第010話 一息

 輝巳と遊が映し出す映像は、逐次米軍側、自衛隊側にも観測、共有される。

 中国人民解放軍海軍のドック型輸送揚陸艦と島側の陣地が無害化されたことが、日本国政府、米国政府に報告されると事態は一気に動き出す。

 今度は、米海兵隊、及び自衛隊側が先手を取る番となる。

 上陸部隊と連絡が取れなくなり、混乱を来す中華人民共和国側と対照的に、日本国政府は「人道的見地に基づき、我が国国土にて発生した遭難者の援助に速やかに向かう」と発表し、これに米政権が協力を申し出る。

 既に沖縄本島に駐屯する陸自の水陸機動団一個連隊が出動の準備に入り、海自からは訓練のため沖縄近海に出ていたおおすみ型護衛艦が輸送任務を担うこととなる。

 米海兵隊も部隊編成と揚陸艦の手配を平行して整えるなか、空では既に戦闘機によるスクランブル発進にそなえ、最新鋭国産哨戒機Pー1が鹿屋航空基地から東シナ海に上がる。


 二月二十八日午前七時三十分、時折雨が混じる曇り空、寒風吹きすさぶ島の山頂で、四人は次の指示を待つ間、頭部ヘルメットの両目から顎までをおおうフェイスマスクを跳ね上げ、下唇の下まで伸びた鎖帷子入りアンダーアーマーを首元までずらして下げ、適当な岩に腰掛けると、右腰部アーマーの内側から出した非常用携帯食を口にする。

 人の入り込まない原生林は青々と生い茂り水平線を視界から隠す。

 装甲服を着ていると、暑さ寒さはほとんど感じない。

 その分、冬の風が顔を刺す。

 輝巳が切り出す。「こんなに真剣な事をしでかして、オール、しちゃったねえ」

 堅剛が返事する。「むー。出撃前に興奮剤って渡されたけど、アレも効いてるんじゃないの?」

 宇が心配する。「あんなの呑んで本当に良かったの?」

 遊が答える。「アレは穏やかな方。

 ただ、眠れなくなるだけ」

 輝巳が続ける。「薬の効果もあるんだろうけどさ、いつもと違って、こんな風にもオールできるなんて、まだまだ若いって事かな?」

 遊が答える。「ふざけんな、俺たちゃもうジジイだ、ジジイ」

 「ジジイか、四月で俺、四十八だもんなあ。堅剛と宇はいま、部長さんだっけ?」

 堅剛が口を開く「水ある」

 輝巳は左の腰部アーマーの内側から、薄型の水筒を取り出す「全部いいよ」

 「俺は今次長」

 宇が答える「俺は担当部長」

 「そうだよなあ」

 宇が輝巳にたずねる「輝巳は今なにやってんの?」

 輝巳は、うつむいて足下に目線を固定しながら呟く。「主任。

 春から、颯太はやたが中学に上がるから塾に通わさないと行けないんだ」

 「お金掛かるよね」

 「せめて住宅ローンの負担だけ無くなれば、なんとかやってけなくはないんだけど、やって見たらちょっと、割に合わない作戦だったね」

 四人とも、自分がこの夜してきたことを振り返る。

 信世から通信が入る。

 「大枠の方針が決まったわ。

 陸自海自の混成部隊と、米海兵隊がもうそちらに向かう準備に入ってる。

 入れ替わりに、みんなには座間まで帰ってきてもらうことになるけど、その前にもう一仕事お願いできる?」

 宇が笑いながら答える。「こきつかうなあ」

 「接続水域と領海を出入りしている艦が幾つかいるのよ。それらの艦の固定武装を撃ち抜いて欲しいの」

 輝巳が突っ込む「それさ、堅剛の目を借りて、俺と遊くんがやるなら出来なくは無いとも思うけど、対艦ミサイルで処理できる事じゃないの?

 わざわざこのタイミングで、無理してAPFSDSで攻撃して、相手はどう思うだろう。

 結局、徹攻兵の存在を宣伝するんだとしたら、俺たちが今晩やったあの嫌な行為は何だったんだ?」

 「連絡の取れなくなった遭難者の支援に向かったところ、中国側からの攻撃がありやむなく反撃、敵性部隊は全滅、漁民はおらず、全て兵士だったことが判明、爾後、日米両軍は魚釣島を中心に暫定部隊を駐留、漁民保護の体制を維持するとともに、今後の体制維持のため独立した部隊の駐留を進める、というのが今描かれているシナリオなの。

 ここで追加の艦が来て、日米両軍と本格的なドンパチ始められたら元も子もないのよ。

 対艦ミサイルでは相手の被害も大きすぎる。

 船を沈められたら相手も次の手を打たざるを得なくなる。

 その点、戦車砲の砲弾なら上陸タイミングが早かったと誤認させられるし、武装の駆動部分だけ破壊して無力化できるでしょ。

 船は動くし退くしか無くなるわけ」

 堅剛が口を挟む。

 「そう、上手くいくかな?」

 信世が答える。

 「やる前から結果が見えていて事態が硬直する、のではなく、やって見ないと事態がどう変化するか分からない。

 そんな冷戦の構造を戦前に戻してしまうのが徹攻兵の存在でしょ。

 領海と接続水域の間を行ったり来たりしている分、相手にも迷いが見えるわ。

 ここで固定武装を失えば、みすみすやられるために突っ込んでこない、というのが作戦本部側の想定ね」

 遊が立ちあがる。「やろうか。

 信世のいうことも一理ある。弾も残っているしできるだけのことはやって、引き上げよう」

 「りょーかい」

 輝巳もそういうと、堅剛と宇も立ちあがる。食べ終わった空箱を、腰部装甲の内ポケットにしまうと、鎖帷子を唇の下まで上げ、前面に跳ね上げたマスクとゴーグル部分を下におろし、顎下の留め具をはめる。

 一人堅剛だけは、「こんな長距離だと直接見た方がいいから」とフェイスマスクを跳ね上げたまま移動を始める。「ちょっと、見晴らしのいいところ探してくる。信世、どっちの方角なの?」

 「島の南南西二十二キロといったところかしら」

 「むー、あんまり降りすぎても見えない」

 「そうね、ええと、海面から六十メートルは欲しいところ」

 「だいたい、南南西ってどっちなんだよ?」

 「そこはゴーグル使った方が、諸元を得られるわね」

 「むー」

 堅剛は仕方なくフェイスマスクを下げて方角や高度、傾きなどを確認しながら位置を探す。

 何度も、ゴーグルを下ろしては方位を確認し、フェイスマスクを上げては目を凝らす。「あ、見つけた、むー、一、二、えーと、三隻でいいのかな?」

 信世が答える。「はい。こちらの情報と一致します」

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