1-3:「1ペナルティ」
「ぜ、ぜんぶ、星凪、お前のためだったんだ! 」
丈士は、必死に思考を巡らし、震える声で星凪に訴えかける。
「ほ、ほら、今まで行ったこともない土地に住むのって、何かと大変だろう!? 周りに何があるかとか分からないし、生活に必要なものもいろいろ用意しなくちゃいけないし! お、お前に、不自由な思いをさせたくなかったんだよ! 」
「ふぅん? そうなの? お兄ちゃん?」
丈士の全身全霊の言い訳に、星凪は暗い視線を向けたまま、首をかしげる。
「でも……、どうして、あたしにウソついて置いて行っちゃったの? 」
「そっ、それはっ……」
丈士は、星凪の質問に、思わず言葉を詰まらせてしまった。
(はっ、早く! 早く何か言わないと……っ! )
星凪に怪しまれてしまえば、丈士はここで終わりかもしれない。
だから、1秒でも早く、次の言い訳をしなければならない。
だが、あまり適当なことを言って、星凪が信じてくれなけれれば、それでも丈士は終わりなのだ。
急いで、だが、慎重に。
丈士はこれまでの人生で最大の速度で思考を巡らした。
「しゅ、出発の時、天気が悪そうだっていうニュースを聞いたんだよっ! 」
そして、丈士の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「でっ、電車が遅れたらいけないし、早く家を出ようって思ってさ! で、でも、星凪、お前、気持ちよさそうに、ぐっすり眠っていただろう? お、起こすのも悪いと思ってさ、そ、それで、起こさなかったんだよ! 」
星凪は、丈士の言葉に首をかしげながらも、黙って聞いている。
そんな星凪に、丈士は精一杯の笑みを浮かべて見せた。
「い、いろいろ準備が整ったら、星凪を迎えに行くつもりだったんだ! はっ、はははっ、でも、ちょうど、星凪がいなくって寂(さび)しいって思っていたから、せ、星凪の方からこっちに来てくれて、た、助かったっていうかさ! ははっ、ははははっ」
丈士は咄嗟(とっさ)に思いついた言い訳を口にし終えると、固唾をのんで星凪の反応を待った。
そして、丈士の目の前で、星凪の瞳にハイライトが戻り始め、その表情がほころんでいく。
「なぁんだ! そうだったんだね、お兄ちゃん! 」
星凪は丈士から離れると、ぴょん、と跳ねるように立ちあがり、それから自身の頬の横で両手の手の平を合わせてかわいらしく首をかしげ、笑顔を見せる。
「あたし、てっきり、お兄ちゃんがあたしを置いていくためにウソついたんだって思っちゃった! 」
その、屈託(くったく)のない明るい笑顔を見て、丈士も思わず笑みを返す。
「そっ、そうだよ、そうに決まってんだろ? 兄ちゃんがお前にウソつくなんて、あるはずがないじゃないか! ははははっ」
「でも、お兄ちゃんが残していった置手紙には、そんなこと書かれていなかったよね? 」
だが、丈士の笑いは、星凪のその一言で引きつった。
丈士が、関節のさびついたロボットのような動きで星凪の方を見上げると、星凪は、再びハイライトの消えた、深く濃い闇をやどした視線を丈士へと向けていた。
「お兄ちゃんが残していった書置き、あたしもちゃんと読んだんだよ? でも、天気のことなんて少しも書いていなかったじゃない? ]
「そっ、そそそっ、それはっ! 」
丈士は何かを言おうとして、何も言うことができなかった。
(しっ、しまった!! )
自分自身が、家族を心配させないために残していった書置き。
それが、丈士にとっての命取りになってしまったようだった。
「ねぇ、お兄ちゃん。どうして、ウソついたの? 」
何も言えずに星凪の方を見つめながら、呼吸を荒くしている丈士を見おろしながら、星凪は影のある笑顔を丈士へと向けている。
「ねぇ、どうして? お兄ちゃん? どうしてなの? 」
くり返したずねてくる星凪に、丈士はやはり、何も答えることができない。
今からどうとりつくろったところで、すべて逆効果にしかならないからだ。
(終わった……)
丈士がそう悟(さと)った時、星凪は自身の左手を振りかぶる。
(やられるっ!? )
丈士はそう思って両目を閉じた直後、丈士は、自身の頬に冷たい感触が触れるのを感じていた。
痛みも、何もない。
ひんやりと冷たい、心の底が凍(こご)えて震えるような冷たさだが、ただ、優しく、丈士の頬をなでるような感触。
丈士が恐る恐る瞼(まぶた)を開くと、そこに、暗い闇の底に沈んだ瞳で、優しげな微笑みを浮かべながら、丈士の頬をなでている、ヤンデレ妹幽霊の姿があった。
丈士には、星凪の意図が分からない。
ただ、呆然と、星凪の姿を見返すことしかできない。
そんな丈士に、星凪は言う。
「1ぺナルティだよ? お兄ちゃん」
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