱で土日は寝込むばかりだが、着甲時は一時間でも二時間でも、平気で連続走行できる。

 走行速度も驚異的で、〇六式で時速九十キロ、一八式では時速百二十キロの速度で連続走行する。

 これは中の本人が力んでも、リラックスしていても変わらない。

 四人とも、最初のうちこそ力んでもいたが、二十年以上装甲服と付き合ううちにすっかり馴染んでしまっていた。

 姿勢こそ前傾姿勢は取るが呼吸も乱れず、散歩するのと変わらない気安さだ。

 これに追従する明理や皐月は違う。

 〇五式の運用をつうじて、時速七十二キロでの一時間半の連続走行には慣れている。

 当然、〇五式を身につけている時は、二人とも体力向上のためではなく、出力確認のために走っているだけで、決して走り込んでいるわけではない。

 しかし、教導役の輝巳達と併走すると、自分たちの出力が規定に達していないのがわかる。

 輝巳と遊が一分で二キロを走りきるところ、皐月は七十五秒かかってしまう。

 宇と堅剛が、八十秒で二キロを走りきるところ、明理は八十五秒かかってしまう。

 お互い、行ったり来たりを繰り返す。

 慣熟に要する時間は人それぞれで、輝巳のように、〇五式の運用を成功させた翌年の末に、〇六式の運用を完了させたこともあるほど、順応性の高さを見せるものもいれば、これまでほぼ全員が〇五式止まりだったように、なかなか壁を破れないこともある。

 そんななか、明理も皐月もようやく壁を越える素質を見せたこと自体優秀ではあるのだが、出力の不足を見せつけられると、何とかしたいと思う。

 自然と、力む。

 二人の呼吸が荒くなってきたのが、ヘッドホンから伝わってくる。

 信世が休憩を挟ませる。「ふたりとも、すこし息を整えましょうか」

 明理が答える。「平気です」

 皐月も返答する。「まだ、続けられます」

 信世が諭す。「でしょうね、でも体力を使っても無駄なのよ。

 あえて言います。

 体力を使っている時点で欠格です。

 五十手前の運動不足のおじさん達に、普通科の訓練にも参加することのあるあなた方がたどり着けない、なぜ、を考えて下さい。

 十数年も九八式を運用する間に、一佐になっちゃった顕現者もいるのよ。

 いま、〇六式と一八式を運用できている自分を認めてあげて」

 明理は天を見上げ、皐月は横を見つめる。

 明理が呟く。「何なの?」

 皐月が受ける。「ほんとう、ですね」

 明理につられて、輝巳は空を見上げると、顎の留め金を外しマスクとゴーグルを上げる。

 「寒っ」

 遊が笑う。「なにしてんだよ」

 輝巳が答える。「星が見えるかなって」

 切れ切れの雲の向こうに、星々がきらめく。

 「何なんだろうなあ?」雲の切れ間に輝く火星が、輝巳の瞳をひときわ引き寄せた。


 全員、一息を入れると、跳躍や光条推進の継続時間の訓練に移る。

 報告書にもあったとおり、明理は〇六式で三十四メートルの高度に達し七割の出力を、皐月は一八式で四十八メートルの高度に達し二割の出力を出してみせる。

 そこに君の限界は無いんだよ、ということを示すためにやっているのだが、おじさん達はなんだか、大人げない気分になってくる。

 かといってヘッドフォン越しに伝わってくる二人の息づかいが真剣で、なまじ優しい言葉をかけるのもためらわれる。

 真っ先に音を上げたのは輝巳で、ふーっと長いため息をつくと「やりずれーなぁ」と苦笑い。

 それを受けて宇も「だよねー」と苦笑い。

 「なにが悪かったでしょうか」と即座に聞いてくる皐月に、輝巳は「違うよ」と答える。

 「お互い、当たり前の事をしているだけなのに、なんだか大人げなく得意げになってるような気分になってさ、仕事もへたくそなのに家庭も持ってるだめおじさんが、若い子相手になに粋がってるんだろうなって気分になってさ」

 皐月が納得する。「なるほど」

 輝巳が軽口を叩く。「そもそも二人とも、もてるでしょ?」

 明理も皐月も、よどみなく「はい」と返事をする。

 二人、見つめ合う。

 すると「すげえ、息ぴったりじゃん」と遊と堅剛の声が揃ってしまい、宇が「お前たちのほうがぴったりじゃん」と即座に指摘し、六人の間に一体感のある笑いが生まれた。

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