小鳥遊さんは来ない。六
その後私達は、実もない雑談を数十分ほどしていたのだが、私が咳き込んだのをきっかけに桜が帰宅の準備を始めた。
そういえばそうだった。
私は風邪をひいていたのだ。だからこそ桜が家に来てくれて幸せの時間を過ごせたのだった。
今となっては、風邪のせいで熱かったのか、桜といたおかげで熱かったのかよくわからない状況になってしまっているが、まぁ気にしても仕方がない。
「またね」
玄関で、桜が口にした。その言葉で私は、安心した。
もしもここでバイバイとかなら、私は不安で夜も眠れなくなってしまっていたと思う。
だってまたね、と言うことは、また会えるということに他ならなくて、風邪を治せば早く会えるということでしかない。
そのことに微かな嬉々とした感情を覚えつつ、私も返事を返す。
なるべく笑顔で。
「またね」
聞いて桜は、扉を開ける。
その背中には、小さな翼が生えていたような気がした。
して、桜が家を後にして数分後入れ替わるように、妹のアゲハが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
いつも通りの会話だ。
アゲハとは、挨拶はするけどそれ以上の会話は特にない、そんな程度の姉妹関係。
別段仲が悪いとかではなく、まぁ多分そういう年頃なのだろう。
私もそこら辺は特に気にはしていない。
けど、今日は何故だかもう一個会話が続いた。
「さっき、家から知らない人が出てくるの見たんだけど、あれ誰?」
友達? とか聞いてこない辺りが私の妹って感じがする。
制服も同じはずなので、聞かずともわかるような気がするけど、一応の確認つもりだろう。
私は、なるべく桜との関係を勘づかれないよう慎重に言葉を紡ぐ。
「うーん。まぁ友達」
「そ、風邪は? もういいの?」
「うん、だいぶ良くなった」
「そ」
言ってアゲハは、二階へと上がっていく。
あの感じは、何も気づいていないはず。よかった、色々言われても面倒だったので、気付かないでいてくれるのならそれが一番だ。
にしても、桜……可愛かったな──。
いくら考えたとしても永遠と出ない答えを探し求めている。
自分の気持ちに素直になればいいだけなのだろうけれど、そうできない自分がいるのもまた事実。
『もっと仲良くなりたい』
小鳥遊さんはそう言った。
普通に考えれば、友達としての意味合いになるのだろうけれど、私にはどうしてもそうは思えなかった。
だからこそ、あそこで考えさせて欲しいと言ったのだけれど。
流石の私もあそこまでされてしまえば気づかざるおえない。
小鳥遊さんが少なからず私に対して、何か好意的なモノを持っているのを──。
ただ、それに素直に答えられるほど私もできた人間ではない。
小鳥遊さんは、私にとってなんなのか、どういった存在なのか。
私は、小鳥遊さんとどうなりたいのか。
それらが、わかっていたはずのそれらさえ今の私にはわからなくなってしまっている。
私にとっての生きる希望だった小鳥遊さんは、あの日に出逢った小鳥遊さんなのだ。
そんなのは私のエゴだってことは嫌というほど理解できる。
自分から近づいといて、いざ近づかれればそれは違うなんてのは、エゴの塊でしかない。
何がマイナス思考の人間だ。
私はきっと、小鳥遊さんに構ってほしかったからそう演じていたのだろう。
小鳥遊さんが笑ってくれるから──小鳥遊さんが楽しそうだから──小鳥遊さんがそばにいてくれるから──私は自分を下に見ていたのかもしれない。
自分が下だと思うことはとても楽なことで、上に行こうとすることはとても辛いことだ。
きっと先人達は言うのだろう、壁は越えるためにあるのだと。
そんなことを言われても、私はやっぱり小鳥遊さんを──上に見てしまうと思う。
それは、同じ虫でも蝶と蛾のような違いなのかもしれない。
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