第1章「逃げられるとでも思ったの? お兄ちゃん」

1-1:「おかえり! 」

 高原駅の駅前商店街は、多くの商店街の例に漏(も)れず、一時は[シャッター商店街]と化して、閑散としていた時期があった。

 しかし、今では地域密着型のサービスで盛り返してきている。


 高原町は都心部へのアクセスも容易であることからベッドタウンとして発達した経緯もあり、都心部へ直通する路線が走っている高原駅には、毎日通勤や通学で数多くの人々が行き交っている。

 加えて、工学部キャンパスへのアクセスの良さから多くの学生が近隣に住んでおり、遠くから通ってくる学生たちも、その多くが高原駅を利用している。

 駅前商店街はこういった人々を対象に様々なサービスを打ち出し、定期券や学生証の提示などでお得に買い物できることから、丈士が訪れた時も多くの人々の姿があった。


 丈士はそこで、買い足そうと思っていた日用品などに加え、炊きたてのゴハンを最大限楽しむためのおかずを買い込んだ。

 辛子明太子に、納豆に、梅干し。

 お財布事情も考慮した結果、贅沢(ぜいたく)にとはいかなかったが、シンプルだからこそ白米が引き立つのだと、丈士は満足な気分だった。


 もちろん、肝心の炊飯器も購入した。

 商店街では学生向けの商品も数多く扱っており、電気屋には一人暮らしの学生にちょうどいいサイズの小さな炊飯器などもいくつも売られていて、しかも値段も手ごろなものだった。


 まだ夕食の時間には少し早かったが、丈士の腹は、ぐぅ、としきりに鳴っている。

 丈士はずっしりと重くなった買い物袋を手に、軽やかな足取りでタウンコート高原への帰り道についた。


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 それは、丈士がタウンコート高原の201号室の扉の前に立ち、玄関を開けるためにカギをカギ穴に差し込もうとした時だった。


 何故だかは分からない。

 だが、無性に、嫌な予感がした。


 それは、理屈ではない。

 丈士の生存本能が発する警告だった。


 自分は、この部屋の扉を開いてはならない。

 そんな気がして、たまらなかった。


(まさか、となりの202号室に住んでいるっていう、幽霊の仕業か? )


 丈士の脳裏に浮かんだのは、月々1万5千円という格安家賃の原因ともなっている、何年も前に亡くなったという女性の幽霊のことだった。

 彼女がいるという202号室の近隣の部屋では様々な霊障が起こるとされ、それが原因でここまで安い家賃になっている。


 この数日間、丈士は何事もなく過ごして来た。

 だが、とうとう、霊障が起こったのだろうか?


 丈士が今、感じている肌寒さ、嫌な予感は、202号室の幽霊の仕業なのだろうか?


 自分は、はたして、どうするべきか。

 部屋の扉を開き、真実を確かめるべきか。

 それとも、すぐさまこの場から逃げ出すべきだろうか。


 悩むこと、数秒。


「は? 」


 丈士の目の前で、丈士がカギを開いていないにもかかわらず、ガチャリと、ひとりでに扉のカギが開く音がした。


「え? 」


 そして、丈士が戸惑っている目の前で、扉は勢いよく開く。


「おかえり! お兄ちゃん! 」


 そして、部屋の中から現れたのは、丈士の妹。

 ヤンデレ幽霊の、星凪だった。


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 丈士は、それが自分の気のせいや見間違えであってくれと祈ったが、しかし、それは丈士の気のせいでも、見間違いでもなかった。


 身長160センチ弱、痩せても太ってもいない健康的な身体つきに、長く伸ばしたストレートの黒髪、茶色の瞳を持つツリ目がちな双眸(そうぼう)。

 星凪が通っていた中学校で使われていたセーラー服姿の、どこにいてもおかしくはない少女の姿。


 そして、半透明に透(す)けて見える身体。

 この数年間、丈士だけが目にしてきた、ヤンデレ妹幽霊、星凪に間違いなかった。


 だが、どうして?


 驚愕(きょうがく)し戸惑っている丈士のことなどかまわず、星凪はにこやかな、だがたまらなく不気味に思える笑顔で、かわいらしく首を傾げながら丈士に質問する。


「ねぇ、お兄ちゃん? ゴハンにする? お風呂にする? それとも……、あ・た・し? 」


 それは、いわゆる[新婚三択]だった。


 おそらく、多くの人が一度は憧(あこが)れたことのあるシチュエーションだっただろう。

 だが、今の丈士には、まったく嬉しいと思えなかった。


 何故ならば、ここにはいないはずの星凪が、目の前にいて。

 丈士に騙(だま)され、実家に置き去りにされ、ポルターガイストで家中をぐちゃぐちゃに引っかき回しかねない程度には怒っているはずなのに。


 星凪は、満面の笑みを浮かべて、そこに立っているのだ。


 半ば呆然としたままだった丈士の思考は、素早く、この状況にどう対処するかについての結論を出していた。


(逃げなきゃ! )


 このまま、星凪に導かれるままに部屋の中に入ってしまえば、どんな目に遭うことになるか、分からない。

 そうであるのなら、丈士が取るべき行動は一つだった。


 直感的にそう理解した丈士は、星凪が開いた扉をそっと閉めると、即座に踵を返して駆け出そうとした。


 どこに逃げるかなんて、何のアテもない。

 だが、とにかく、逃げなければ。


 丈士は自身の生存本能に突き動かされ、必死に逃走を図(はか)った。


→星凪ちゃんはこんな子です

https://www.pixiv.net/artworks/91155706

※へたっぴでごめんなさい

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