小鳥遊さんは来ない。

 段々と暑くなってきた今日この頃、私はいつも通りの待ち合わせ場所で、いつも通りにブランコを漕いでいたのだけれど、何故だか一番重要ないつも通りだけが私の下には訪れなかった。

 待ち合わせ時間から、数十分、流石にそろそろ学校に向かわなければ私も遅刻してしまう。

 どうしようか、と、悩んだ末に私は、『先に行ってるね』と、だけメッセージを送り、ブランコを降りた。

 しかし彼女からの返事は、いつまで待っても来ることは、なかった。

 

 学校に着き、席に座る。

 いつもならば、私の席から二席程離れた位置に小鳥遊たかなしさんは、腰を下ろす。ただ、今日はその姿も見えず、今日という一日が完成しないような気がした。

 いつもよりも時間が長く感じてしまう。

 たった一人の人間がいないだけで、こうも時間の進みが違うものなんだな、と、実感する。

 何も楽しくない。

 昔の自分に戻ってしまったみたいだった。

 私の願いは──望みは、こんな簡単に砕かれて、粉々になってしまう。そのことが、無性に悲しくなる。

 返事はこない。

 小鳥遊さんは風邪を引いたらしい。朝のホームルームで名前も顔も覚えていない、担任らしき大人が言っていた。

 それを聞いた瞬間、私は、スマホでメッセージを送った。

『大丈夫?』

 しかし、返事は返ってこない。

 今朝のも合わせてこれで、二件送ったことになるが、それでも返事はない。

 なんだか、心配になってきてしまう。本当にただの風邪なのだろうか、もしかしたら重度の病気になってしまって、連絡どうこうの話じゃないのかもしれない。そうだとしたら、私には何ができるのだろう。病院にお見舞いに行く? いや、そんなのは私程度の人間がしたところで意味がない話だ。なら、お金か? 手術代、そうだ、お金を渡そうそれが一番良い方法かもしれない。だけれど、いつか言っていた。お金には困っていないと、じゃあ、何をすればいいのだろう。何か物を渡すか? それならば、私自身に力がなくてもできることで、病気は気からとも言うし、欲しい物を渡せば気持ちが昂るかもしれない。よしそうしよう⋯⋯⋯⋯小鳥遊さんの欲しい物を私は知らなかった。夢ならば知っているけれど、それは私があげられるようなモノじゃない。私は小鳥遊さんのことを何も知らない。誕生日も家族構成も得意科目も好きな物も欲しい物も好きな場所も食べ物の好き嫌いだって、私は何も知らない。けれど、それは自らが望んだことで、自らが知らないようにしていたことで、私が、小鳥遊さんについて知っているのは、夢ぐらいだ。その夢だって、何故その時、その話題を出したのかを思い出せない。ただの、気まぐれだったのかもしれないし、もしかしたら、大きな理由があったのかもしれない。そんな程度のことなのだ。そんな程度の思い出なのだ。そんな程度の思い出しかないのだ。そんな程度しか──。

 これが自己矛盾というのだろうか、私は、小鳥遊さんと仲良くなりたいのかそうではないのか、その答えが私のことを苛んで行く。

 私の行動はいつも矛盾していて、言ったいることとやっていることが、真逆だったりもする。けれどそれさえも生きる言い訳にして、答えを出そうとしない。

 常に怖がって、常に怯えて、逃げている。

 今回も多分逃げるのだろう。

 答えを出さず先延ばしにする。

 そうやって、小鳥遊さんとの関係を維持し続ける。

 私はどんな糸で小鳥遊さんと繋がっていたいのだろう。

 ナイフでさえ切れない頑強な糸だが、その糸は何かの拍子に一度切れてしまったらもう一度つなぎ合わせことができない糸。はたまた、素手で簡単に切れてしまうけれど、何度も何度も修繕がきく糸。

 私はそのどちらが欲しいのだろう。

 わからない。

 私は、小鳥遊さんのこともわからないけれど、自分のこともわからない。

 何をしたいのか、どうなりたいのか。

 時が進むにつれて、理解できていたものさえも私には不理解になってしまう。

 小鳥遊さんに出会う前の私はもっと単純で、もっと短絡的で、もっと自由だったはずなのに。

 こんな時こそ小鳥遊さんに話を聞いてもらいたい。けれど今考えていたようなことなんて、小鳥遊さんに伝えられるわけがない。

 そもそも、今小鳥遊さんとは連絡が取れないじゃないか、それがことの発端だったのに──そんなことも忘れてしまうぐらいに、私の心は拠り所を無くしてしまっている。

 授業なんて全く耳には入ってこないし、そもそも今が何時限目なのかもよくわからない。私は小鳥遊さんのシルエットを常に目で追ってしまう。そこにはなにもないのに──。

 今の私は、周囲から見れば可笑しな人間だろうか。だからこそ先生でさえも声をかけてこないのかもしれない。

 誰も私を気にしていないのならいっそのこと、小鳥遊さんの家に行ってしまってもいいかもしれない。

 私の家とそんなに離れていないということぐらいしか知らないけれど、空を見る限りではまだ夜になるまで大分余裕があるので、血眼になって探せば見つけ出すことができるだろう。

 ただ、例え見つけ出せたところで、それが私の望むモノを送り届けてくれるとは限らない。

 むしろ、望みとは真逆のモノが手に入ってしまうような気がしてならない。

 ここでも自己矛盾だ。

 結局私は、私自身を私自身で閉じ込めてしまっている。

 一つの部屋の中、二人の人間がいて、片方は外へ飛び出したい。もっと自由なことがしたいと、思っているが、もう片方の人間が出口を塞いでいる。

 ここから出て行くな、と、目を細めて睨んでいる。

 ただ、出口を塞ぐ人間は外から来る人間には弱いのだ。扉を数回、外の人間がノックしてくれるだけで、消え去ってしまうだろう。

「助けて」

 私は一人でに呟いた。

 人は誰も私を見ない。

 人は誰も私を見ていない。

 そう思っていたけれど、それを否定するかのように、私のスマホは光を灯した。

 画面に表示されたのは、小鳥遊小鳥という文字。

 その瞬間、私の眼下には夜空が現れた。

 そして、その暗い夜空に一つだけ輝き続けている一等星が、私には見えた気がした。

 一等星には短く文章が書かれていた。

『お見舞い来てくれない?』

 小鳥遊さんはこう言ったお願いはしてこないと思っていたので、正直意外だった。(もちろん自分なんかがという前提ありでの話だけれど)

 ただ、意外だったからといって小鳥遊さんからのお願いを断るわけには、いかない。

 詳しいことはわからない。私に、何をしてほしいのか、それすらも想像できないけれど、小鳥遊さんが来てほしいというのなら、私に行くという以外の選択肢は存在していないので、私は即座に。

『行く!』

 という文にもなっていない文字を送り、教室を後にする。

 その時、誰かの声が聞こえたような気がするが、そんなこと気にしてもいられない。

 私が今、気にするべきことは、小鳥遊さんの家がどこにあるのか、ということだけだ。

 

 

 そんな悩みは杞憂に終わった。

 教室を出てから下駄箱辺りに差し掛かったところに、何かを察したようなメッセージが私のスマホの音を鳴らした。

『今からって意味じゃないよ?』

 やっぱり小鳥遊さんの読解力は凄まじいなぁ、と、思いながら私は校門辺りまで足を運ばせてから一旦足を止め、スマホに目を注力させる。

『でももう教室から出ちゃったし』

 すると程なくして、返信が音を鳴らす。

『出ちゃったって⋯⋯誰かに止められたりしなかったの?』

 そのメッセージには少し頭を悩ませたが、嘘なく返信することにした。

『わからない』

『わからないって⋯⋯』

『なんか聞こえたような気がするけれど、多分勘違いだと思う⋯⋯だってどうせ誰も私のことなんて見てない』

『またそうやってマイナス思考になる⋯⋯⋯⋯わかった。どうせ今から戻りなって言っても戻りづらいだろうし、私の家来てくれる?』

 そのメッセージの後──数秒後、最後に一通メッセージが送られてきた。

 メッセージには、小鳥遊さんの住所が細かく書かれている。

 私は、浮き足だったその足を住所へ向け、駆け出した。

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