第021話 着甲
一通りの説明が終わると、一行は夜間訓練の準備に取りかかる。
徹攻兵の存在は何より民間に対する機密扱いとされ、金曜から土曜にかけての夜間と、土曜から日曜にかけての夜間に行われる。
庁舎の食堂で夕食を取りながら、輝巳は、こういう無茶、後何年出来るんだろう、と自分の年齢を振り返る。
五人の中で、一番大人な堅剛が皐月に話しかける。「俺たち、中学からのつきあいなんだ」
皐月は興味なさそうに「はあ」と答える。
着甲時強化現象の顕現者の傾向として、人付き合いの悪さがあるのは堅剛自身がよく知っている。
だから気にせず用件を続ける。
「二人で一班、二班で四名に作戦の中継役の小隊長を加えて、五名で一小隊になるわけだけど、アルファチームとか、ブラボーチームとか煩わしいいい方せずに、直接名前で呼び合ってるんだ。
むー。だから相原三曹のことも、皐月ちゃんって呼んでいいかな?」
「はい、構いません」と、無愛想に答えてくる。
その話しを受けて輝巳も明理にたずねる。「聞いてた、今の話し?」
「はい。私も明理で構いません」と、明理はそつなく対応してくる。
その上で明理がたずねてくる。「私達は教官の事をなんとお呼びしましょうか?」
輝巳はすこし無愛想に答える。「輝巳でいい」
皐月はもくもくと食べているが、明理は戸惑いをみせる。「さすがに呼び捨てには出来ません」
宇が口を開く。「構わないよ。おれも宇でいいし。あ、でも、遊君のことは、みんな時々君づけで呼ぶね」
堅剛もうなずく。「むー。そうだね、遊は遊君だね」
話しながら輝巳は、皐月の顔をチラ見する。
まつげ、なげーなー。
こんな子もラインメタル振り回すのかあ。
「ほんと何なんだろうな、この力」と思わずつぶやきが漏れる。
目があった皐月が返してくる「分かりません。でも、使えるものは使っていくのが軍事力なんだとおもいます」
明理が同意する。「そうね、教官達が先日示してくれたのが好例ね」
遊が口を挟む。「後味は、悪かったよ。出来ればああいう思いを、君たちみたいな若い子にはさせたくないな」
明理が反論する。「お気遣いは無用です。私も相原三曹も、自分の意思で選択してこの任務に当たっています」
堅剛が割ってはいる。「むー。そうは言っても、自衛隊の仕事は戦闘だけが主な任務じゃないじゃあない。
災害時の復旧支援とか、哨戒だってあるしさ。
あんな事、無いに越したことはないよ」
沈黙がはしる。皐月が耳に髪をかける。
輝巳が口を開く。「戦わずして勝つ、のが用兵の基本なのだとしたら、総火演に出られるくらい普及しないとさ、抑止力としては今ひとつだよね」
それはそうだけど、という空気を察して輝巳が続ける。「だからさ、君たちみたいに世代を上げる顕現者が、もっと増えるといいなって思ってるよ」
信世が口を開く。「さ、食事はそろそろ終わりにして。出発の準備に取りかかりましょう」
装甲服は各人の体格に合わせて用意されるため、共通のパーツはなく全身がオーダーメイドといって良い。
そして着甲漏れがあると機能しないため、所属基地で一度着甲し、装備漏れが無いかを確認してから装甲服一式ごと移動する。
彼らの行っている月次慣熟訓練の場合、少しばかり、流れが違う。
そもそもが、金曜の仕事上がりにオールして、土曜の日中睡眠を取り、土曜の夜から日曜の朝にかけてまたオールする。
流れだけでいえば宅呑みのそれに近い。
そのためスケジュールが窮屈に詰め込まれている。
座間駐屯地に集合しブリーフィングと食事を取る。
そのまま一度シャワーを浴びて着甲する。
強化現象が発動していることを確認して兵員輸送車という名前のトラックに乗り込む。
米海軍と海自の管理する厚木基地に向かい、空自の準備したCー2輸送機にトラックごと乗り込む。
輸送機は北海道東部の矢臼別演習場に向かい、資材入りのコンテナと供に落下傘降下する。
日の出前までに演習を切り上げてヘリコプターで帯広駐屯地に移動すると、格納庫に収まり、そこで装甲服を外す。
駐屯地の宿舎で睡眠を取る。
夕方、日没前に起き出して食事とシャワーを取り、ヘリコプター格納庫の一角で正規の隊員の邪魔にならないように再び着甲する。
日没と供にヘリコプターに乗り込み矢臼別演習場に移動。
前夜、こなせなかった訓練を実施し、未明のうちに切り上げて移動を開始。
ヘリコプターで空自の千歳基地に向かうと、用意されていた兵員輸送車に乗り換え、輸送車ごと待機していたCー2輸送機へ。
広いCー2輸送機内で装甲を外し、アンダーアーマーも脱ぐと、病院の検査着の様な簡易服に着替え、装甲やアンダーアーマーなど装備品一式をチェックしながら各自のコンテナに格納。
朝日と供に輸送車ごとCー2輸送機から降りると、そのまま座間駐屯地へ。
座間駐屯地で訓練を振り返り、午前中のうちに荷物を受け取ると解散となる。
輝巳は、一連の流れの最初となるシャワーを浴び終えると、最後のトイレを済ませ、大人用紙おむつを履く。
首には、支給されたクリスタルのペンダントトップが付いたネックレスを下げる。
その上から弾性ストッキングと長袖の圧着肌着を着ける。次いで、ナイロン繊維の編み込まれた鎖帷子であるアンダーアーマーのボトムを履き、トップを羽織るとファスナーで背中側を留め、また、上下をファスナーで繋いで着込む。
この状態から、内側を複数層のショック吸収剤で一人ひとりの体つきに加工した装甲を着甲していくのだが、この段階で、誰もが気がついていて控えていた一言を輝巳は口にしてしまう。
「なあ、あの子達もおしめ着けて着甲してるんだよな?」
堅剛が答える。「むー、若いなお前さん」
宇が笑う。「変態」
遊があきれる。「……ばかやろう」
輝巳はへこたれない。「いやいや、あの子ら普通にかわいすぎるだろ。
キラキラした服着て歌でも歌ってろって感じでさ。
なんで徹攻兵なんかやってるかな」
堅剛が相手する。「むー、でもまあ、皐月ちゃん結婚してるけどな」
輝巳が驚く。「へ、どゆこと?」
「左手に指輪してた」
「はえー、よく見てるなあ」そーか、相手の男がうらやましいなあ、と考えていると堅剛から追い打ちを食らう。
「お前さん、顔ばっかり見過ぎ」
いやいや、ああいう背の高い美人顔ってタイプでさー、とか、莉央ちゃん背が低いじゃん、とか、くだらない話しをしながら着甲を終える。
重厚感のある〇六式に比べて、一八式はやや細身ながらもたくましさを保った外見と言える。
顔の部分は同じ様式で、多数のカメラが配置されたゴーグル部分と、ガスマスクを応用したマスク部分で構成される。
ゴーグルとマスク部分は一体化され、こめかみの辺りのジョイントで前面に跳ね上げられるようになっている。
ドイツのAWシリーズは避弾経始を考慮した曲面を応用したデザインだが、陸自の装甲服は経費面が考慮され、平面を多用した全体的に角張ったデザインとなっている。
見る者によっては、ドイツのそれはスポーティに、日本のそれはスタイリッシュに見えるかも知れない。
全員、着甲を終えると廊下に出る。
すれ違う他の自衛官から敬礼を受ける。
返礼する時に気をつけなければならないのは、よく周りを確かめてからにすることだ。
気づかず、うかつに通りかかった誰かにぶつかると、良くて打撲傷、悪くて骨折、最悪切断することも可能性として無くはない。
しばらくすると、女性陣が着甲に使っていた部屋から、明理と皐月が出てくる。
輝巳が軽口を挟む。「すごいね、明理ちゃんと皐月ちゃんが着ると、装甲服もすこしかわいらしく見えるね」
明理はまともに相手にせず、「訓練、よろしくお願いします」と敬礼してくる。
皐月は、はあ、と一つため息をついてから、「よろしくお願いします」と敬礼してくる。
堅剛が「はい、よろしく」と返礼する。
輝巳は内心、自分を笑ってしまう。
俺ってつくづく、好みのタイプから相手にされないなあ、と。
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