第008話 乗船

 東シナ海の海上では甲板に出ていた乗組員が異変を感じてか威嚇のつもりか、輝巳の進路上に小銃弾を撃ち込んでくる。

 「増槽にまぐれ当たり、なんてやめてくれよ」

 輝巳は灯火の光の届かない闇へと舳先を向ける。

 そんな迂回をしていたせいで、エンジンを切って慣性で進む遊の水上オートバイの方が先に揚陸艦の艦首にたどり着く。

 「こちらは気がつかれていない様子だな」

 後部シートの位置に設けられた増槽の脇から二丁の八九式自動小銃を取り外すと一旦、腰の後ろに引っかける。金属テープで貼り合わせた三十発入り弾倉を同じく増槽の脇からとりはずし、腰の両脇に一つずつ、左右の胸に一つずつ、両ふくらはぎの外側に一つずつ、計六個をそれぞれ設けられたマウントに取り付ける。

 両手に銃を構え直し、それこそ、階段の一段目に乗り上がるように「よっ」と声をかけると、喫水線から数メートル上の甲板上に飛び乗る。

 重量物が落下した物音が艦首より鳴り響くのを聞いて乗組員が駆け寄ってくる。

 灯火の中に現れたのはオリーブドラブに彩られた等身大の人型ロボット。

 ドローンの類と受け止められ、半ば気軽に小銃弾が撃ち込まれる。

 中の遊にしてみれば、これまでの訓練でも何ともなかった攻撃で、改めて子供の豆まきに付き合っている気分になる。

 タン、タン、タン。

 一八式装甲服を着込んでいると、まるでゲームの二丁拳銃のように敵に小銃弾が吸い込まれていく。

 放たれた弾は正確に相手の脳幹を打ち抜き、できる限り意識のないまま倒していく。

 ゲームと違うのは、倒された相手の体が意識のないまま痙攣を続けている様が消えていかないことだけだ。

 「信世、重いよ、これ」

 「現在、マルヒトゴーヨン、敵揚陸艦艦首からの殲滅戦の開始を確認しました」

 遊はため息をつくと「記録、願います」とだけ答えて前に進む。

 ちょうど、先に進むには邪魔な位置に死体が横たわっている。踏みつぶす気にもなれずすり足で死体を脇にずらして進む。


 艦首で異変があったことに気がついた警備役の乗組員が艦首側に駆け寄るせいで、艦尾側の輝巳は気楽に水上オートバイを寄せる。

 冬の嵐で波が高い。

 遊と同様に弾倉を体に貼りつけ小銃を取り外しながら気がつく。「なあ信世、これって流されちゃうんじゃないの?」

 「あ」

 「あ」

 信世と、銃撃中の遊が同時に声を上げる。

 「俺、留守番してていーい?」

 遊が輝巳に答える。「ふざくんな、仕事しろ」

 「だよねえ」

 揚陸艦の後部甲板は飛行甲板になっている。

 そこに飛び上がると、銃を構えてみせるが、無人の飛行甲板の向こうに閉ざされたハッチが見えるばかり。

 裏側は灯火が少なく、薄暗がりが広がる。

 輝巳がたずねる。「俺たちの映像って、教育効果も兼ねてるんだよね?」

 信世が答える。

 「現在、マルフタマルサン。後部甲板への乗船を確認しました。

 確認の通り、教育効果も兼ねています」

 輝巳は広く取られたヘリコプター用の後部甲板を小走りに駆け抜けると、艦上構造物の後部に設けられたヘリコプター格納用のハッチが、重い扉ではなくシャッター構造であることに気がつく。

 「いや、これだとあまり教育効果がないなあ」

 そういうと、シャッターを蹴り上げる。

 まるで、広大な模造紙を破るようにシャッターがめくり上がる。

 中から光が漏れてくるその端に右手の銃を置くと、右手でゆがんだシャッターを頭の上までめくり上げる。銃を拾い直す頃には中から大声が聞こえてくる。

 「ええとまあ、この通り、蹴ったり殴ったり持ち上げたりという行動には、まるで重機のような効果が期待できるのだが」

 首を下に曲げ、カメラで床を写す。

 小銃弾が撃ち込まれ始めているが意に介さず続ける。「どういうわけだか、足下に掛かるはずの重量は軽減される。

 これが、俺たちがラインメタルを安定的に運用できる理由の一つでもあるわけだ」

 そこまでいうと両手に持った小銃を交互に撃ち始める。「九八式だとさすがに両手持ちじゃないと定まらないとは思うけど、狙いも、神経を凝らして付けているというより、タイミングが分かっちゃう感じだよね」

 中から、次々に現れていた兵士が、三重に折り重なるようになってきたところで、出入り口の影に隠れるようになる。

 ため息。「銃の手応えってこの感覚をいうのかな。いい気はしないな」

 信世が、敢えての事務的な回答。

 「現在、マルフタヒトハチ、報告、了解しました」

 そこで、堅剛からの連絡が入る。

 「むー、着いたよー」

 「現在、マルフタフタマル、堅剛、宇、両名到着しましたか?」

 宇も答える。「取りあえず、乗り物を浜に押し上げてる。足がびしょびしょできもい。それにしても」

 宇が一旦区切る。「尖閣っていうだけあって浜らしい浜なんてないんだね」

 断崖絶壁にも似た急傾斜を見上げる。

 信世が伝えてくる。「天幕の大きさからの推測では、三十名から五十名程度の人員数が予想されます。念のため、弾倉は全て携帯するように」

 二人、口を揃えて「了解」と答えてくる。

 「天幕の中と乗り上げた漁船の通信機器の破壊を最優先にしてください。

 そのうえで、生存者の殲滅をお願いします」

 宇が口を開く。「遊たちもやってるみたいだしね」

 堅剛が答える。「むー、やだけどしょうがないね」

 そういうとリズム良く飛び上がり、二百メートルほどの断崖を、十歩あまりで駆け上がる。

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