小鳥遊さんは来ない。三
そんなこんなで、
なんというのが正しいのか、この自分とはそもそも住む世界が違うというか、別の世界それこそ、鳥たちが飛んでいってしまう異世界のような雰囲気、そんなことを感じ取れる玄関で靴を脱ぐ。
その瞬間、なんだか突然自己嫌悪に苛まれそうになる。
これはお世辞とかではなく、自分の家と比べた時に小鳥遊さんの家はあまりにも、綺麗すぎる。それこそ毎日誰かしら掃除でもしていなければここまでには、ならないのではと、思わせるほどだ。
そこに、私なんかが足を踏み入れていいものなのか、と。
そんな風に考えていると、二回に上がる階段へと足を進めていた小鳥遊さんが、むむっと怪訝そうな表情でこちらを覗き込む。
「桜、またマイナス思考になってるでしょ」
どうしてわかったのだろう。私はそんなにも表情に出ていただろうか。
「めちゃくちゃ表情に出てたよ、これでもかってぐらいにはね。さっきまではあんなに楽しそうだったのに、どうしてまた突然」
「それは、その」
と、一瞬たじろいでしまったが私は、もう決めたのだ。
小鳥遊さんともう少しだけ、仲良くなる、と。
だからここで、口をモゴモゴさせてまた小鳥遊さんに読解してもらうなんてことは、しない。
うん。
そう心を温めると、私はどういった思考回路だったのか小鳥遊さんに対する気持ちは隠したまま、口にする。
して、私が経緯の説明を終えると小鳥遊さんは微笑みを見せながら、言う。
「他人の家の玄関を異世界とか、桜、ほんと面白いね」
「面白いねって、私は真面目だったのに」
「いや、ごめん。別にバカにしてるつもりは一切なかったんだよ。ただ、やっぱり桜は、少し視野が狭いなって」
「視野?」
「そう、視野。桜は視野をもう少し広げてみた方がいいよ。もちろん広げすぎるのも良くないけど、それにしても桜は狭すぎる。だって考えても見てよ、私の家が綺麗だって言っても桜が見たのは、まだ玄関だけ、そんな家の一部分だけ見てその家が異世界だとか、自分が立ち入るべきではない場所だとか、言い過ぎにも程があるよ」
「…………」
「どうする? これでもしも私の部屋が汚かったら、桜はそれでも私の家に入るべきではない、なんて考えるの?」
「それは、多分……思うんじゃないかな」
「入るべきじゃないって?」
「うん」
私は自分自身を、あの日、小鳥遊さんに逢ったあの日から、対等だとは思っていない。
それはやはり変えようのない事実で、現実。
私自身がどれだけ変わろうと、その関係性だけは絶対に変わることがないように思える。
それは、人間が絶対に空を飛べないのと同じようなモノだ。
すると小鳥遊さんは、数回首を縦に振り一人でに相槌を打つ。
私の考えを読み取っているのかは、私には判断がつかなかったけれど、少なくとも小鳥遊さんなりに何かを感じ取ったような、そんな表情だった。
「桜、その考え方は辛くない?」
「辛いよ。とても辛い。私だってもっと素直になって、もっと楽しみたい。けれど、私にはこの方法しかわからない。この方法しか、仲良くなる方法を知らない」
それは、いつもの小鳥遊さんならば簡単に読み解けてしまうほどに、率直で素直な、告白にも等しい言葉だった。
けれど、今日の小鳥遊さんは違った。
もっと早くに気づくべきだった。
そもそも小鳥遊さんは自分で言っていたじゃないか。
『風邪をひくと人間は弱くなると』
いつもなら、私のマイナスをプラスに変えてくれていた所も、今日は教室で項垂れていた私に一件のメールで、一度だけプラスにしてくれただけだ。いつもならば何回でも何十回でもプラスにしてくれる。
強いて言えば、玄関で別れそうになった時だけれど、あそこでも私は勝手に感じ取って、勝手に小鳥遊さんの手を取ってしまっただけだ。
別段小鳥遊さんが何かをしたわけではない。
それに私は、今の今まで気づけていなかった。
気づけるはずだった。
小鳥遊さんに無理をさせずに済むはずだった。
小鳥遊さんは、突然、私の肩へと倒れかかってきて──その表情は真っ赤に染まっていた。
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