小鳥遊さんは夢見鳥 四

 キザなやり取りを終えてから数分後──心臓も落ち着きを取り戻し始めた頃、私は空を眺めながらふと気になったことを隣の小鳥遊たかなしさんに聞いてみた。

「雨が降っている間って鳥は、どこにいるんだろうね」

「どこってそりゃ⋯⋯空飛んでるんじゃないの?」

「私も最初はそう思ったんだけれど、ほら」

 と、言って私は暗い空に指を指す。

「確かに、この空の下飛びたいとは鳥も思わないよねぇ」

 私が言いたいこととの、多少のズレがあったけれど、まぁニュアンスが違う程度だ気にしないでおこう。

「だからさ、この雨が降っている間は鳥たちどこにいるのかなぁって」

「家の中というか、軒下とかじゃない?」

「そんな場所に鳥がたむろってたら、家の住人がうるさいって怒鳴りそうじゃない? 私、そんな話聞いたことないよ?」

「確かに、私もない。じゃあ家周辺はないか。ということは、木の中とかじゃない? あそこなら雨宿りできそう」

「それかも」

 良い案を得たので、早速私は帰路の最中にある木を片っ端から、除いてみたが、鳥が見つかることはなかった。

 一羽の声も聞こえない。

「やっぱりいないね」

「そうだねー。こうなるとあれしかないんじゃない?」

「あれ?」

「そう⋯⋯きっと鳥は、雨が降っている間は別の世界に行ってるんだよ」

「どういうこと?」

 突拍子もない説に私は、思わず顔をしかめてしまうが、小鳥遊さんはそんなこと気にする素振りも見せずに、自身たっぷりに説を唱えた。

「おそらく鳥たちは、この世界とは異なる世界とを行き来できる力を持っていて、自分たちに都合の悪い状況、まぁ今ならこの雨、自由に空を飛べない。そんなつまらない世界ではなくて、もっと別の世界に飛び立ってるんだと思う」

「なんか良い風に纏めたぽくしてるけれど」

「うん?」

「それも誰かの言葉?」

「うん」

 と、小鳥遊さんは、笑顔で何も悪気のないような、笑顔でそう頷いた。

「そっか⋯⋯そうだと、この世界はもっと面白くなるのにね」

 私は、その意見を──説を肯定した。

 実際、永遠に同じ鳥を観察している人間なんてのはいなくて、もしかしたら、本当に、異世界とこの世界を行き来できる鳥がいたとしても、おかしくはない。

 だから、私は肯定をした。

 すると、小鳥遊さんが言った。

「そうだねー。そうなれば、私の夢も、もっともっと自由な夢になるのにね。もっともっと高くて、自由なモノに」

 その時の小鳥遊さんの表情は、悲しげでもあり、ただその中に一抹の笑顔もあるような。そんな表情だった。

「そういえばさ」

 と、何とも言えない表情をしていた小鳥遊さんは、突然こちらを向き、思い出したかのように言った。

「私の夢の話はしたけどさ、さくらの夢──聞いてないよね?」

 くそー気づいてしまったか、今までわざとあまり触れないようにしていたのに。

 私は、チラッと横目で小鳥遊さんに目を向ける。

「本当に聞きたい?」

「そこそこ」

「そこそこならいいか⋯⋯別に話さなくても」

 言うと、小鳥遊さんは慌てた様子で、訂正する。

「いや、そこそこじゃない。本当はめちゃくちゃ聞きたい」

「本心は?」

「本心は、まぁ、どうしても話したくないって言うなら無理には問い詰めない、ぐらい。だけど、少しでも話したい気持ちがあるなら、無理矢理にでも聞く」

 言って小鳥遊さんは、上目遣いでこちらをまじまじと見つめてくるそのキラキラした目は、雲でさえ晴らしてしまうことができそうだった。

 私は、一度ため息を吐いた。

「わかった。言う、言うからそのキラキラを止めて」

 キラキラで、私が蒸発してしまいそうだ。

 幻聴で、キラキラキラキラ、と、音まで聞こえてくる気がする。

 そんな私とは裏腹に、小鳥遊さんは、小さな声で嬉しそうに呟いた。

「やった」

「⋯⋯言うのはいいけれどさ、本当私マイナス思考だから聞いてるだけで、気持ちが下がると思うけれど、そこはいいの?」

「全然いいよ! だって、私プラス思考な人間だから、もしもマイナス思考が押し寄せても、それで相殺⋯⋯的な?」

 マイナスの方が大きい場合はどうするのだろう、なんて野暮なツッコミはやめておこう。

 そもそも、今の言葉も他人のモノだろうし。

「相殺⋯⋯ね。まぁいいや、なんかハードル上げるのも嫌だし、さっさと夢の一つや二つ、誰も興味なんてないと思うけれど、言うよ」

「少なくとも、一人はいるけどね──興味ある人間」

 なんだろう、こういう状況だからだろうか、小鳥遊さんもいつもよりもキザな発言が増えているような気がする。

「⋯⋯なんかそう言われるとハードルは上がってるけれど、少し嬉しいかも」

 照れ隠しの定番で、おそらく小鳥遊さんには見破られてしまうだろうけれど、私は、数回頬をぽりぽり、と、掻く。

 そして、やはりというかなんというか、小鳥遊さんは笑っていた。

 その笑顔は、私のことを愛玩動物かなんかだと勘違いしているような表情にも見えて、少し面白くない。

 ただ、ここで何か一言を告げるのは、私らしくはないので、その笑顔を横目に私は、私の夢を語り始めた。

 雨音に掻き消され、小鳥遊さんに届かないという心配も今はない。

「私の夢──そんなのはない」

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