1-5:「妹のいる生活:2」

「しっかし、星凪、お前、どうやってここまで来たんだよ」


 食事を半分ほど進めた時、丈士はふと、ずっと気になっていた疑問を星凪に聞いてみた。


 というのも、食事を続ける丈士の様子を、嬉しそうにじっと見つめ続ける星凪の視線に、何となくいたたまれないような気持になってきてしまったからだ。


「ん? なぁに? 気になるの? 」

「ま、まぁ、な。1人でここまで来るの、大変だったんじゃないかなって」

「ああ、なるほど! んふふふ、大変なことなんて、何にもなかったよ、お兄ちゃん」


 ニコニコとした様子の星凪は、上機嫌なまま答える。


「だって、あたし、お母さんがお兄ちゃんに送ったお米と一緒に、ここまで来たんだもの」

(くっ……! その手があったか! )


 時速300キロを超える新幹線で、ヤンデレ妹幽霊を完全に振り切ったものと丈士は考えていたのだが、それは、思わぬ落とし穴だった。

 実家から丈士へと送られる荷物にとり憑(つ)いてしまえば、迷わず丈士のところまで到達することができる。

 しかも、移動は運送会社が行ってくれるから、幽霊にとっては楽ちんだっただろう。


 丈士は、自分の失敗の原因が分かり、湧きあがる悔しさを内心で押し殺した。

 少しでも星凪のことを歓迎していないような態度を見せるわけにはいかないからだ。


 実家からの支援物資の到着は非常にありがたいことではあったが、余計なモノまでついて来てしまったのは盲点(もうてん)だった。


「どうしたの? お兄ちゃん。ゴハン、もう食べないの? 」

「えっ!? あ、いや、ちょっと、考えごとをしてただけさ! 」


 後悔から箸(はし)を止めていた丈士だったが、星凪がいつの間にか、薄く開いた目で丈士の方を見つめていることに気づき、慌てて食事を再開し、勢いよくゴハンを口の中へとかきこんだ。


 その丈士の様子を、星凪は微笑みながら見つめている。

 ところどころ[ヤミ]の部分が出てきてはいるものの、どういうわけか機嫌は悪くない様子だった。


(しかし、星凪のやつ、どうしてこんなに上機嫌なんだ……? )


 丈士に騙(だま)されていたことをあっさりと見逃したことといい、星凪がどうしてこんなに機嫌がいいのか、丈士には不思議でならない。


 そして、その理由は、この日の夜に明らかになった。


────────────────────────────────────────


 ヤンデレ化してしまったとは言っても、星凪が丈士のたった1人の妹であることには変わらなかった。

 丈士にとって、上機嫌でニコニコしている星凪はかわいい妹でしかなく、食事のあとも、2人の間では和やかな時間が過ぎていった。


 テレビを見たり、丈士が実家から持ち込んだ対戦ゲーム(器用なことに、星凪はポルターガイストの応用でコントローラーを操作できる)で対戦したり、漫画を読んで過ごしたり。


 いつの間にか夜はふけ、2人は眠ることにした。


 丈士は星凪に遠慮して床で寝ると主張したが、この部屋には寝具は1人分しかなく、「妹に、幽霊に遠慮する必要なんて無いでしょ」という星凪の言葉に、(それもそうか)と納得した丈士は、星凪と2人、ベッドで眠ることにした。


 丈士にとって、幽霊という存在は、未だによく分からないことが多い。

 その1つが、幽霊であっても、星凪は毎晩必ず眠りにつくということだった。


 すでに[生きて]はいない幽霊にとって、本来、睡眠は食事と同じように必須のことではないはずだった。

 だが、星凪は必ず夜は眠りにつくし、何なら昼寝だってする。


 睡眠は人間にとっての三大欲求とされるものの1つに含まれているから、人間だったころの名残で、眠りたいから眠るのか。

 それとも、幽霊であっても眠る必要があるから眠るのか。


 他の幽霊に積極的に会って確認したいとまでは思わなかったが、興味深い疑問だった。


 星凪はというと、ベッドに兄妹2人して寝ころび、明かりを暗くするとすぐに眠ってしまったようだった。

 幽霊なので丈士にはそう見えるというだけだったが、星凪は、実に穏やかな表情で眠っている。


(ずっと、こうやって大人しくしててくれればいいんだけどな)


 丈士はそんなことを思いながら、自分自身も眠りに落ちていった。


 そして、異変は、丈士が眠りに落ちて、数分後に起こった。


(……ん? 何だ? 身体が、重い……? ……動けない!? )


 ふと、身体の上に重みを感じ、次に自分の身体がピクリとも動かせない状態であることに気がついた丈士は、慌ててまぶたを開いていた。


 すると、目の前に、人影のようなものが見える。

 それは、長い黒髪を持つ少女のような姿で、身に着けているものはワイシャツ1枚と下着のみ。

そして、その身体は半透明で、透けていた。


「あ? もう、起きちゃったの? お兄ちゃん? 」


 丈士の上にまたがり、頬を赤らめながら、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべているヤンデレ妹幽霊、星凪は、両目を見開いて驚いている丈士の様子に気がつくと、そう言って微笑んだ。


「せっ、せっ、星凪!? い、いったい、何を!? 」

「だって、お兄ちゃん。……やっと、2人だけになれたんだよ? 」


 何とか動く口を動かしてその意図をたずねる丈士に、星凪は、うっとりとした表情のまま答える。


「あたしね? ずっと、ずっと……、この時を楽しみに待っていたんだよ? 」


 ハイライトの消えた瞳で、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべる妹の姿に、丈士は戦慄した。


「お父さんもいない。お母さんもいない。……ここには、お兄ちゃんとあたしの、2人だけ。だれの目を気にすることもない、そんな瞬間を」

「ばっ、ばっ、バカっ! 星凪、お前、何考えてんだよ!? 」

「なにって、……そりゃぁ」


 星凪は丈士の問いかけには明確に答えなかったが、自身の頬に自身の手を軽く当てながら、恥じらうように丈士から視線をそらしたその仕草で、星凪が何を考えているのかは一目瞭然だった。


「な、何考えてるんだよ!? お、オレたち、兄妹だろ!? 」


 丈士は必死になってこの場から逃れようとしたが、できることといえば言葉で精一杯の抵抗をすることだけだった。

 どうやら、丈士が油断したすきに、星凪は金縛りにかけてしまったらしい。


「兄妹だから、何だっていうの? お兄ちゃん? 」


 星凪は冷や汗を浮かべている丈士の頬にそっと手を差しのべ、優しくなでるようにすると、丈士を愛おしそうに見つめながら言う。


「あたしにとっては、お兄ちゃんだけなの。……この世界で、あたしのことを知っていてくれるのは、お兄ちゃんだけ。……あたしには、お兄ちゃんしかいないんだよ? 」


 そして、星凪はゆっくりと、丈士の上に覆いかぶさるように上半身をかたむけ、その手を丈士の身体に這(は)わせていく。

 丈士は必死に抗おうとしたが、どうすることもできなかった。


「妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? 」


 星凪が生きていれば、その吐息が直接、丈士にかかるような距離。

 影に包まれた、深い闇の底のような星凪の瞳から、丈士は自身の視線をそらすことができなかった。


「だから……、あたしのモノになってよ、お兄ちゃん? 」


 兄妹なのに、成長した星凪の姿に息をのむ丈士に、星凪はそう、ささやくように告げた。


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※もし[この後]に期待してくださった読者様がいらっしゃったら、ごめんなさい。

 未遂です。


 書きたいから書きました。我に一片の悔いなし!

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