8-5:「ヤンデレでも」

「自分でも、情けない、未練がましいって、思ってる。……だけど、言わせてくれ」


 丈士はそう言った後、尋常(じんじょう)ではない様子の丈士に気圧されたのか、固唾を飲んでこちらを見返している星凪のことを真っ直ぐに見すえた。


 そこには、丈士の妹がいる。

 確かに、そこに、星凪は存在している。


 だが、その身体は、半透明で、透けている。

 いつもセーラー服姿だが、その足元は消えかけており、宙に浮いている。

 当然、実体はなく、さわってもただひんやりとした感触がするだけだ。


 あたしは、もう、死んじゃっているんだよ?


 星凪の言葉が、丈士の頭の中でくりかえされる。


 丈士にとっての理想、丈士自身も現実的ではないとわかっているそれは、幽霊となってしまった星凪が新しい身体を得て、生き返ることだった。

 そうすれば、3年前のあの日、星凪が命を失ってしまう以前に、元通りに戻ることができる。


 だが、丈士と星凪にとって、その方法は選ぶことのできないものだった。

 もしかすると似たようなことができる方法そのものはあるのかもしれないが、満月やゆかりが知らない、あるいは口にしないようなことなのだから、どうせ、丈士や星凪が望むような方法ではないのだろう。


 だから、丈士が望んでいたのは、せめて、幽霊のままでもいいからこの世界に星凪を存在させ続けることだった。


 問題となっていたのは、星凪が、丈士の生命力を糧(かて)として存在し続けていることだった。

 だから、丈士は星凪が存在し続ける限りその生命力を消耗し続け、いつかは死に至る。


 それを避けて、星凪をこの世界に存在させ続ける方法。


 そんなものがあれば、どんなに良かっただろうか。

 丈士は結局、それを見つけることはできなかった。


 条件は、決して、悪くはなかったはずだ。

 霊能力を持ち、霊に関する事象に詳しい満月に出会うことができたのは、偶然の、とてつもない幸運だった。


 もし、丈士が高原町にやって来ず、幽霊騒ぎの起こっているタウンコート高原に住まなければ、満月と出会うことはなかっただろう。

 そうなれば、丈士は、自身の身体におとずれた突然の不調の原因もわからず、訳もわからないまま命を失っていたのに違いない。


 満月たちと出会ったことで、何か月もの間、少なくとも丈士たちには模索(もさく)するチャンスが与えられた。


 その結果は、丈士と星凪が望んだものにはならないようだ。

 それでも、チャンスがあったのと、まったくなかったのとでは、大きな違いがある。


 丈士は、自分が不甲斐なかった。

 星凪をこの世界に存在させ続けるための方法を見つけ出すことができなかったのはもちろん、生命力の消耗に耐え切れそうにない自分も、情けなく、いらだたしかった。


 どうして、自分はこんなに衰弱しているのか。

 丈士は、星凪がこの世界からいなくなってしまうことなど、少しも望んでなどいないのに。

 星凪だって、本心では、もし、そんな方法があるのなら、このままずっと、丈士たちと一緒にいたいのに違いなかった。


 だが、星凪は選ぼうとしている。

 死んでしまっている自分ではなく、まだ、生きている丈士を救うための、唯一の手段をとると。


 丈士は、星凪に、そんな選択をさせてしまった自分が情けなかった。

 星凪を守りたい、そう思っていたはずなのに、自分はなにもできない。

 3年前も、今も。

 丈士はまた、星凪を救うことができず、救われようとしている。


 丈士は、自身の気力を振り絞り、なんとかその場に立ちあがった。


 もしかしたら、最後になるかもしれない、星凪に自身の気持ちを伝えるチャンス。

 その時に、自分が瀕死の病人のようにうずくまったままでは、星凪は、きっと、安心して旅立つことはできないだろう。


 だから、丈士は立ちあがった。

 立ち上がって、身体を支えるために思わず膝についてしまった手を放し、身体をまっすぐにのばして、星凪を真正面に見すえた。


「オレは、お前に、ずっと、そばにいて欲しい! 」


 そして、丈士は、声を振り絞る。


「オレにできることだったら、なんだって、どんなことだってする! だから、星凪! お前が、消えて、いなくなる必要なんてないんだ! 」


 それは、もう、叶わないのだとわかりきってしまった、丈士の願いだった。


「妹でも、ヤンデレでも、幽霊でも! 知ったこっちゃない! 」


 丈士は、双眸(そうぼう)から、悔しさと、悲しさと、愛おしさと、すべてがごちゃまぜになった涙を流し、みっともなく鼻水を垂らしながら、叫ぶ。


「だから、ずっと、オレたちと一緒にいてくれ! 星凪ッ! 」


 だが、それまでだった。


 そう叫んだ瞬間、丈士は自身の身体を支えきれなくなって、グラリ、とよろめき、倒れこみそうになる。

 満月が慌てて丈士を受け止めてくれなければ、川原の石の上にそのまま強く全身を打ちつけていただろう。


「お兄ちゃんっ!? 」


 倒れこんだ丈士に、星凪は悲痛な悲鳴をあげる。

 だが、丈士を受け止めた満月が、丈士が生きていることを確認して星凪にうなずいてみせると、星凪はほっとしたような顔をし、それから、涙ぐんだ。

 安心したのと、嬉しさの、その両方の涙だ。


「ごめんな……、ごめんな、星凪……」


 そんな星凪に、丈士は、かすれそうな小さな声で、なんとか絞り出すように言う。


「こんな……、情けない兄ちゃんで……。結局、お前に、なにも、……なにも。してやれなくて……」


 そんな丈士に向かって、星凪は、はっきりと首を左右に振ってみせた。


「ううん。そんなこと、ないよ」


 それから、星凪は、今まで丈士が見てきたどんな笑顔よりも素敵な、最高の笑顔を浮かべて、双眸(そうぼう)から涙をこぼした。


「あたし、お兄ちゃんの妹に生まれてきて、本当に、よかった……っ! 」

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