第011話 手じまい
「どういう艦かの情報はわかる」そういいながら堅剛は、今一度フェイスマスクを下ろす。
「フリゲート艦が二隻、挟まれるようにして揚陸艦が一隻と推察されます。
それぞれの艦上構造と固定武装の位置を送ります」
堅剛はヘッドマウントディスプレイの視界の右下に現れた二つのアイコンの一つを見つめると、視線を正面に戻す。
視線の動きに合わせて視界右下から視界前面にフリゲート艦の艦上構造を示す図が拡大される。
残弾はラインメタル六本、合わせて二十四発、一艦に使える弾は八発。
フリゲート艦の主目標は艦首の百ミリ単装速射砲、対艦ミサイル防御のCIWS、舷側の対潜装備は怖くないとして、問題は甲板上に水平に設けられたミサイルハッチ。
少しでも高度を稼いで、斜め上から残りの六発を撃ち込めば、ミサイルの誘爆は無くともミサイル頭部のレーダー部分を無効化できる、か。
画像右上の閉じるアイコンを見つめて右下に視線を送るとフリゲート艦の画像を最小化し、今度は揚陸艦の画像を同じ要領で拡大する。
艦級自体は、昨晩強襲した揚陸艦と同じ構造だ。
艦首甲板の七十六ミリ単装速射砲一門と、対艦ミサイル防御のCIWSの四門が主目標になる。
残りの三発は回転翼機の格納庫に撃ち込んで、万一飛び上がってくるのを牽制すればよい。
そこまで整理するとフェイスマスクを押し上げて、遊と輝巳に呼びかける。「遊くん、輝巳、いつもの山岳戦の要領で行くよ」
「了解」
「りょーかい」
「ちょっと遠いから、集中してやった方がいい。一人ずついこう。まずは輝巳からいこう」
信世が割ってはいる。「現在、マルナナヨンハチ。徹攻兵、ラインメタルによる対艦攻撃を開始します」
輝巳が思い出す。「そうか、教育効果もあったね」
信世が割り込む。「それはこちらでフォローするから、輝巳は射撃に集中して」
「りょーかい」
堅剛が声をかけてくる。「輝巳、行くよ」
堅剛が、目を凝らす。輝巳がラインメタルを抱えたまま跳躍すると、垂直に発射された弾丸のように上昇する。
八十メートルほど浮上したところで上昇速度が止まる。
そこで足底と背中から黒い影のような光条が吹き出すと滞空が始まる。
輝巳は一つ考えるように目を閉じると、堅剛から目標の意識をもらい、目を開き発射する。
放たれたAPFSDS弾は装弾筒が落下すると弾体だけが毎秒一・六キロの速度で飛翔する。
その間、空気の抵抗、海風の影響、重力の影響も受けながら飛翔し、約十四秒後に隊列を組んで遊弋する先頭のフリゲート艦の主砲本体に着弾する。
その頃には輝巳の体も落下してきており、最後に、黒い光条を吹き出して落下の速度を弱めると、着地する。
堅剛が声をかけてくる。「つぎ、遊ね」
「あいよー」
遊が飛び上がる。輝巳と違うのは、滞空の時に放たれる光条の色が紫色であること。
放たれたAPFSDS弾は、吸い込まれるように最後尾のフリゲート艦の主砲を射貫く。
「つぎ、輝巳」
と、交互に攻撃を繰り返す中、キャンプ座間の指揮所では信世が居並ぶ徹攻兵達に教育を施す。
「九八式でも十メートルくらいは飛び上がれるようになるけど、一八式だとおよそ八十メートルの高度が稼げます。これを利用して、山岳地帯などでは稜線越しの直接射撃も可能となります。
ただ、姿勢の安定のためにも光条を噴出して滞空することもあり、感覚による目標の『感測』には別の徹攻兵の力を借りた方が安定します。
通常であれば一班、二名一組体制で感測者と射撃手に分かれますが、今回の場合は超遠距離という特性もあり、特に感測に優れた堅剛に感測役を任せました。
皆さんが着用する装甲服の世代を上げるのは百回の訓練ではありません。
百回の訓練に裏打ちされた一回の感覚の目覚めがそれを可能にさせます。
どうかこの戦闘を通じて皆さんの一人でも多くに目覚めが兆すことを期待します」
ちょうど、宇が二人の動きを追うように観察しているため、多くの視線が宇のカメラを映すモニターに注がれる。
輝巳も遊も一門四発を打ち切り、次の砲に持ち替えて射撃を続ける。
画像には映らないが、感測を研ぎ澄ます堅剛の脳裏には、着弾の様が思い浮かぶ。
予想外の攻撃に、船上ではダメージコントロール班が走り回るが、正確な射撃はそれを意に介さない。
こうして、全ての弾を撃ち終えると、五人の、長い長い夜が終わった。
宇が信世にたずねる。「もーいーよね?」
「はい、現在、マルハチマルヨン、全ての攻撃行動を終えたことを確認しました。
各自、ジェットスキーに戻り、沖合の護衛艦に帰還して下さい」
北の浜に着岸した輝巳、遊と、南の崖に着岸した堅剛、宇は一旦離れる。打ち終えたラインメタルは、輝巳と遊で手分けして北の浜に運び、回収は本職に任せることにした。
輝巳と遊が水上オートバイにまたがって二人を待つと、島を回って堅剛と宇が姿を見せる。
四人、揃うと遊が切り出す。「あのさ、手だけでも、合わせていかないか?」
宇がうなずく。「そうだね」
四人とも顎の留め具を放し、ゴーグルとマスク部分を上に上げると水上オートバイの上から沈黙する揚陸艦と島に向かって両手を合わせる。
堅剛が切り出す。「行こうか」
こうして、魚釣島を後にする。折しも嵐は去り、雲は切れ青空が広がり、朝日が四人の徹攻兵を照らした。
護衛艦からの戻りは早かった。
翌、三月一日の月曜日の仕事を気にした輝巳の意見に反対するものはなく、護衛艦からヘリコプターで那覇へ、那覇から厚木へ、厚木から座間へ、日曜日の午後十五時には出発時に預けた荷物を受け取ると、車で、小田急線の駅まで送り出してもらう。
細かい事務手続きは全て信世に任せ、残った手続きはまた時間のある時に座間に立ち寄ることにした。
新宿までは四人同じ道のり。新宿で分かれると輝巳は池袋から東武東上線に乗り換え自宅に向かう。
途中、妻の莉央には出張が思いの外早く終わったことを告げていたので、暖かく迎え入れられる。
「大変だったね急な出張で。代休はとれるの?」
「うん、それが月をまたいじゃうこともあって代休は取れないんだよ」
「えー、大変。でも、有給沢山有るんだから、使っちゃいなよ」
「うん、そうだね」と力なく返事。
出張中は睡眠時間ほとんどとれて無くて、と食事もそこそこに布団に潜る。
明けて月曜日
朝一で抗うつ剤とステロイドホルモンの錠剤を飲むと電車に乗り込む。
普段と変わらない日常。
本当に、あんな大それた事をしたのかと疑う気持ちを抱きながら、月初の手続きを進めていると、新任の内藤部長から「ちょっと午後面談できる」と声が掛かる。
突然の呼び出しなんて何だろう。良い話しか悪い話しかと思いを巡らせるとぴんときて人事システムを確かめる。
なけなしの主任の肩書きが外れていた。
内藤部長の話はこうだった。
「尾形さんの降格の話しは半年前から決まっていた。
前の部長からの定時面談の際に説明があるはずだったが、人事システムに通達登録がないので確認したら『内藤さんから伝えると思っていた』との話しだった。
申し訳ないが、いまの尾形さんの働きぶりでは主任を維持できない。
仕事が合ってないと思うので担当替えをする」
ショックだった。
面談を終え、作業に戻り、一段落を付けると喫煙室に向かう。
勤務中だけ、どうしてもたばこに頼ってしまう。
同世代が部長だ事業部長だと出世する中、一向に認められず主任止まりの劣等感を拗らせて鬱病を患っていた。
それが、そのなけなしの主任の肩書きまで外されて一介の平社員の扱いになる。
「俺、この国を救ったんだよな?」
神様、これがその仕打ちですか。
と、信じもしない神に呟くと煙を吐いた。
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