第017話 第三世代型装甲服の光条推進

 着甲時強化現象研究の最先端を行くドイツは、着実に顕現者の登録を増やしていた。

 中でも、発見当時若干十四歳でその才を示したフランツ・シュタイナーは、第三世代型開発の中心にいた。


 スヴェン、リーゼル、コンラートを中心に装甲服の規格がまとまる中で、形状や材質の変化に敏感に反応するスヴェンの能力は重宝され、様々な検討が加えられていった。

 試行錯誤の中で見つかった一つの解は、装甲服を一回りほど薄く、軽量にすることだった。

 これによって、発動する能力を倍増させられることが明らかになっていた。

 それでも、装甲服は相変わらず運動性の低そうな外見を維持していた。

 まとめられた規格にはAWー02の型式番号が与えられ、従来型の規格はAWー01の型式番号で呼ばれるようになった。

 また、装甲服の着用時の状態を、防御面を考慮することなく攻撃に徹底できる兵士として、徹攻兵の呼称が与えられた。

 全ての顕現者がAWー02を着甲できるわけではなく、AWー02規格の装甲服を着甲しても、満足に動けない者もいた。

 世代を上げるにはAWー01による訓練と、AWー02の着甲試験を繰り返すほか無く、なかなか、世代交代は思うように進まなかった。

 成長し十八歳になっていたフランツは、大学進学が早々に決まったこともあり、小遣い稼ぎもかねて軍の研究に協力していた。

 フランツは初めてAWー02規格の装甲服を着甲した段階で、ある程度動いてみせることができた。

 さすがに、スヴェンが先行して達成した基準値には届かなかったが、AWー01による再訓練をするよりは、AWー02での慣熟訓練を選択した方が効率が良いのではと期待された。

 しかしフランツは期待通りには成績を伸ばせず、伸び悩みを見せた。

 若さの焦りを研究員が察し、気分転換にと、しまってあったフランツ専用のAWー01装甲服を出してきて着甲させた。

 AWー01装甲服を久しぶりに着甲したフランツは、明らかにAWー01装甲服の基準値を超える運動性能を示して見せた。

 AWー02規格の装甲服を着甲した時と同等の運動性能を引き出したことで、一度世代を上げた顕現者は、旧規格の装甲服を着甲しても最新世代の能力を出せることが明らかになった。

 軍のカウンセラーの協力もあり、フランツは結果的に、スヴェンの慣熟期間より短期間でAWー02をものにして見せた。


 AWー01とAWー02の差分から計算される、第三世代型装甲服の計画が立ちあがると、年齢的にも各地から集められた顕現者の教務役をつとめることの増えたスヴェンに変わり、フランツが研究開発の中心に立つようになった。

 他の顕現者に似てフランツも、人付き合いの悪いところとまじめなところがあり、同窓生が青春を楽しむ中、無愛想ながらも研究開発には協力的だった。

 フランツは一歩も二歩も先に大人の世界に足を踏み入れた気分になり、そんな自分が嫌いではなかった。

 着甲の完了時に顕現者が発光することがあるのは、既によく知られる現象となっていた。

 特にフランツは毎回のように黄色く発光し、着用を手伝っている研究員の中には、柔らかな風圧を感じるものもいた。

 あるとき、たまたま強く光った時に研究員の髪が揺れるのを見たフランツは、「これ、何かに使えたらいいんだけど」と呟いた。

 研究員は答える。「そういえばフランツ、君が光る時、胸に下げているクリスタルも強く光るんだよ」

 二人とも声を揃えた。「あ」

 着甲したまま紫水晶を持ってみたものなどいなかった。

 研究員は自分の机に戻るとあり合わせのペンダントトップを握りしめてフランツの元に戻った。

 ものの試しに手のひらに載せてみる。

 何も起きなかった。

 研究員が促す。「なにかこう、意識を集中してみたらどうかな。視覚を送信する時のように、光れ、って」

 「うーんと、こうかな?」

 ふわっと、炎が花開くように黄色い光が立ちあがる。

 それと同時に、フランツは手に圧力を感じた。

 しばらくして光が収まると、フランツは軽く息切れを感じた。

 「光りましたね」

 「光ったね」

 「最初に光った時、手に圧力を感じたんですよ」

 「なるほど」研究員はしばらく考えてこういった。「色々考えなければならないことがあるけど、風が出るって事は推進力に応用することから検討してみたいな」

 こうして、第三世代規格の開発と平行して、発光現象を応用した推進力の補助が検討されることとなった。


 これまでの研究と同様、開発は一筋縄ではいかなかった。

 そもそもとして、第三世代規格のバランスの見極めも終わりきってはいなかった。

 AWー01規格の装甲服を着甲した顕現者は十メートルの跳躍を見せた。

 これがAWー02規格の装甲服を着甲した権限者となると二十メートルの跳躍に伸びた。

 第三世代規格では三十メートルの跳躍が期待されていたが、既にフランツは三十二メートルの高度を出しており、研究者の間では、もしかすると第三世代規格はAWー02規格の倍の四十メートルの跳躍を見せるのではないかと期待されていた。

 AWー01とAWー02の差分から、AWー03の適正な鋼板の厚みは予言されていたものの、先端を行くフランツが理論通り能力を発揮できなければ意味がない。

 フランツの成長を待つのか、規格を今一度見直すのか、サイズを小さくして厚みを増すか、あるいは装甲の範囲を広げて薄い鋼板を使うか、思い切って重量全体を増すか、あるいは軽量化をめざすか、試行錯誤の中で研究員とフランツの忍耐強い取り組みは続く。

 その中で身に帯びたクリスタルを中心とした発光現象が、どれほどの力を示すかは未知の領域で、何を期待値として求めるべきかも手探りの状態だった。


 少しずつわかり始めてきたのは、発光現象の特性だった。クリスタルを利用した通信と同様、発光現象の核となるのは鉱石であれば何でも良かった。

 ただ、通信と同様、できる限り単純な結晶構造を持つ鉱石の方が発光量も、それに応じた風圧も高まった。

 発光量にかかわらず、熱は全く出なかった。

 ここでもまた、紫水晶が多用されることになった。

 体中に多数貼りつけても、発光現象は確認された。

 ただし、数が増えると効果が分散されるのか、発光も風圧も弱まった。

 同時に全部発光させることも出来たが、任意に発光させる位置を選ぶことも出来た。

 発光箇所を一箇所に絞れば、風力を集中させられることも分かった。 

 同じ紫水晶でも、単一の原石から割出したものを使う方が、別々の原石から寄せ集めるよりも効果が高かった。

 同じ原石から割出したものでも、他の装甲服に割り付けたものには効果が無く、また、AWー02規格では効果が出なかった。

 クリスタルを核とした発光現象は、第三世代規格以降の現象と位置づけられた。

 風向をかえるためにはロケットエンジンのノズルの構造が用いられた。

 ノズルの底に鉱石をはめ込んだだけの単純な構造で推進力が得られた。

 また、ノズルの軸受けにクリスタルを使うことで、ノズルの向きを任意に変えられることもわかった。

 ノズルの向きを変えるだけで偏向できるため様々な取り付け位置や形状が検討された。

 発光箇所を絞り込んだ時に、ある程度のノズルの大きさがないとかえって風力を押さえ込んでしまうこともわかった。

 このことから、大型のノズルは作業や運動のさまたげになりにくい背中に装備された。

 また、浮上して移動することで装甲服の動作音を少しでも軽減できないかと、足裏にも配置された。

 その際、通常時の激しい走行でクリスタルを損傷しないよう、面カバーが付けられ、一度横に吹き出した光と風が真下に向かうようノズルが工夫された。


 最終的にフランツが予言された四十メートルの跳躍を見せるようになった時には、発光現象による推力で十秒間程度浮上することが出来た。

 時間の限界は、彼自身の息切れによるものだった。

 着甲時は一時間でも走り回ることが出来るのに、発光現象ではすぐに息切れを起こした。

 ノズルによって一定方向に伸びる光の束は光条と呼ばれることとなった。

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