第002話 指揮所

 神奈川県中央部、キャンプ座間に設けられた「指揮所」では八十インチを超える大型の八Kディスプレイが壁面狭しと並びそれぞれが暗闇を映し出している。

 さほど広くない「指揮所」には、オリーブドラブに彩られた鋼鉄製の装甲を全身にまとった十小隊五十名の見習い徹攻兵がおのおのの役割に相当する画面を中心に見入る。

 現代風に過度な装飾はなく、動きやすいように装具の干渉をデザインされているのものの、あたかも総鎧に身を固めた集団は、大柄の人型戦闘ロボットが行儀良く椅子に並べ込んでると言えなくもない。

 ディスプレイには灯火の制限された暗闇の中、嵐の雨粒が映し込まれる。

 波の荒れ狂う東シナ海で、増槽を付けた水上オートバイを駆るのは四名の徹攻兵。

 その四名を指揮するのは、数百キロ離れたキャンプ座間の「指揮所」に居座る壮年に近い女性。

 彼女自身、自らの後ろに座る徹攻兵達と同じ大柄の装甲服に身を包んでいる。

 背後の見学者から普段は「教官」と呼ばれる彼女の首もとには、十小隊分のクリスタルと呼ばれる鉱石のペンダント下げられ、まるで悪趣味な成金主義者を彷彿とさせる。

 ゴーグルの部分も装甲におおわれ、多数のカメラが配置されている。内側にはヘッドマウントディスプレイが配置され、全ての情報が表示される。

 が、足りない。

 前線に出ている各員の画面情報をサポートする通信要員に画面への補足説明の指示を出す。

 これは背後に並ぶ五十名からなる見習い徹攻兵への情報伝達ではなく、さらにその後ろの上級将校達へのプレゼンテーションのためでもある。

 女性が声を上げて前線の兵士達に連絡するのも同じ意味を持つ。「現在マルヒトフタフタ。目標の上陸地点までは約六キロメートル。堅剛けんごう、損壊状況を推察できますか?」

 堅剛と呼ばれた兵士が声を上げて返事する。これもまたプレゼンのためでもある。「むー、もう信世のぶよに伝わってることをいちいち声に出すのもめんどいな」

 「指揮所の全員に伝えないと行けないからね。今回の報酬の対価だと割り切って」

 「むー。揚陸艦のブリッジの機器はあらかた壊したはず。

 副指揮所の座標を示して欲しいな。

 あとさ」

 「なによ?」

 「機関を狙って撃沈させる必用は無いの?」

 「そこの手柄は在日米軍に任せる可能性があるから、今は無力化させるだけでいいわ。地対艦ミサイルの方は?」

 「感覚的にだけど四発が誘爆した手応えがあった。二本は残存してるけど、折れ曲がってまともに発射できないことが高く予想される。

 制御装置の破壊は、上陸してから八九式でいいよね」

 「いい。

 各方面に効果検証を見せつけたいから、手榴弾の使用は避けてラインメタルと八九式で処理して」

 「オッケー」

 堅剛に変わって、別の兵士から音声通信が入る。

 「信世、副指揮所の狙いってどの辺なの?」

 四人の中で、この距離なら一番狙いの確かなたかしが声をかけてくる。

 「それがさ、当てずっぽうなのよ」

 「はあ?」

 「ドック型輸送揚陸艦である以上、艦内の大半がドックで構成されていることは間違いないんだけど、副指揮所って機材詰め込めばどこでもいいからね」

 「それでもさあ、五人を統括する目として、リーダーとして、ここ、っていう場所はあるでしょ?

 示してよ、狙うから」

 「ラインメタル、さっき四発使い切ったでしょ。怪しい場所送るから、次の四発はばらして打ち込んでくれる?」

 「ん、奥の方の部屋にあると、APFSDSだと届かなくない?」

 距離五千八百メートル。

 宇がスロットルを緩めると、堅剛だけでなく輝巳かがみゆうも旋回してその場に留まる。

 ライトは消しているがお互いがお互いの位置を把握しているため不用意にぶつかることもない。

 四人の装甲服のうち、堅剛と宇の着込んでいるものはやや大型で頑丈そうに見える。それに対して輝巳と遊の着込んでいるものは気持ち小ぶりで運動性が高そうに見える。

 本来、二人乗り型の水上オートバイの後部座席に当たる位置には増槽が組まれ航続距離を伸ばす役割をしている。

 舷側には左右に一本ずつ、計二本の六メートルにおよぶ大型の砲身を懸架している。増槽の両脇には八九式小銃を一丁ずつ懸架しており、弾倉と手榴弾が多数固定されている。

 指揮所では中国人民解放軍海軍の〇七一型揚陸艦の艦内想定図が情報兵より信世に手渡される。

 信世がたずねる。「これは?」

 情報担当の陸士が答える。「観艦式の際に同型艦に乗船した将校がおりましたので、そこからの推察になります」

 「結局は当てずっぽうね」

 ため息と苦笑い。

 渡された艦内想定図を眺め目を閉じる。

 目の前のキーボードを操作するため、信世の前腕の装甲は省略され、両手は素手のままでいる。

 幾つか操作をすると「PDFを回してちょうだい」と先ほどの情報兵に声をかける。

 「宇、やっぱり艦の中央部に配置されているみたい。四発とも同じ位置に撃ち込める?」

 「えー、そもそも射程外なのに?」

 輝巳が割ってはいる。「また、浮かびなよ」からかうように半笑い。

 宇が応える。「俺は輝巳と違って〇六式だから、そう長くないの」

 輝巳が応える。「でも、うまいじゃん」

 「はいはい」と宇が応えると、宇と堅剛が残り、輝巳と遊は先に進む。

 目となる堅剛に待機させると宇は左舷側から大砲を取り外す。

 長大な砲身はなかなかかさばり、構えるのに一呼吸を擁する。

 それでも、宇は自家用車一台分にあたる重量物をあまりにも軽々と取り回してみせる。

 前後の重心がとれる位置で右の脇の下に構え左手を添える。

 砲の重心から上に伸びる一本の柱はちょうど肩にかける高さで後ろに折れ曲がっている。

 右に大きくかたむく水上オートバイの上で両足を構える。

 もし、陽光に彩られる日中であれば、宇の装甲を緑のまぼろしがつつむような気配を感じられたかも知れない。

 「よいしょっと」

 そう、一声かけると荒れ狂う波に舞う水上オートバイから三メートルほど宇の体が浮き上がる。

 足の底と背嚢にあたる装甲のノズルから、緑の光条が吹き出す様は、宵闇を鮮やかに照らす。

 一弾目、轟音と閃光、衝撃波が海面に球形をたたきつける。

 燃え尽きた薬莢の残滓が排出されると重力を借りて二弾目が降りてくる。

 薬室への装弾から砲尾の閉鎖までが全自動で速やかに行われる。

 「ふっ、ふっ、ふっ」

 宇は、リズム良く四弾を打ち切ると同時に、力尽きたように水上オートバイに落ちてくる。半ば滑りかけてバランスを崩すが何とか持ちこたえる。

 「これ、捨てていいんだよね?」

 指揮所から信世が応える「塩水喰って使い回しできないからね。堅剛、どう?」

 宇が右舷側に残っている大砲を投棄する間に堅剛が笑いながら応える。

 「宇、うますぎたよ。四発目多分、すり抜けていった」

 宇が照れるようにはにかむ様を、四人は感じ取る。

 「追いかけよう」堅剛がそう言うと、宇もうなずき、無灯火のまま宵闇の東シナ海の闇へと消えてゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る