小鳥遊さんは夢見鳥 五

 しかし、語り始めた私の言の葉は小鳥遊たかなしさんにとっては予想外のことだったらしく、怪訝そうに顔をしかめた。

「私が聞きたいのは、そういうとんちが利いたことじゃないんだけど⋯⋯」

「いや、別にとんちを利かせたかったとかではないよ⋯⋯まぁ正確に言うと、夢がないんじゃなくて、夢をなるべく持たないようにしてるってだけなんだけれど」

「持たないように?」

「そう、そりゃ私だってあれしたいこれしたい、ぐらいは考えたりもするよ」

 現に今日の昼間も、小鳥遊さんと一生一緒にいたい的なことは考えた。

「だけれど、実際にそのしたいことを夢として定めてしまったら、自分には足りないモノが必ずと言っていいほど出てきてしまう」

「それは何、お金とかそういう話?」

「いや、違う。もちろんお金がなくて夢に挑戦できないのは、往々にしてあるとは思うけれど、私は違う。これは私が勝手に思っていることだから、世間一般がどうかは知らない。けれど、世界一般がどうだったとしても、私にお金の面での問題はない。だから私が、夢を持たないようにしているのは──才能というモノに人生を左右されたくないから」

「⋯⋯⋯⋯」

「才能があるから人は夢を追う。才能がないから人は夢を諦める。夢を追う資格があるのは、才能を持っている者だけ。これが、私の思い──夢に対する考え方。どう? マイナス的でしょ?」

 昼間私は、心中で、小鳥遊さんとの関係をこのまま発展も衰退もさせたくないと思った。けれどそんなことは不可能で、なぜなら私にこの関係を停滞させることは、絶対にできない。

 それは、自分自身が一番よくわかっている。

 だから、私は小鳥遊さんにそのことを告げない。

 それが、私が唯一打てる最善手だ。

「確かにマイナス思考。さくらっぽいなぁとは思うけど、それってやってみないことにはわからなくない? 自分に才能があるかどうかなんて」

「わかるよ⋯⋯だって」

 と言って、私は空を見上げる。今日何度目だろう、この雨空を見上げるのは──。

「私が見上げる天はいつも同じ表情で私のことを見てるから」

 天は二物を与えない。

 だからと言って、一つをくれる保証もないだろう。

 何もない人間がいたとしても、なんら不思議ではない。

 すると小鳥遊さんは、単純な疑問を抱えた少女のような純真無垢な目をこちらに向け。 


「そもそもさ、桜はなんで才能が貰えるモノだと思ってるの?」


 それが小鳥遊さんにとっては、当たり前のように──。

「才能は自らが勝ち取るモノでしょ? 何かを成し得た者が結果的に得るモノが才能であって、そんなモノを最初から持っている人なんて──私はいないと思うよ」

 と言った。

「そうなのかもしれない。私の考えは卑屈すぎるのかもしれない。けれどさ、やっぱりそんなのは──」

 理想論だよ。

 夢を見るために必要なモノを、なんで夢物語で手に入れなくちゃいけないの?

「理想論でいいじゃん。理想論を口にしている時が、人間──一番輝くと私は思うよ」

 そう言った小鳥遊さんの表情は、太陽や月、星や光よりも眩しい、マイナスな人間の私が直視したら消えてなくなってしまいそうなほどに、可愛い笑顔だった。

 ただ、今の私は、マイナスではなくなった。

 小鳥遊さんによって相殺されるはずだった私のマイナスは、プラスによって塗り替えられ、今の私はプラス一、だからというわけではないけれど、その笑顔を見ることができた。

 するとまるでタイミングを見計らったように、空から降ってきていた雨はその勢いを段々、と、弱め最後には完全に止んでしまった。

 私の心とリンクしているかのように錯覚してしまいそうになるが、そんなのはやっぱり詩的表現の中だけに収めておこう。

 今は、目前の、嬉しそうに空を見上げる少女の話をしよう。

「見て見て、雲が鳥の形みたい」

 言われ、傘を閉じ、空を見上げてみると、確かにそこには真っ白な雲で形作られた鳥の姿があった。

 その鳥は、まるで異世界から舞い戻ってきた大きな白鳥にも思えて、私は思わず笑みを溢した。

 大空を大きなその翼で飛んでいる。

 そんな姿を見ていると、確かに鳥は自由だな、と、思えてくる。

「小鳥遊さんの夢は、ああいう風に、風に煽られながら自由に飛ぶこと?」

 訊くと、小鳥遊さんは笑顔で、手を大きく広げ。

「うん!」

 と、言いながら長く伸びた髪を風になびかせ、まるで高く空へと向かうように走り出した。


 その翼は、あの鳥に比べればとても小さなモノで、お世辞にも鳥とは言えない。強いて言うのなら──ちょう。空ではなく、地上を人間よりも自由に舞う。

 そんな小鳥遊さんに名称をつけるのなら、夢見鳥ゆめみどり

 鳥に夢見る小鳥遊さん。

 私はそんな小鳥遊さんを、今日もこれからも上に見る。

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