第004話 伝令

 市ヶ谷から五本の連絡のラインが同時に走る様は、あたかも、脳細胞を駆け巡る情報の信号のようだった。

 真っ先につながったのは予備自衛官である都築信世の事務所だった。

 複雑な家庭事情を持つ彼女は、家族への連絡もそこそこに、事務所からほど近いキャンプ座間に車を走らせる。

 車の中から門衛に身分証を提示すると「座間駐屯地に向かいます」と告げる。

 トランクを開け、後部シートの確認も済ませると、敬礼をかわし、司令部庁舎へと向かう。

 会議室で待っていたのは駐屯地司令をはじめとするお歴々。

 「とりあえず、来ましたけれども、何事なんです?」

 「まずは、座ってもらえるかな」

 誰もが、難しそうな顔を崩さない。

 「尖閣諸島の魚釣島は分かるかな?」

 「メインとなる一番大きな島、でしたっけ?」

 「そこに中国海軍が上陸した」

 信世は、口をへの字に曲げてため息をつく。

 「じゃあ海自のお仕事ですよね」

 「時間が掛かりすぎる」

 「それは私達の知った事じゃありません」

 「そうもいかない」

 司令がそう答えると、書類が回され、説明役の尉官から概要が説明される。

 海保の巡視船が銃撃を受けたこと。海上保安官に二名の負傷者が出て、うち一名が重体であること。

 中国海軍は座礁した漁船の保護の体裁を取っていること。

 既に大型の天幕が張られ赤十字の旗を掲げた写真が世界の報道機関に向けて発信されていること。

 一方で非公式の外交ルートからは地対艦ミサイルの設置を含め徹底抗戦の情報が流れていること。

 南シナ海から揚陸艦を含めた艦艇が続々と北上してきていること。

 そこまでを信世が退屈そうに聞いているので尉官が続けるのをためらう。

 「それこそ、海自の仕事じゃないですか。

 それに日米安保はどうなってるんです。

 沖縄に、なんのために基地があるんですか」

 尉官が続けようとするところを司令が遮る。

 「物事には順序がある。

 外交により抗議を伝え、協議をし、何かを与えなければ一度奪われたものは取り返せない。

 その間に工事が進み、陣地が堅牢になってから、結果交渉が決裂し、部隊を動かして事態を解決しようとしたら規模が大きくなりすぎる。

 東シナ海、南シナ海は海洋交通の要衝だ。

 そこで戦乱が起これば、輸出入経済への打撃は計り知れない」

 「それくらいの常識は私だって持ってます。

 だからこそ、在日米軍も含めた動きが必要だと言ってるんです」

 司令も、信世の言わんとすることを理解した上であきれ顔を作る。「東シナ海の争乱で米兵に死者が出ればアメリカの世論が黙っていない。

 米政権はそれを恐れて動くはずがないだろう」

 「はずが無いだろう、で交渉する前から諦めてたら何も動きませんよ。

 それに」

 右手の指先を鎖骨に当てて、一言区切って信世が切り出す。「私は予備自衛官ですから書類さえ整えば動かざるを得ません。

 でもうちの四人は教務役をやることこそあれ一般市民同然なんですよ。

 拒否権だって持たされています。

 その四人に何をさせるつもりなんです?」

 「既に上陸済みの兵力を全て殲滅してもらう」

 「はあ?」

 信世が大声を上げて立ちあがる。

 「兵力の無力化までが役割でしょう。戦国時代じゃないんですよ」

 説明役の尉官が呟く「戦国時代でも、殲滅戦なんて滅多にあるものじゃないです」

 信世が続ける。

 「そんなの作戦じゃありません。 

 どうしてもと言うなら、こんな五十手前のおばさんおじさんを頼るんじゃなくて現役の方々にご命令下さい」

 尉官が答える「第三世代の〇六式、第四世代の一八式を運用できるのは、あなた方だけです」

 司令が続ける「拙速はあっても巧久はない。最大戦力を初期投入するためには、都築さん、あなた方のチームが現実解なんだよ」

 「だとしても、どうして殺せという作戦になるんですか?」

 司令は、今度は難しい顔つきで答える。

 「徹攻兵は存在するだけで現在のミリタリーバランスを破綻させる。

 しかも第三世代以降の運用に成功しているのは我が国とドイツだけだ。

 生存者を残せばそこから徹攻兵の詳細が中国に、世界に知れ渡る。

 局所的に使い回せる分、核をも超えうる戦場の決定力と見られる。

 そうなれば五大国の世論が黙っていない、各国の政権も動かざるを得ない。

 核によってもたらされた冷戦の構造を戦前に戻すわけにはいかないんだよ。

 徹攻兵の能力は最大限隠匿しなければならない。

 その上で、今日一日の遅れを取り戻し、昨日までの東シナ海のバランスを速やかに取り戻すにはあなた方に動いてもらうしかない」

 信世が座る。「私からはうちの四人に説明できませんよ。説得は、皆さんが汗水流して行って下さいね」

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