小鳥遊さんは来ない。二
途中何かお見舞いの品でも、と、コンビニでスポーツドリンクと、ゼリーを購入して、道に迷うことなく私は、
しかし到着したはいいものの、学校の段階では浮き足だっていた足が、今では緊張で少し震えてきてしまっている。
小鳥遊さんの家に、来てしまった。
それだけの、ことなのに。
私は、その足をなんとか平静に戻し、呼び鈴を鳴らす。
すると、数秒と経たずに家の中から声が聞こえてきた。
聴き慣れた声だ。確認を取らずともすぐに誰なのか認識することができた。
すると、次は足ではなく心臓が震え出してしまう。心臓が小鳥遊さんの登場を待ち望んでいたように、大声をあげている。
私は、今度もその声をなんとか鎮めて、小鳥遊さんの家の扉が開くのを今か、今か、と、待っている。
そしてその瞬間は突然に──。
「おはよう⋯⋯じゃないか。こんにちは」
制服姿以外の小鳥遊さんを初めて見た私は、思わず放心状態のようになってしまったが、なんとか魂を自分の心臓に縛り付け、挨拶を返す。
ぎこちない返事だった。
「う、うん。こんにちは」
そんな私に小鳥遊さんは、変な顔一つせずに笑顔で言う。
「突然連絡しちゃってごめんね」
「いやいや、私が勝手に勘違いして学校飛び出しちゃっただけだから、小鳥遊さんは何も」
「それはそうなんだけど、なんか今なら桜、来てくれそうだなぁっていう直感がさ、あったんだよ」
「直感?」
「そう、直感。前言ってたでしょ? 私のことをエスパーじゃない? 的なこと」
「う、うん」
「だからさ、風邪ひいちゃって暇だったから考えてみたわけ。桜、今何してるかなぁとか、私がいなくても学校生活成り立ってるのかなぁとか、そりゃもちろん私と出会う前は普通に過ごしてたんだから当然だろって話ではあるんだけどね」
いや、全くもって世間一般が言う生活にはなっていませんでした。
「でさ、考えてる中でなんか思ったわけ、今なら桜来てくれそうだなって」
根拠も何もないんだけどね──小鳥遊さんはそう付け加えた。
そんな小鳥遊さんに、私は気持ちを悟らせないようなるべく表情を抑え、平静を保ちつつ訊く。
「そ、そうなんだ。その、直感は何? なんか鳥から運ばれてきた的な?」
私は何を言っているのだろう。あまりにもポエミーすぎる。
小鳥遊さんが、私といない時にも私のことを考えていてくれるという事実に嬉々としすぎだろう。
それじゃあまるで、私が小鳥遊さんに常に私のことを考えていて欲しいとか思っているみたいじゃないか。そんなわけがない。私は小鳥遊さんとは普通の友達で長く細く一緒に居たいだけだけなのだから。そこまで思うわけがない。……思うわけがないのだ。
「まぁそんなところかな」
と、私がくだらない考えを巡らせているうちに、小鳥遊さんは私のポエミーな問いかけに答えてくれた。
「そんなところなの?」
「うん、そんなところ。だって結局はたまたまだし、私にも自分が出来ることと出来ないことの区別ぐらいはつくんだよ。私はエスパーなんかじゃないし、他人の考えを読むこともできない。今回はたまたまタイミングがよかっただけ、それこそ鳥が教えてくれたんだよ。きっと」
その言葉を聞いて私は、珍しいな、と、思う。
だって、いつもの小鳥遊さんならそんな小さなマイナスも、声には出さないような気がするから。
小鳥遊さんは、前に言っていた。「才能は貰うモノじゃなくて掴み取るモノ」だって。そんなことを言う人が、たまたまだのタイミングが良かっただの言うだろうか。
すると、小鳥遊さんは一度咳き込んでからゆっくりと喋り出した。
「人間ってさ風邪をひくとさ、すっごく弱くなるんだよ」
そこで私は、思い出した。
そうだ、会っていの一番聞かなければいけないことを、小鳥遊さんの登場で失念していた。
「小鳥遊さん、体調は大丈夫なの?」
訊くと小鳥遊さんは、これでもかという笑顔で答えてくれる。
「うん。体調はね全然大丈夫」
「そっか、ならよかった。ごめんね本当なら会って最初に訊かなきゃいけないことなのに」
「いや、いいよ。私も私で桜と話すの、楽しかったから」
楽しい。私にとってそれは、現状小鳥遊さんと一緒にいる時間だけを指す言葉だ。
前々から思ってはいたのだ。
なんだか、つまらない──と。
なんだか、楽しくない──と。
小鳥遊さんと出逢う前の私は、まるできっちりとプログラムされたロボットのようだったと、思う。
朝起きて、ご飯を食べる。学校に行き、一日授業を受け、帰宅して、ご飯を食べ、夜に寝る。
そんな普通の生活をこなすだけのロボットだった。
けれど、あの日以降、私は小鳥遊さんによって、おそらくプログラムを書き換えられたのだ。
楽しい、というプログラムを入れられ、私は変わった。
変わってしまった。
今の私は、その楽しいを細く長く続けるためだけに動いているロボットだ。
だから私は、小鳥遊さんに言う。
笑顔で──。
「楽しかったなら、よかった」
それだけだ。
それから、小鳥遊さんが私の手荷物を見て慌てた様子で口を動かした。
「もしかして、なんか買ってきてくれた感じ?」
「ああ、まぁ、うん。一応……ね。もしいらないならそこら辺に捨ててくるから気にしないで」
「いやいや、不法投棄はダメでしょ。それにいらなくないし」
言って小鳥遊さんは、指を玄関口に持っていき、私に問いかける。
「もし……さ。時間あるなら上がってく?」
一瞬何を言っているのかがわからなかった。タカナシサンノイエニ? そりゃお見舞いに来たのだから家に上がって、顔を見るぐらいはしようと思っていたけれど、実際問題ここまで玄関前で話せてしまったのだから、もうこの手荷物だけを渡して、私はそそくさと、帰ってしまった方がいいのではなかろうか。
それにさっきも言った通り、私はロボットだ。ここでもし、小鳥遊さんの家に上がってしまったらそれは、機械的ではなく、とても人間らしくなってしまう。
私は、人間らしくなりたいのではなく。ただただ、小鳥遊さんと一緒にいたいと言うだけなのに。
本当に今日の私は、自己矛盾だ。
もしかしたら最初からかもだけれど。
なんて私が考えている間に、小鳥遊さんは首を傾げる。
「もしかして、この後用事があったり?」
「いやいやいや、用事なんて」
あるわけがない。
そもそも私は、小鳥遊さんのお見舞いのために学校を抜け出してきたのだ。それなのに、用事があるなんて嘘、通じるわけがない。
けれどここで家にお邪魔してしまったら、それこそ本当に友達みたいになってしまう。
いや、小鳥遊さんと友達だと言うのは事実で、決して嫌なことではないのだけれど、なんだかその家に行ったことがあるのとないのとでは、友達としての距離感が違ってしまうような気がする。
その距離感が、私にとっては一番大切で──。
すると、今度は何かを察したように小鳥遊さんが、言う。
「無理なら全然大丈夫だよ? ここで話せただけで私、満足だし」
「いや、無理とかではない。だけれど、なんかその」
ここで、スパーッと、貴方との距離感を保つためです。なんて言えたらそれが一番楽なのだろうけれど、私にはそれが、できない。
怖い──。
ただ、それだけの感情が、あるだけなのに。
ただ、それだけの感情が、あまりにも強い。
その感情を読み取ったかのように小鳥遊さんは、言う。
「そっか、そうだよね。風邪、移しちゃっても悪いし家に上がるのはまた今度だね」
言って小鳥遊さんは、手を数回振り微笑みを見せる。
その微笑みに私は、ただコクっと首を頷くことしかできない。
今回はこれでいい。
今回も次回も次々回もこれでいい。
こうやって距離を保っていれば、私の夢と呼べるかもしれない何かは、叶うのだから。
そして、私が頷いたのを見てから小鳥遊さんは、背を見せる。
その背中に私は、まるで翼が生えているかのような幻想を見てしまう。
その翼で、私の目の前から羽ばたいて消えてしまうような──。
気のせいなのはわかっている。分かりすぎるほどに、けれど、どうしても、考えてしまう。
もしも、と。
もしも、私の目前で飛び立つ小鳥遊さんの姿を──。
気づけば私は小鳥遊さんに声をかけていた。
気づけば私は一歩を踏み出していた。
今まで悩んでいたことが、大空に飛び立ってしまったかのように、何も悩むことなく。
「小鳥遊さん……やっぱりお邪魔してく」
その、たった一言。
そのたった一言が、私が変わる一言だった。
これで私が変わるのはあの朝と合わせて二回目だ。
たったの数カ月で二回も変わるわけがない、そんな風に言われるかもしれないけれど、別に普通のことだろう。
なんたって、あの朝の出逢いが既に劇的で物語的だったのだ。
もう少し劇的で物語的な、私のフィクションが続いたっていいじゃないか。
そんな事を考えつつ小鳥遊さんを見る。
小鳥遊さんは、幻の翼を隠すように、満面の笑みでこちらを見ていた。
「うん!」
私は思う。
もう少し、もう少しだけでいいからその笑顔を見せていてほしい──と。
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