小鳥遊さんは夢見鳥 三

 放課後になっても雨が降り止むことはなく、一生このままなのではないか、と、思わせるような勢いで私を憂鬱な気分にさせてくる。

 一応で持ってきていた折り畳み傘を鞄から取り出しながら、外に出てみると小鳥遊たかなしさんが慌てた様子で、鞄を弄っていた。

 どうしたのだろう、と、小鳥遊さんに声をかける。

「なんか忘れ物でもした?」

 すると小鳥遊さんは、こちらに振り向き、眉を曲げ困り顔を見せてきた。

「傘持ってくるの忘れちゃった」

「あらら、いつも完璧な小鳥遊さんが珍しい」

「なにそれ嫌味?」

「いやいや、本心。私の本当の心」

「そう」

 言って小鳥遊さんは、空に目をやりながら。

「まだ止みそうにないなぁ」

 と、呟いた。

「職員室から、借りてくれば?」

「うーん。うちの学校、そんなに本数置いてなかったはずだから、多分もう品切れしてそう」

「そっか」

 呟き、私自身も空を見上げる。

 確かに、まだまだ降り続きそうな暗くて黒い空色をしている。

 直感で言うのなら、降り止むのはここから自宅までの時間ぐらい。そんな気がする。

 どうしよう。そう何気なく呟いている小鳥遊さんに私は、自分の手元の傘を差し出した。

「貸そうか?」

 これは気遣いとか、心遣いとかでやった行為ではなく、本当に素直な気持ちからの行動だった。

 まぁ、小鳥遊さんが濡れるよりも、私が濡れた方が何倍もマシだ。

 しかし小鳥遊さんにこちらの気持ちは、伝わらなかったようで、小鳥遊さんは申し訳なさそうな表情で。

「いや⋯⋯いいよ。私、走って帰るから──傘はさくらが使って」

 と、言って、鞄を頭の上に置き走り出した。

 逆に気遣われてしまって、こちらもこちらで申し訳なくなってしまう。

 雨の強さは今日一番になり始めていて、とても鞄なんかじゃ防げるわけがない。

 私は、咄嗟に、走り出したばかりの小鳥遊さんの腕を掴み、一生言うことがないであろうセリフを声に乗せる。

「小鳥遊さん、それだと濡れちゃうよ」

 言って、私は手元の傘を開き。

「だから、隣──来てよ」

 と、言った。

 手招きもできないほどに、私は顔を熱くさせている。暗いから小鳥遊さんからは見えないかもしれないけれど、おそらく今の私の頬には赤色が色づいているであろう熱さだ。

 ジメジメではなく、カラカラとか、テカテカとかそんな感じ。

 私は何を言っているんだろう。

 まるで、付き合いたてかそれよりちょっと前の、彼氏彼女みたいなことをして、私はそういう人種ではなかったはずなのに。

 どうしてか、すらっと出てきたそのセリフに、言った後に後悔してしまっている。

 絶対笑われる。

 小鳥遊さんもドン引きかもしれない。

 前を向けない。向いたら必ず小鳥遊さんが、私を怖がって走り出すに決まっている。

 小鳥遊さんがそんな人じゃないのは、わかってはいるけれど、そんな小鳥遊さんでも逃げ出すほどのセリフを私は、今、吐いたのだ。

 明日からどうしよう──なんてマイナス思考をしていると、私の耳に雨音以外の音──声が入ってきた。

 その声は、雨音を掻き消すような美声だった。

「それって、誰かの言葉?」

 言って、声の主は、肩と肩がぶつかるほどの距離にまで近づくと、私の表情を覗いてくる。

 私は、その視線から目線を逸らすように、首を横に振る。

「違う」

 すると、小鳥遊さんはさらに私との距離を縮めて、微笑んだ。

 それも頬を赤らめて──。

「⋯⋯そっか、じゃあ遠慮なく入らせてもらうね」

 その言葉が、小鳥遊さんのモノなのかそれ以外のモノの言葉なのかを私が、判断する術はなかった。

 聞いてみても良かったのだけれど、それ以上に今、私には心配なことがある。

 それは──こんなに近くて、心臓の音漏れてないか、と、いうこと。

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