第三章 着甲時強化現象の応用
第018話 月次訓練への出頭
輝巳は毎月、第三金曜日に残業をしないようにしている。
そもそも、働き方改革とやらで残業は少なくしろといわれている。
だから誰からも文句の一つもいわれない。
育ち盛りの子供達を抱える身としては、残業代が削られるのは本当に心的ストレスを募らすほど辛い。
しかし残業時間が増えすぎれば注意をされ、呼び出しをくらい、評価を下げる。
会社を出て思う。
こうして、得たものが結局平社員の身分かあ。
四月に入ったのに、冷たい雨が気温をぐっと下げる。
ワイシャツの上に季節外れのダウンを着込んだ身なりに頓着しないおじさん。
不格好に大きな黒い鞄からスマホを取り出す。
「もしもし、あ、
これから羽田に向かう。
帰りはまた日曜の夜になるからさ。
あ、お義父さん、お義母さんによろしくね。
うん、じゃあ」
妻の莉央には月次出張といってある。
出張中はセキュリティエリアであるマシンルームにこもりきりで電話での連絡も付かないことも断りを入れている。
莉央は、輝巳の不在を理由に、中学生に上がったばかりの長男の
普段厳しく叱ることもある父の輝巳と違い、無条件に甘えさせてくれるじいじ、ばあばの存在は、孫である颯太と詩央にしてみれば、中途半端な外出に連れ出すより、楽しいひとときを過ごせる癒しの場所だった。
中央区のオフィスを出た輝巳はJRで新宿駅に向かうと小田急線に乗る。
向かう先は神奈川県中央部に位置する座間。
日米合同の軍事基地であるキャンプ座間である。
最寄りの駅を降りるととぼとぼと緩い上り坂を歩いて行く。
裏門の守衛さんは米国人、日本語で座間駐屯地の都築当てであると説明し、マイナンバーカードを提示する。
守衛さんがどこかに電話すると、受話器を置く。「車が迎えに来ます。ここで待って下さい」
来たのは信世本人。
輝巳は後部座席に乗り込む。
キャンプ座間内にある座間駐屯地まではとぼとぼ歩くと結構な距離だが、車を使えばなんてことはない。
その短い間にも会話が交わされる。
信世がたずねる。「薬はまだ飲んでるの?」
「ステロイド? 抗うつ剤? まあ、どっちも毎日飲んでるよ。
いわなかったっけ、鬱も脳腫瘍の後遺症の可能性があるんだと」
「そう、止められるようになるといいわね」
車が止まる。二人で降りる。
「ステロイドはもう、一生ものと決まってるよ。
鬱の方も、いわなかったっけ、俺、平社員に落とされちゃってさ。
こっちも一生ものかな」
司令部庁舎に向かいながらこぼす。
「誕生日が一日違いでさ、執行役事業部長さんがいるんだよ。
彼は女性の部下達からバースデーカードと贈り物をプレゼントされていたりしてさ。
こっちはその部下達の指示を受けて右往左往していてさ。彼と俺、何が違ったんだろうなって」
信世も、返す言葉がない。「たまたま、巡り合わせもあったんじゃない」
「いやその、明らかにおかしいんだ俺。
我ながら、上司に対してさ、こんな返ししかできないヤツが俺の部下にいたら評価しないだろうな、って対応しかできないんだ。
得意にしていた商材を会社が扱わなくなったとたん、転がり落ちるようにこのざまだ、笑っちゃうよね」
「それでも輝巳は諦めたりしないから、きっといつかまた、道が開けるわよ」
信世がそういってほほえむと、輝巳も力なくはにかんだ。
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