第022話 移動

 小隊長をつとめる信世を指揮所のある座間駐屯地に残し、大型の幌で覆われたトラックに乗り込む。

 早速、一人ひとりの通信状態のチェックが始まる。

 クリスタルを介した音声会話、視覚通信は、第三世代型の〇六式以降では母語の通じる領土内であれば電波状態、機器の故障状態にかかわらず成立することが明確になっている。

 とはいえ、精密な電子機器であるヘッドマウントディスプレイには各種センサー類から得られる数値など、徹攻兵の感覚だけでは済まされない情報が表示される。

 更には、一人ひとりの情報は細かく記録され、保存され、時に幕僚の想定計画立案に利用されることもある。

 このため、機器の機能のチェックも兼ねて信世が一人ひとりの通信状態をチェックする。

 信世の指定で最初のチェックが遊からはじまる。

 空き時間が出来てしまうことを嫌って、輝巳が問いたずねる。「二人はさ、この力のこと、どう考えているの?」

 明理がたずねる。「ご質問の意図が分かりかねます」

 皐月は、はあ、と目をそらす。

 堅剛が割ってはいる。「むー、輝巳はさ、二人の認識を確認してるんだよ」

 輝巳がそれを受ける。「結論だけ先に言うと、二人の適正がどこまで伸びそうかを確認したかったんだ。

 ほら、誰でも引き出せる能力じゃないじゃない。

 何で自分には適正があったんだと思う?

 今後どう向き合っていきたい?」

 明理と皐月、視線を交わすと明理から話し出す。「私は嘘をつきたくないし、出来もしない約束もしたくありません。

 それでも、いつかは最新世代に対応してみせることで、私自身の目的にたどり着けると思っています」

 輝巳が聞く。「目的って?」

 明理が答える。「私自身の大切な人を守る、です」

 輝巳が重ねてたずねる。「なぜ、自分に適正があったと思う」

 明理は、その質問には眉間にしわを寄せて答える。「尾形さんは、御自身でどうとらえているんです?」

 輝巳はつまらなさそうに呟く。「輝巳でいい」そして苦笑いして続ける。「先に聞かれちゃったか。

 別にクイズでもないし、俺自身の話しからすると、正直、謎すぎる、っていうのが答えかなあ。

 で、明理ちゃんはどう思っているの?」

 明理は、顎に右手の人差し指を当てて考える。「誕生日が、六十四の倍数に当たることが要件だということは聞きました……。

 いえ、これでは教科書的すぎて、ご質問の答えにはなっていませんね。

 なぜ、かはこれまで、あまり振り返らなかった気がします」

 輝巳は、ふーん、とうなずく。「じゃあ今度は皐月ちゃんだ」

 皐月は輝巳の目をにらみ返すように即答する。「分かりません」

 そして続ける。「ただ、いつも思うんです。 

 なぜ、今更なんだと」

 輝巳は良くわからなくて無防備にたずねてしまう。「どゆこと?」

 皐月は、はあ、と嘆息すると視線を床に移して答える。「震災孤児だったんです」

 宇と堅剛の視線が輝巳に刺さる。

 輝巳も、あからさまに、失敗した、という顔を作ってしまう。

 それで結婚も早かったのかもなー。

 トラックは厚木基地に入り、Cー2輸送機に乗り込む。

 遊は計器類のチェックを終え、今度は宇の番になる。

 輝巳が口を開く。「ちょっと、おじさんのグチっぽくなっちゃうんだけどさ、長話に付き合ってもらえるかな」

 明理も皐月も、黙ってうなずく。

 「俺の認識では、俺たちはその、中学のいじめられっ子グループというか、いじられっ子グループみたいな感じだったんだ。

 ちょっと気弱で、周りとうまく合わせることが出来なくて、だけど、このメンツで話し合うのは落ち着いて。

 大人になるにつれて、みんな生き方を覚えていったけど、俺だけは未だに人付き合いに迷いがあって、右往左往していてて、この年で平社員やってるんだよね。

 だから、この力を使う時も、何でだよ、何でこんな日陰者の力だけ使えるんだよ、って思ってる」

 一つ、区切る。

 「張り切って、慣熟訓練に取り組む徹攻兵達を何人も見てきた。

 でも、仕事が順調な人ほど今の状態から伸びないというかさ、教えていて手応えのなさを感じていたよ。

 これは俺だけの持論なんだけど、この力に対する戸惑いとか迷いがないと、絶対的な自信や自負を持っているほど顕現しないと思っている」

 話しを聞いていた遊が割り込む。「そのくせ、この力について、出来る、っていう自覚がないとやっぱり出ない。

 どこまでも矛盾をもった人間らしさが求められる理想像なんじゃないかと思うよ」

 堅剛が話をまとめる。「むー。結局、何が答えかはみんなたどり着いていないんだな。

 もしかしたら案外、世代を上げるコツをつかむのは、明理ちゃんとか皐月ちゃんになるかも知れないね」

 明理と皐月、目線を交わす。

 明理が薄くほほえんでみせるのに対して、皐月は目線を下に向け、はあ、と嘆息してみせる。


 通信チェックをしている遊を残して五人、兵員輸送車を降りると落下傘降下の準備を始める。

 支援要員と一緒に落下傘の装着を始める。

 一八式は正味の話し、高高度からの降下でも、光条推進を使えば落下傘など不要なのだが、これも訓練のうちと使用する。

 明理と皐月は着甲したまま初めての落下傘降下となるため、支援要員とのタンデムジャンプとなる。

 通信チェックを終えた遊がトラックから降りてくる。

 交代に、堅剛が通信チェックに入る。

 落下傘の装着を終えた、遊、宇、輝巳に今回の資材コンテナの内容が説明される。

 実弾入りのラインメタル、小銃、標的幕はいつもの通り。

 今回は三十二センチ、六十四センチ、百二十八センチの工業刀が納められており、柄に蛍光テープの蒔かれたものはクリスタル入り、蒔かれていないものは訓練刀で、遅乾性の蛍光スプレーを塗布して訓練するよう説明を受ける。

 そのほかの空きスペースには、試験溶断用のスクラップ類が納められている。

 フライトの時間はあっという間で、要領良く確認を進めないと間に合わない。

 結局、明理と皐月の通信チェックは駆け足で行われると、支援要員から声が掛かる。「まもなく、予定降下ポイントに到達します」

 「了解しました」と六人、声を揃える。

 会話していた五人全員、頭部前面上部に跳ね上げていたフロントマスク部分を下ろし、留め金をかける。

 「先にコンテナを下ろします、尾形さん、春日さん、搬出の補助をお願いできますか?」と支援要員から声が掛かる。

 こういうとき、重機並みの搬送力をもつ徹攻兵は重宝される。

 かさばる段ボール箱を運ぶ要領で二人で並んで開かれたハッチの縁まで歩み出る。風圧が強いが二人とも全く気に成らない。

 「せーの、はいっ」と放り出すと、落下傘が自動で開きふわふわと降りていく。

 「お二方、春日さんから降下開始して下さい」

 「了解しました、春日、降下開始します」

 遊が、ハッチの縁から降りる。

 それを見て、輝巳が進む。「では、尾形、降下開始します」

 輝巳が、ハッチの縁から降りる。

 続いて、宇、堅剛、と降り、少し間を開けてから明理、皐月の順番で降下する。

 輝巳、遊、宇、堅剛の四人は慣れたもので、着地の瞬間光条を吹き出し、勢いを完全に殺して降り立つと落下傘を切り離す。

 宇、堅剛はコンテナの開封に向かう。

 輝巳と遊は、降りてくる明理と皐月を待ち受ける。

 一八式は最長連続八分間の光条推進が可能だ。

 落下傘降下によるタンデムジャンプでは、普通、背中を下に降下するが、それでは補助要員を怪我させてしまう。

 そこで降下直前に飛び上がり、二人を抱きかかえるように支えると、輝巳は光条推進をうまく利用して勢いを殺し、立ちあがったまま明理を下ろす。

 装甲服越しでも、相手が若い女の子だと思うと緊張する。

 お仕事、お仕事、莉央さんごめんなさい。

 皐月じゃなく、明理を担当したのは他人には全く意味がないのだが、輝巳なりの妻への気遣いでもあった。

 明理は素早く補助要員を下ろす。

 補助要員が敬礼してくる。「降下、完了しました」

 明理が返礼する。「降下補助、ありがとうございました」

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