小鳥遊さんは虫を嫌う 三

 小鳥遊たかなしさんと別れ一人になり私は考える。

 どうして私は小鳥遊さんとの関係を進展させたくないのかを。

 別にいいではないか、このまま仲良くなっていけば、どうしてダメなんだ? どうして関係を強くしたくないんだ?

 それは、怖いのだと思う。

 関係を強くしてしまったばかりに離れてしまうのが⋯⋯磁石のようなモノだ。N極とS極二つが違う場合は、とても仲が良くて離したくとも離れなくなるほどに、惹かれ合う。だけれど、その二つが同じになった場合、つまりは似た者同士になってしまった場合、今までの関係値が零になるかのように離れあってしまう。

 私にとって仲が良くなるとは、相手を理解し、相手に寄り添う、というものだ。ということは、それはその人に似てしまうということだと、私は思う。

 理解してしまったら、その考えを否定できなくなってしまう。

 寄り添ってしまったら、その人を否定できなくなってしまう。

 理解してしまったから、離れてしまう。

 寄り添ってしまったから、離れてしまう。

 そうなってしまったら、もうそれは仲がいいとは違う、全く別のモノだと思う。

 私はそうなりたいわけではない。

 私は一生一緒にいたいだけなのだ。

 だから、関係を強く強固なモノにはしたくない。このまま弱いけれど長く繋がっていられる──そんな関係性を望んでいる。

 けれど、それが、逃げだってことには気づいている。

 関係を強くして、そのまま永遠に一緒にいられる方が良いに決まっている。

 そんなのは、わかりきっている。

 だけれど、やっぱり怖いのだ。

 小鳥遊さんと離れてしまうのが──。

 

 そんなことを考えている間に、外は暗くなり明かりも消え始めてしまった。

「どうしよう」

 こういう時に限って、別段マイナス思考になんてなってないし、小鳥遊さんに送るような事も起きていない。

 さっきまで考えていたことは、ポエム帳の中にあるような恥ずかしい物なのでそもそも却下するとして、どうすればいいだろう。

 夜に、連絡すると言ってしまったのだ。

 何か、メッセージを送らないと⋯⋯。

 私は、ベッドに足をバタバタとぶつけながら苦肉の策で、一件のメッセージを送信する。

『今何してるの?』

 いくら友達のいない私でも、これが話題がない時に出るモノということぐらいは知っている。

 送った後にどうしてこんなモノを、と、後悔しているとスマホが音を鳴らす。

『本読んでた』

 短い文章に私は、そうかそうか、と、胸を鳴らす。

 今小鳥遊さんは本を読んでいたのか、邪魔ではなかっただろうか。

 そんなような旨のメッセージを送ると、数秒と経たず返事が返ってくる。

『もう読み終わるところだったし大丈夫だよー』

 一回一回返事が返ってくる度に、何故だか胸が踊るような感覚になる。

 初恋した少女みたいだなぁ、と、自分でも思うが、これは初めて友達と夜に連絡を取り合っているという縮図に、気分が高まっているだけだ。うん、そうだそうだ。気にするほどのことではない。

『そうなんだ』

 思いっきり気にしてしまっていたのか、私は全く内容のない文章を送信してしまった。

 どうしよう、もしこの文章を読んで小鳥遊さんが私に見切りをつけてしまったら。

 しかしその考えは杞憂には終わらず、今まで数秒の間に返ってきていた返信が数分待っても届かなくなってしまった。

 本当に? 半分冗談混じりでの考えだったのに? 現実になっちゃったの? え? 嫌だ。ごめん、もうそんなこと考えないから、お願い、小鳥遊さん。返信を──私にください

 するとタイミングを見計らったかのように、スマホが音を鳴らす。

 私はスマホに飛びついた。

『ごめん、妹と話してた。えーっと、さくらは何してたの?』

 何もせずに、ただあなたの返信を待ってましたなんて送れるわけもなく、そもそも小鳥遊さんが聞きたいのは、それより前に何をしていたのか、だ。

 わかってはいるけれど、そんなこと考えている暇もないぐらいのスピードで、私は打鍵を終え、メッセージを送信する。

『何もしてなかったよ。それよりも小鳥遊さんはエスパーか何かですか?』

 送った後、また自分は何を送ってしまったんだと、頭を抱える。

『どうしたよ、突然。エスパーなわけないじゃん』

 しかし、私の悩みを吹き飛ばすかのように、小鳥遊さんは普通に返信を返してくれた。

 優しい⋯⋯。

 すると、私が次の文章を考えている間に、スマホが音を鳴らした。

『どうしたの? なんか文章からテンション高いのが伝わってくるんだけど、いいことでもあった?』

 やっぱり小鳥遊さんエスパーでは? 私の今までの文からテンションの高さを察するとか、人ならざる者の技じゃない?

 そりゃ、読者をよくしているとは言ってたけれど、ここまでの読解力を持っているのは、流石の私でも素直に脱帽してしまう。

 ただ、だからといって送る文章までもが素直になれるわけもなく。

 なんだか、濁った文章になってしまった。

『そう? 別になんかがあったとかではないよ。普通普通。いつも通りだよ』

『いつも通り⋯⋯ね。じゃあマイナス思考にも?』

 それは⋯⋯。

 どう答えればいいのだろうか。

 なってる、と、言って少しでも発散するのがいいのか、それともなってない、と、言って小鳥遊さんを安心させるのがいいのか。

 まぁ考えるまでもない。

 私はいつも通りこっちを選ぼう。

 私はいつも嘘つきだ。

 ただ、とても良い夢を見ている気分だった。

 

 昨日──小鳥遊さんとのやりとりを終えた私は、何故だか凄く疲れてしまっていたのかすぐに眠りについてしまった。

 とはいえ元から特段やることがあったわけでもないので、何か不自由が発生したとかではない。

 ただ、とても楽しかったあの時間の余韻に浸れなかったという一抹の淋しさが、朝起きてから数時間が経った今でも消えていないというだけ。

 勿体ないことをした気がする。

 そんなことを考えていると、私を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。

 その声は、昨日文章で散々見ていた声と同じモノだった。

 私はその声の主に挨拶をする。

 元気よく。

「おはよう」

 それが新しい一日を告げるかけ声となった。

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