8-4:「よろしくね」

「ちょっ、ちょぉっっと、待ってくださいっ! 」


 その時、そう慌てたように言いながら星凪の前に滑り込むように突入してきたのは、満月だった。


「星凪ちゃん! はやまってはいけません! まだ、きっと、方法はあるはずです! 」


 満月はよほど慌てているのか衣装を着崩した状態で、必死になって星凪を説得しようとする。


 その必死な様子に少し気圧されながら、星凪は満月にまず確認する。


「ども、満月さん。ゆかりちゃんは大丈夫だったの? 」

「はいっ! 気を失っていますが、目だったケガもないし、じきに目を覚ますはずです! 」


 満月はその問いかけにうんうんとうなずき、黒髪のポニーテールがぴょんぴょんと賑やかに上下に跳ねた。

 ゆかりの無事が確認できていなければ、ゆかりのことを放っておいて満月が丈士と星凪の間に割り込んでくることなどなかっただろうが、丈士も星凪も、満月からゆかりが無事であることを聞いてほっと安心することができた。


 星凪から聞きたいことはもうなさそうだと理解した満月は、今度はわたしの番だ、とばかりに、星凪を説得しにかかる。


「丈士さんなら、大丈夫! こんなこともあろうかと、霊力を補充できるお札も用意しています! 」

「でも、そのお札って、簡単には用意できないっていう話でしたよね? あたし、けっこう大食いみたいだから、それだけだとこのままっていうのは難しいですよ? 」


 霊力を補充するお札、というのは、満月が星凪にも一度使ったことのあるものだった。

 だが、それは、元々霊力を持った者がその霊力の一部をお札へと移し、それを与える、というものであって、それを作るためには霊力の供給元となる霊能力者に相応の負担がある。


 おそらく、満月は自身の霊能力を使うつもりでいるのだろうが、星凪をこれまで通りに存在させ続けるためにはかなりの霊力が必要で、満月が星凪を存在させるためにお札を作り続ければ、満月はそれ以外に自身の霊力をほとんど使えないような状態となるだろう。

 高原稲荷神社の巫女には様々なやるべきことがあるはずで、それでは困ったことになるはずだ。


「こっ、これからも、丈士さんに美味しいものをいっぱい食べてもらって、元気になってもらいますから! 」

「でも、それって、結局、ただの時間稼ぎにしかならないんですよね? 」


 満月は星凪の説得をあきらめなかったが、星凪の決意は固いようだった。


「そもそも、あたしみたいに、死んでしまった人間を、幽霊としてでも存在させ続けられる、誰にも迷惑のかからない方法って、あるんですか? 」

「そっ、それは……っ」


 こんな時は、ウソでもいいから「あります! 」と、何食わぬ顔で断言すればいいのに。

 満月は星凪の問いかけに言葉に詰まり、視線を左右にさまよわせる。


 正直な性格をしているのだ。

 満月は、こういう大事なことではウソをつけないし、それが、すぐに顔に出る。


「ふふっ。やっぱり、そうでしょ? 」


 そんな満月の様子を見て、星凪は吹き出すように、おかしそうに笑いだす。


「今でも、お兄ちゃんをとられちゃうのは癪(しゃく)だけど……、でも、満月さんって、いい人だよね。赤の他人のあたしとお兄ちゃんに親身になってくれたし、今も、こうやって一生懸命になってくれてる。正直、すごいなって、思う」

「そっ、そんな……っ、わ、わたしは……っ」


 これまで言われたことのない言葉を突然投げかけられて、満月は戸惑ったようにあたふたとする。

 そんな満月のことを見て、星凪はもう一度笑った後、少し真剣な真顔になって満月のことを見つめた。


「なっ、なんですかっ!? 」


 星凪の真っすぐな視線を受けてたじろいだ満月に、星凪は真剣な表情のままたずねる。


「満月さんって……、お兄ちゃんのこと、どう思ってるんですか? 」

「……ぅえっ!? た、丈士さんのこと、ですか!? 」


 その直球の問いかけに、満月は少し頬を赤らめながら、あたふたとする。


「そ、そ、そ、それは、どういう意味で……っ!? 」


 星凪は、その満月の様子を見て、少し複雑そうな顔をした。

 嬉しいような、腹立たしいような、そんな顔だ。


「……ま、いいです。答えは、十分もらいましたから」


 やがて星凪はため息をつくと、固めをつむりながらそう言った。


「これからどうなるかは知りませんし、知りたくもないですけれど……、とにかく、満月さん。あたしのお兄ちゃんを、これからもよろしくお願いします」

「は、っはい。それは、了解しましたが……、って、ぇ? ぁ、ぇ? 」


 満月に向かって頭を下げる星凪に、やや赤面したままうなずき返した満月だったが、まだ頭の回転が追いついていない、あるいは回り過ぎて自分がなにをしたいのか、なにを考えているのか訳がわからなくなっている様子だった。


「さて。……それじゃ、そろそろ、決意が揺るがないうちに……」


 そんな満月の姿を見て肩をすくめた後、星凪は1人でうなずくと、空の方を見上げる。


「まっ……、待って、くれ! 」


 丈士が、ようやく息を整え終え、上半身を根性で起こしながらそう叫んだのは、星凪がこの世界に名残を惜しむように双眸(そうぼう)を閉じた時だった。


「ちょっ、お兄ちゃん! 起きて大丈夫なの!? 」

「そ、そうです、丈士さん! 無理をしてはっ! 」


 星凪は突然起き上がった丈士に驚いたように双眸(そうぼう)を見開き、満月はまだ混乱状態ではあったが反射的に丈士に駆けよっていた。


「いや……、言わせてくれ」


 心配そうに手を丈士の肩にそえた満月に自身の手の平を見せ、そう言うと、丈士は星凪へと真っすぐな視線を向ける。


 それは、覚悟のこめられた視線だった。

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