小鳥遊さんは来ない。四
ここは夢なのだろうか、私にはわからない。
けど、人の温もりが手のひらから伝わってくる。
なら、きっと夢ではないのだろう。
私の夢に人は出てこない。これは昔からそうだから気にもしないけど、何故出てこないのかは考えたことはある。
その時出た結論が、多分私は、人というモノがあまり好きではないのだろうという事だった。
もちろん父母や妹のことは、家族として好意を抱いている。
ただ、昔から家族以外に心を開ける相手──友達なんてモノは本当の意味ではいなかったように思う。
最低限の人付き合い──つまりは人当たり良く日常生活を送りながら、私は確実に大きな壁を作っていた。
それも自ら壊さない限りは、誰も入ってこれないような。
その証拠に、私は今まで友達と呼ぶような人を誰一人として、自分の部屋に招いたことはなかった。
だから、側から見れば私は友達も多く、他人からも頼られる、優等生のように映っていたはずだ。
ただ、そんなのは幻でしかなくて、本当の自分はフィクションの中に閉じこもっていたいと思うような、根っからの人間嫌いなのだと思う。
だからこそ、私は幻想の生物のような鳥と遊ぶのが好きだし、夢は鳥になること──なんて言ってしまうのだろう。
夢といえば、私が初めて夢を語ったあの子──桜はどうしただろう。
風邪で弱りきった私は、思わず助けを求めてしまった。今まではこんなことはなかったのに。
あの日、あの朝、桜と出会ってから、私は変わったはずだ。
少しの変化なのかもしれない。
けど、その少しの変化は私にとっては大きな変化だった。
桜と出会うまでは、私自身人に来られるのも行くのも好きではなく、むしろ嫌いだったはずなのに、何故だか桜にだけは、来て欲しい、自分からももっと行きたい。そう思って行動していた。
その行動は、今までの私を否定してしまうようなことだけど、不思議と嫌な気持ちには、ならない。
本当に不思議だ。
「……桜……」
気づけば私は、そこにいるはずのない人物の名前を呟いていた。
桜に側にいて欲しい、私の手を握っているのが桜であって欲しい。
そう思っての呟きだった。
すると、夢見心地だった私の意識を現実に戻すかのように声が聞こえてくる。
ただ、その声は決して嫌なモノではなく。
「
私のことを呼ぶ声がする。
その声は、この数カ月でとても聴き馴染みのある声に変化していた。
私は、瞑っていた瞼を開ける。
目に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。
ここで毎日眠り、毎日目を覚ます。
自分の生活拠点。
そんな場所からあの声が聞こえて来る。
私はゆっくり、ゆっくり、と、顔を横に向ける。
そこには当然、桜の顔があった。
短いながらも綺麗な黒髪、眼鏡からはみ出す可愛らしい透明感のある目。
私は、そんな桜に笑みを見せる。
桜の額には汗が滲んだ痕があり、色々と私の為に試行錯誤しながら看病をしていてくれたことが伺える。
そんな桜に対して、私は、素直な言葉を口にする。
「……桜、ありがとう」
私は今までの人生、まだまだ短い人生だけど、この言葉を伝えたのは家族だけだった。
家族以外の人間に言うのは、今この瞬間──咄嗟に出てしまうほどに私の心を揺さぶるこの瞬間が初めてのことだった。
その初めてを貰ってくれた相手は、いったいどういう反応を示すのだろう。
「いや、別にお礼を言われるようなことなんて」
その返しはとても桜らしい返しだなぁと、思う。
自分の手柄を自分のモノにしない、良く言えば謙虚だけど、悪く言うのなら他人に押し付ける。
そして自分は何もなかったかのように元の位置へと戻っている。
それが、私が知る桜らしいところだと思う。
この数ヶ月、短い数ヶ月一緒にいたのはそれだけの期間だけど、今は思う。
もう少し、いやもっと──桜という人を知りたい──桜という人に私を知って欲しい。
桜はそんなこと全く思っていないのかもしれないけど、仕方がない、何故なら私は、そう思ってしまったのだから。
その感情が、どういう言葉になるのかがわからない。
その感情の理屈は分かっても理解ができない。理解をしようとしない。いつもなら読み解けるそれも、私自身が拒んでいる。
そう、拒んでいるはずなのだ。桜はわざと私との距離を開けている。そんなのはわかっている。私がわからないわけがない。なのに何故だか今はただ、もう少し、本当にもう少しだけ、この二人の時間を過ごさせて欲しい──それだけだ。
すると私は、自分でも気付かないうちに桜の手を今までよりもほんの少し強く握り返していた。
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